12.ままならない再会
マリアーナを呼びに来たのは、いつもの愛想のない顔をしたマウリと、こちらもいつも通りの笑顔を浮かべたエンシオだった。
二人はマリアーナを妹と弟の元に連れて行ってくれると言った。
先ほどの侍女長ヘンナの言葉を一旦頭から追い出し、足に力を込めて立ち上がる。
今日はようやく家族に会えるのだ。悲しい顔は見せたくない。
妹と弟が捕えられている具体的な場所は秘密だからと、牢として使われている塔が三つ並ぶ辺りで目隠しをされた。そのため、大中小と大きさの違う塔のどれに入ったのかは分からなかった。
エンシオの腕に手を乗せて、恐々と歩く。途中からは螺旋状の階段を上ると聞いて、より慎重に足を運ぶ。
目が見えない恐怖心を押さえ込んで、妹弟の笑顔を想像しているうちに階段を上り切り、目隠しが外された。
そこにあったのは、目線の高さと床の近くに小さな窓のようなものがある、木の扉だった。金属の板が何枚も横に渡されている。とても頑丈そうだった。
きっと扉はどの牢でも同じものを使っているのだろう。
そうでなければ、二人の居場所を覚えられるような物を見せるわけがない。
マリアーナはマウリが開けた扉から中に入った。すると聞き覚えのある歓声が上がり、両側から人が突進して来て、勢いよくぶつかってくる。転ばないように足を踏ん張らなくてはいけなかった。
でも、マリアーナはとにかくうれしかった。その正体が分かっていたからだ。
「姉上!」
「お姉様! お会いしたかったわ!」
二人が傷つくだろうから言わなかったけれど、二人からはすえた臭いが漂ってきた。でも、そんなことが気にならないほど愛おしくて、マリアーナは二人を両腕で抱きしめた。
妹のクリスティーナは小柄だから、彼女の笑顔はマリアーナの肩の辺りにある。反対側を向くと、弟のガブリエルが腹の辺りに顔を埋めて泣いているのが分かった。彼は気弱なところがある。そして何よりも、まだ八歳だ。
「二人とも元気そうね……」
二人は痩せこけてもいなかったし、見えるところに傷もない。それに安心して涙が出そうになる。
もっとひどい仕打ちを受けている可能性も考えていたからだ。
「お姉様、聞いてちょうだい。ここではほとんど湯浴みもできないの、さっき久しぶりに、たらいとお湯がきたから、湯浴みして新しい服に着替えられたのよ。お姉様がいらっしゃるからだったのね!」
クリスティーナが指差す方には衝立とその向こうにたらいが見えた。それは一緒に入って来た兵士たちが片付け始めている。
床に開けられた、おそらく用を足すための穴に黒っぽく汚れた水を流している。
マリアーナは二人の置かれた環境を変えてあげたかった。自分の近くに置けはしないだろうかと思った。
でも、自分の置かれた状況を思い出し、その考えは捨てた。二人はおそらくここにいた方が安全だ。
マリアーナはあの記憶の中で、王宮内の自分の寝室で殺された。
牢の中を見回すと、寝床だとクリスティーナが不満混じりに説明する、藁の山がある。
そして、マリアーナの頭よりも高い位置に小さな明かり取りの窓が見えた。おそらく弟の肩さえ通らないだろう狭い穴が分厚い壁に開いているだけのものだ。
「外は見えるのかしら……?」
マリアーナがそう聞くと、二人は顔を見合わせた。
「ほんの少しだけよ。あそこに手をかけてのぞいてみたけれど」
「格子が、壁の向こうの手の届かないところにはめられているんだ……」
そこでマウリが「王妃様」と声をかけてきた。マリアーナが二人を逃がす方法でも考えていると思ったのだろう。
「何も企んでなどいません。ここから見える場所に花壇を作ろうと……」
マリアーナは説明しながら二人を見た。二人は無言で、その目は大きく見開かれている。
「王妃……? お姉様が……?」
マリアーナはマウリとエンシオを振り返った。
「この子たちには何も知らせていないのね……?」
マリアーナは状況を呑み込めないでいる二人に一から説明した。お父様はもう国王の位を人に譲ったことと、マリアーナが新たに国王となった人の妃になったことを。
「新しい国王……?」
「ベランクのユリウス王子がこの国の国王に……?」
マリアーナは二人に、婚約者とは結婚していないことと、アルベルト・カンナス将軍がその地位に就いたのだと、ゆっくりと、二人が咀嚼しやすいように説明した。
クリスティーナは「そんな……。それはおかしいわ。平民は国王にはなれないわ」と小さくつぶやいた。
マリアーナにはもう、何が正しいのか分からなくて、クリスティーナの言葉を否定も肯定もできなかった。
ただ、腰を屈めて二人を抱きしめる。
「なるべく早く、迎えに来るから」
そう二人に囁くと、マリアーナは戸惑い顔の妹弟から体を離した。後ろから誰かに肩を二度軽く叩かれたのだ。面会が終わる合図だろう。
マリアーナはマウリに頼んで、この部屋の窓から見える場所だけを確認してもらった。彼には、この部屋を特定できない情報だけでいいと念を押した。変な誤解をされては困る。
「林にかかっていますが、そのすぐ横ならば、花くらい植えられそうですがね」
「そう。その場所に後で案内してくださる? その前に温室に寄って庭師を連れて行くわ」
マリアーナは変なものでも見るような顔をしている妹と、別れを惜しむように涙をこらえる弟に微笑みかけた。
「なるべく広い範囲に花を咲かせるから。少しだけ時間がかかってしまうかもしれないけれど。そのうち外を見てみて。大変でしょうから、無理はだめよ?」
「姉上……。姉上はご無事なのですね……」
涙のにじむ瞳でこちらを見上げるガブリエルにマリアーナは頷いた。
本当は、気持ちを吐き出してしまいたかった。毎日、自分の死に怯えているのだと。
でも、二人には希望だけを持っていてもらいたい。
「お姉様は、王妃なのでしょう? なぜ、私たちをここから出してくださらないの!? ご自分だけ自由にして!」
そう言いながら涙を流すクリスティーナをマリアーナは黙って抱きしめた。
妹には理解できないだろう。マリアーナも一度死んだ記憶がなければ分からなかったから。王妃や王女や、ましてや国王の意見が通らないなんてあり得ないと思っていた。
「ごめんなさい。私にはそんな力はないの。でも頑張るから」
マリアーナは立ち尽くす妹と、手を握ってきた弟の頭を何度もなでた。伸びすぎている弟の前髪を横に流してやる。
もう、それしか二人にしてやれることは、ここではない。
マリアーナは行きと同じように目隠しをされ、しばらく歩いた。
目隠しをされていなかったら、涙を浮かべているのを周囲の護衛や兵士たちに見られていただろう。
マリアーナは、しばらく歩いてから目隠しを取られた。
「では、温室へ向かうわ」
マリアーナは、護衛たちを置き去る勢いで歩き出した。
つづく……




