ヴァシュヴァの暴走
花火のような音の正体が判明します。
館内に入ってしばらく経った頃、断続的に遠くで花火が上がっているような音が聞こえ続けているものの、私がいる領主館内に限っては随分と落ち着きを取り戻してきたように思う。
私とパティが一緒にお茶をしていたテラスから食堂に戻った後、パティの侍女がもたらした侯爵夫人の指示に従って応接間に移動して1限(30分)ほど経った頃、8刻(午後4時)を知らせる鐘の音が響いた。
それでも、私達子どもにわざわざ状況報告をする余裕は無いらしくて、その後の外の様子は全く判らない。
側近達に囲まれて不自由は無いとは言え、何の力も無い子どもである私とパティは、安全の為に室内でジッと待機するしかなかった。
私を領主館内に与えた部屋に押し込めるのではなく、パティと共に応接室で待機させているのは、この不測の状況で私を放置しないという侯爵夫人なりの心遣いだと思う。
一応、私は洗礼を受けたばかりのお子ちゃまだもんね。
大人じゃなくて私と同じ歳のパティを付けてくれたのは……。
んー、王女である私のメンツを慮ってくれた?
いや、それだと私のメンツと言うより私の側近のメンツだね。
待てよ?
それとも警備体制の都合かなぁ?
新しい領主館の防衛魔法が完成してないとか?
いずれにしてもセブラン達がいれば私は安心だけどね。
私は、不安を隠す努力をしていてもつい不安が溢れてしまう様子のパティの手を握ってあげる。そして、不安を解消するように他愛のないお喋りを開始する。
外の状況はそのうち分かるでしょ。
今はパティの不安を慰めなきゃ!
私のコミュ障よ!
今こそ逆方向に全振りして唸れ!
時間が経って館内の様子が安定してくるにつれて、パティも私も外から聞こえる音に慣れてきて、終いには音を無視してきゃっきゃうふふと楽しくお喋りをして過ごしていた。
そんな感じでパティと楽しくお喋りしていたら、いきなり扉がノックされてすぐに扉が大きく開けられた。
お父様にエスコートされたお母様に続いて、お兄様方が応接室に入って来る。
あれ?
なんでお母様とお兄様方がここにいるの?
「お母様! ディー兄様にシル兄様まで! どうやってここまで来たのですか?」
「どうやってって、新しく作った転移陣でに決まってるだろ?」
ディー兄様が呆れたように私に返事する。
「ウフフ、転移陣の試運転でディーとシルが移動する事が決まっていましたから、わたくしも便乗させてもらいましたのよ。そんなに驚いているという事は、アデルは試運転の事を知らなかったのかしら?」
「あうぅ。試運転の事は聞いていましたけど、それでお母様までが来る事は思い付かなかったです」
言われてみれば、お父様がそんな事を言っていたような気がする。
動揺しすぎて忘れてたよ。
またディー兄様におバカ扱いされる。
ひーん!
「どうしてもセラフィエル様のご様子をこの目で確かめたかったのですもの。降嫁したとは言え、大切なトールトスディスの姫ですからね」
「あ、そうか。お母様にとってセラフィおば様は義妹ですものね」
「そうよ。実の妹であるローズよりも歳が近いし、セラフィエル様が降嫁するまでは同じ城で暮らしていましたからね。やっぱり気になるのよね」
あーね。
お母様とローズ様は一回り歳が違うもんね。
あ、こっちの世界では一回りって概念が無かったんだった。
お母様はローズ様が子どもの頃に結婚してるからねぇ。
そういう意味ではセラフィおば様の方が近しかったんだろうなぁ。
「あら? こちらのお嬢さんはどなたかしら?」
突然の国王一家の乱入で固まってしまったパティに気付いたお母様が優しく声をかける。
「あっ、お母様。この方はセラフィおば様のご長女のパトリシア様です。パティ、お母様とお兄様方にご挨拶してくれる?」
唖然とした表情で固まっているパティに、隣にいた私がパティの肩に手を置いて声をかけるとパティはハッと我に返ったようで、静々と立ち上がってカーテシーをした。
「大変失礼いたしました。王妃殿下並びに王太子殿下、第二王子殿下には初めてお目にかかります。わたくしはパトリシア・ル・フィデスディスレクス・ランベールでございます。ただ今アデリエル王女殿下にご紹介頂きましたとおり、フィリップとセラフィエルの長女でございます」
「まあまあ、パトリシアちゃんね。しばらく見ないうちに大きくなって! そうよね。確かアデルと同じ歳だったわね。カーテシーもとても上手に出来ましたね」
「ありがとう存じます」
お母様が目を細めて姪の成長を喜んでいる。そういえば、パティは洗礼のお披露目のお茶会に来ていなかった。招待しないはずはないし、何でだろ?
