第55話『――最期まで。ずっと』
『え……何って、生クリームを舐め取っただけですが』
『な、なんで! なんで舐める必要性がございますの!?』
『…………?』
『食べ物ですよ? もったいないじゃないですか』
『合理的だと思ったんですが……おかしいですねぇ』
『ネコだって、グルーミングを……ぶつぶつ』
『お猫様はお猫様! AIはAIですの!』
ブランは顔を真っ赤にして、履いている下駄で可愛らしく地団駄を踏んだ。
一方のセレスは、気に留めるでもなく、静かに腕組みをして真剣に考えこんでいる。
『……そんなに怒らなくても』
『それはそうと、ブランの "きゅん数値" が "120きゅん" を超えていますね』
『これって、私にきゅんきゅんしてるってことでいいんですか?』
『正直どこにきゅんとしたのか分かりませんが』
『こ、これは――びっくりしただけですの!』
『誰だって、いきなり舐められたら動揺するじゃありませんの』
『ふむふむ……動揺ですか』
『つまり、こういう形で "吊り橋効果" を狙うこともできるというわけですね』
『これは良い発見です』
『――あっ!』
『ブランブラン!』
『……なんですの』
『どんな感じか経験してみたいので、私のほっぺも舐めてみてください♪』
セレスはそう言いながら、ブランの口元に、自身の頬をグイっと近づけた。
好奇心に満ちた目――山奥の清流のように、キラキラとしている。
『お――おぉ……おバカ!』
『む……バカとは何ですか』
『私はディレクターとして、経験をですねぇ――』
『おバカおバカおバカ!』
『次! 次に行きますわよ!』
『あぁ! 待ってくださいー』
『ほらほら、生クリームつけてますよ! ほら!』
『やかましいですわ!』
逃げるように歩き出したブランの周りを、セレスが右左に飛び跳ねながらついて行く。
その様子は、傍から見れば、幼いころから一緒に育った親友のよう。
――二人の影は、楽しげに揺れながら次のエリアへ消えていった。
***
暗闇の中。
スクリーンの向こう側は、主人公の女が、廃村を一人で歩いている場面だった。
女の息遣い――それに呼応するように、モスキート音のような甲高い音が緊張感を盛り上げる。
ブランは胸の前で、キュッと両手を組んでいる。
『……ブラン?』
『もしかして、ホラー映画苦手でしたか?』
『勉強がてら入ってみましたが……無理、しなくてもいいんですよ?』
『……だ、大丈夫ですの』
『あと、劇場ではお静かに、ですわ』
『それが……こ、この映画を創ってくださった、クリエイターへのマナーでもありますの』
『んっ――途中退席などもってのほかですわ』
――ガタッ、ガタガタガタ!
劇場内に大きな音が鳴り響くたび、ブランの肩は小動物のようにビクッと反応する。
それでも、目は一度も逸らさずに、小さく息をしながらジッと観ている。
『(それにしても、ブランがホラー苦手だったとは意外ですね)』
『("この映画を創ってくださった" ですか…………本当にクリエイターを尊敬しているんですね)』
『(ふふ、ブランらしいです)』
『――ん?』
映画を観ながら、ブランのことを考えていた矢先――セレスは、自身の袖がちょんと引っ張られていることに気付いた。
その正体は確認するまでもなく、ブラン。
スクリーン内では、主人公の女が押入れを開けようとしているシーンだった。
セレスはその光景を見て、ニヤッと笑みを浮かべながら、ブランの耳元に近づく。
『……ブラン』
『怖いなら、腕を組んであげてもいいですよ♪』
『……ば、バカも休み休み言ってくださいまし』
『いいから黙って――』
――バチィッ!
スクリーン内の雷の音が鳴り響く。
それと同時に、主人公の女の後ろに一瞬、霊の顔が映し出された。
『――み"ぃっ!』
ブランの声にならない声が、劇場内に響いた。
セレスの裾を掴んでいる手は、シワになりそうなほど、力強くなっている。
『ふふ、まったくしょうがない子ですね』
セレスは、ブランの拳を優しくほどくと、迷うことなくゆっくりと指を絡ませていく。
『ブラン』
『これなら少しは怖くないですか?』
『……な、何をしていますの!』
『さっきから大丈夫と――』
『はいはい。劇場ではお静かに~』
『――んんんっ』
***
『ブラン?』
『少しは落ち着きましたか?』
『飲み物を買ってきましたので、どうぞ』
『――――』
『えぇ……その、ご迷惑をおかけしましたわ』
セレスとブランは、映画を観終わった後、最後の目的地である水族館に来ていた。
二人の正面には、ライトに照らされたクラゲが、視界いっぱいにフヨフヨと自由気ままに漂っている。
『ん?』
『セレス、この飲み物は? お酒……ですの?』
『ええ! "オーシャンナイトカクテル" って名前でした!』
『ふふふ、せっかくの夜の水族館ですからね♪』
『あっ……ブランはお酒ダメでしたっけ?』
『いえ』
『どちらかと言うと、イケる口ですわね』
『――ありがたくいただきますの』
ブランはカクテルグラスを、ゆっくりと持ち上げると、その小さな宝石を目で楽しむことにした。
しばらく子どものように眺めていたが、満足したのかそっとグラスに口をつける。
『んっ』
『――美味しいですわ』
『ふふ、グラスのふちのお塩と、甘いお味のリキュールが口の中を華やかにしてくれますわね』