お母様がパティと並んで立っている私を見て嬉しげに問いかける。
「アデルはパトリシアちゃんと仲良しになったのね」
「はい、お母様。パティとお友達になりました。ノビリタスコラでも一緒にお勉強しましょうと約束したのです」
「それは素晴らしい事ね。パトリシアちゃん、これからもアデルをよろしくね」
「はい、お許しをいただきましてありがとう存じます」
「そうか。アデルにも対等に話ができる友が出来たのだな。喜ばしき事だ。アデル良かったな。フィデスディスレクス侯爵令嬢、私も兄としてアデルと共に貴女を気にかける事にしよう」
ディー兄様がお得意のアルカイックスマイルでパティに声をかける。
「王太子殿下、どうぞパティとお呼びくださいませ。お心遣いに感謝いたします」
「うむ」
おおお、パティったら落ち着いたもんだねぇ。
ディー兄様のキラキラスマイルに赤くならないなんて……。
良き!
「僕もパティと呼んでも良いかい?」
「もちろんでございます、第二王子殿下」
「ああ、兄上の事も僕の事も名前で呼んでよ」
おおお、これはお兄様方の合格が出たという事では?
やったね!
「お名前で呼ぶのでございますか?」
パティが子供っぽくコテンと首を傾げて不思議そうに尋ねている。
可愛いー!
あざとさゼロ!
王族を名前で呼ぶなんて習ってません、てか?
「パティ、わたくしはディー兄様、シル兄様と呼んでいるわ」
パティは私の顔を見てちょっと考えると、お兄様方の顔をちゃんと見ながら確認をする。
「では、わたくしはディー殿下、シル殿下とお呼びしてもよろしいでしょうか? 不敬ではありませんか?」
「ああ、構わない。君は従姉妹だし、アデルの友達だから特別だよ」
「僕もそれで良いよ」
お兄様方が続けて許可を出すと、パティは嬉しそうに私の顔を見てパッと花が咲いたように笑う。
パティにもお兄様方の『王女の友達面接』で合格をもぎ取った事が解ったのだろう。
パティは両手をギュッと胸の前で握りしめて合格の余韻に浸っていたが、ハッと気付いたように周囲を見回してこの場にいる領主家の者が自分だけだと分かると、国王一家をもてなそうと動き出す。
「国王陛下、王妃殿下、よろしければお茶になさいませんか? すぐに用意させます」
「そうだね。何事か起こっているようだから侯爵の手が空くまでここで待たせてもらおう。パトリシア嬢、手間をかけるがお願いしても良いかな?」
「かしこまりました。ディー殿下、シル殿下もどうぞお座りになってくださいませ」
パティがお父様とお母様を席に誘って皆が座ったのを確認すると、自分の侍女に目で合図する。私はパティの侍女が頷く前に、既に侯爵家の家令が動き出していたのを目の端で捉えていた。
私は、さすが侯爵家の使用人は優秀だねぇ、と思いながら、お父様に質問する。
「侯爵も試運転に同行していたのですか?」
「ん? 転移陣は侯爵が使えるようにならねば意味がないではないか」
そりゃそうだ。
「お父様の仰るとおりですね」
「フッ。アデルは昼寝をしていたようだが、少しは疲れが取れたか?」
「はい、目覚めてからお腹が空いたので、パティに食事に付き合ってもらいました」
「そうか。ところで何か騒ぎが起きているようだが、アデルは詳細を聞いているか?」
「魔物が暴走? していると聞きましたが、詳しくは存じません」
「ふむ、暴走とな……。では侯爵の報告を待つとしよう」
流石に侯爵家の跡取り娘とはいえまだまだ経験不足のパティには、この場を仕切るだけの実力はないようだ。お母様がさりげなくフォローしながら談笑できるようにリードしていく。
その様子をキラキラした尊敬の眼でパティが見つめている。
「王妃様、カッコいい。素敵」
ぽそりとこぼしたパティの呟きは、たぶん私しか聞き取れなかっただろう。
うんうん、分かるよ。
お母様は素敵なレディなんだよ。
憧れちゃうよねぇ。
私達はパティから、王都から領地までの旅の様子や領地に着いてからの出来事等を聞き出した。パティはネタとして面白おかしく話してくれるけど、その裏にある侯爵一家のこれまでの苦労が想像できる。
領主一族の特権とはいえ転移陣が有ると無しでは、随分と移動に関する苦労が違う事が実感できてしまった。
パティは良い経験だったと笑ってるけど……。
もちろん広く一般に使えるものではないけどさー。
転移陣って国を治めるには必要不可欠な物だよ!