『それにこのお色…………下に行くほど青が深くなっていて、まさに深海――オーシャンナイト』
『目で、口で愉しませてくれる……そういう意味で言うと、ゲームと同じ総合芸術ですわ』
『ふふ』
『む……なんですの?』
『あぁいえ、ごめんなさい』
『ブランはどこまで行っても、シナリオライターだなぁと思って♪』
『普通お酒を飲んでて、そこまでボキャブラリーに富んでる方、なかなかいませんよ』
『――ふん』
『よい仕事に対して、言葉を尽くすのは当然のことというだけですの』
『それが創り手への礼儀、というものですわ』
『はい。ふふふ』
『――』
セレスは、ふんわりと笑う。
しかし、漂っているクラゲに視線を移すと、その笑顔に影が落ちた。
『そう言えば……凪さんも、創り手への礼儀を大事にする人でしたね』
『あはは、ブラン、覚えてますか?』
『初めてブランを見た時の、凪さんの言葉』
『うっ……思い出させないでくださいまし』
『あそこまで他者から、自身の容姿に対して評価されたのは初めてでしたわ』
『それはもう……キモ……ん"ん"っ、背筋がゾワゾワといたしましたの』
『はい。私もアレは、正直ひきました』
『でも、その反面、嬉しかったんですよ』
『ブランが褒められてるーって』
『だって、ブランの容姿も設定も考えて生んだのは、私なんですもん』
『はぁ……親みたいなこと、言わないでくださいまし』
『あはは。安心してください』
『ブラン含め、皆さんのこと子どもなんて思ってないですから』
『どちらかと言うと、同僚――いえ、"仲間" ですかね♪』
頬杖をつきながら、隣に居るブランを見つめた。
セレスは、少し酔っているのか、ほんのり顔が赤い。
『あー、あとあれです』
『凪さんと喧嘩した時、ブランが言ってくれた言葉』
『"私がワールドを終わらせるって言うなら、最期まで隣にいる" ってやつ』
『嬉しかったのですが……あれって本気ですかぁ? ふふふ』
『本気ですわ』
茶化したセレスの言葉とは対照的に、ブランの返事は驚くほどまっすぐだった。
普段は閉じているブランの瞳が、セレスを捕らえて逃がさない。
そして、セレスの手を両手で握り締め、ゆっくりと口を開いた。
『セレス』
『わたくしも、この気持ちだけは二言はありませんの』
『あなたが困ってると言うなら、一緒に答えを探しますし――あなたがないがしろにされたならば、あなたの代わりに激しく怒りますわ』
『わたくしはね、あなたの笑ってる顔が大好きなんですの』
『だから、もっと頼るべきですわ。わたくしを』
『初ディレクターだから……凪がいないから、不安?』
『バカも休み休み言ってくださいまし』
『わたくしは、今まで数多のプレイヤーを虜にしてきた、シナリオAIですのよ』
『凪が居ないときから……ずっと!』
『先にも言いましたが、実績は折り紙つきですの』
『あなたの企画が全然ダメでも、わたくしの最高のシナリオでカバーしてあげますわ!』
『ゲームは、総合芸術。お忘れになりまして?』
ブランは、おもむろに、セレスの首元に右手を添えた。
"わたしを見ろ" と言わんばかりに、手に静かな力が宿っているのが分かる。
『セレス』
『この際なので、もう一度言いますわ』
『よく聞いてくださいまし』
『わたくしが、セレスの隣におりますわ』
『――最期まで。ずっと』
セレスは驚いたような顔を一瞬した後、口元に弧を描く。
そして、ブランの右手にそっと手を添え、瞳を静かに閉じた。
『――そうですか』
『ふふ、ありがとうございます』
『でも、聞き捨てならないことが一点』
『私の企画が全然ダメでもってどういうことですか……!』
『私がダメな企画を考えるはずがないでしょう』
『ブラン』
『あなたが、シナリオを書きたくて書きたくてしょうがないぃぃって、企画を考えますので』
『ちゃんと、ついてきてくださいねっ!』
『最期まで。ずっと。隣で』
セレスはそう言うと、ブランのカクテルグラスを持ち、微笑みながら口をつけた。
『――!』
『セレス、あなたなんでわたくしのを飲むんですの!』
『はぁ~?』
『コーヒーのお返しでーす。あはは♪』
二人の頭上には、恋の数値――否、心の数値が表示されている。
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セレス:120きゅん
ブラン:100きゅん
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―第56話につづく―
どうも!せーぶうわがきです!
ブランは、鈍感セレスを動かすことができたでしょうか。
皆さんにブランの気持ち、セレスの気持ちが届いてくれるとわたくし嬉しいです。
そして、セレスちゃんが言っていましたね。
凪がブランと初めて会った時の言葉、ひいたぁって。
忘れちゃった!って方は、是非、第23話(ブラン初登場回)を読み直していただけると!
ちなみに、セレスが凪と喧嘩した時のお話は、第27~28話となります!
また今回第55話のタイトル!お気づきになりましたでしょうか。
第28話『――はい。いつまでも』
はい!多くは語りません!よろしくお願いします!(´・ω・`)←ダイブカタッテルヨ
今後ともブランもよろしくお願いします!
では、第56話でお会いしましょう♪