私のお役目って結構重要じゃん!
どのくらい時間が経ったのか分からないけれど、楽しくお話ししている内に侯爵がこの部屋にやって来て、お父様に報告した内容がびっくりの内容だった。
「陛下、あの物音は暴走した牛羊が結界に体当たりする音でございました」
「ヴァシュヴァ? 魔物が暴走したのか? スタンピードとはどう違う。詳しく説明せよ」
「陛下もご承知のとおり我が国では、スタンピードは大森林から魔物が大量に押し寄せてくる、という認識でございます。押し寄せる魔物の種類も強さも様々で統一性はございません。しかし、今回はヴァシュヴァ一種類の大群でございます。そしてこの大群は大森林と逆方向、サバンナの南の山岳地帯から発生したものと推測されます」
「何故それが判る」
「我が領の騎士が、上空からヴァシュヴァの大群とその足跡を確認いたしました」
「ふむ、ヴァシュヴァは結界に当たってどうなった?」
「傷付いたり絶命した個体もいるようですが、ほとんどが無傷で結界に沿うように進行方向を変え、大森林の方向に進路を変えました」
「それも騎士が上空から確認したのか?」
「左様でございます」
「被害は?」
「人命に被害はございません。地響きを立てて一直線に移動しておりますので、皆、逃げる事ができたそうです。ただ進行方向にあった農地や建物は、踏み荒らされて酷い有様のようです」
「ふむ、聞いた事がない現象だな。一度見てみるか」
「陛下御自らでございますか?」
「ああ、そうだ」
「なりません。危険でございます」
「だが音は止んでいるぞ」
「そういえば……」
「何も今すぐという訳ではない。明日、外の転移陣を設置してからの事だ。それならば良かろう?」
「かしこまりました。では、陛下に危険が及ばないように準備いたします」
「フッ、苦労をかけるが頼むぞ」
侯爵としては、国王が自ら危険に近付くような行為は止めなければならない、と思っているようだ。
そりゃそうだよね。私だって心配だもん。
聞こえていた花火のような音はいつの間にか止んでいたけど、現場の状況はよく判っていない。
侯爵はお父様に、明日の正午までに現場の状況確認と危険の有無を判断した上での事だ、と念を入れている。
お父様の筆頭護衛騎士で騎士団長であるロベールおじ様を見ると、私の視線にすぐ気が付いて肩をすくめて見せる。
そういえばお父様の側近も護衛騎士も、誰一人お父様を諌めていない。
意外と大丈夫なのかな?
結局その日、お母様とお兄様方は侯爵一家と晩餐を共にしてゆっくりと談笑した後、転移陣で王城に帰って行った。
元々、宿泊の予定はなくて、明日の朝、転移陣でまた来ると言っていた。
今回の転移陣の作成に関わって私が新たに分かった事は、王族はどの転移陣でも自由に使えるけれど、領主が自由に使える転移陣は領地の領主館、王都のタウンハウス、ノビリタスコラの自領の寮、この三つだけだという事。
この三つの転移陣に関しては、領主の代替わりで権限移譲することは新旧領主が出来るようになっている。
この世界の魔法は、何でも出来るという訳ではないみたい。
特に転移に関しては神の領域だよねぇ。
魔法がない世界を知っている私にしてみれば便利この上ないけどね。
お母様とお兄様方を転移陣の部屋でお父様と見送った後、お父様と一緒に自分の部屋に戻りながらお父様に確認する。
「お父様は本当にヴァシュヴァの被害を見に行くのですか?」
「私の知らぬ現象だ。この目で確認して六つ柱の大神に報告せねばならない」
「あ、そうでしたね。それがありましたね。考えが及びませんでした」
「判らぬ事は御教えを賜われるかもしれぬ。何事も報告・連絡・相談は大事だぞ」
お父様がウインクしながら私に微笑む。
「アデルも一緒に行くか?」
「え? 良いのですか?」
「見聞を広める良い機会だ。ディーとシルも連れて行こう」
「わあ、それは楽しみです。側近達にも伝えておきますね」
「ああ、そうしなさい。そして、明日に備えて早く寝るのだぞ」
「はーい、分かりました」
アデルは前世で子どもの頃にコミュ障だったので、子ども同士だとコミュ障になると感じていますが、そんな事は全くありません。どんどん大人の感覚が薄れて年相応になっているだけです。
次回は、外の転移陣制作とヴァシュヴァの被害を見に行きます。




