48 炎の試練
『お前ら、もう俺と数えきれないくらいキスしたろ……よく飽きねぇな』
『飽きるなんて、ぜーんぜん! むしろ足りないくらい!』
『街中でキスしてるバカップルの気持ちが、今ならよぉーくわかるぜ!』
『お許しいただけるなら、唇どうしを縫い付けちゃいたいくらいです!』
『セリリム怖っ! せめて接着剤とかにしときなって!』
『あの……もしかして、旦那様は飽きちゃった?』
『……いや、俺はこんな風に好かれたことがなかったから……どうなんだろうな』
『おっ!? ひょっとして照れてんのか!? かっわいい!』
『ああんもう! 旦那様、食べちゃいたい! いただきまーす!』
ドクターフィッシュのように、俺の唇をついばみはじめるマーメイズ。
四人いっぺんにキスなんて普通しないと思うが、彼女らは平気でやってくる。
『んむむむっ……相変わらず熱烈だな、お前ら……』
『ええーっ? 結婚したらこんなんじゃすまないよぉー?』
『海棲族の夫婦って、1日6時間はキスするからな!』
『あれ? 待って待って、私らって4人じゃん? それが6時間ずつキスしたら……』
『旦那様は24時間、キスすることになっちゃいます!』
『わあっ、それ素敵!』
『待て待て待て、6時間キスするって、マジかっ!?』
『うん、お仕事から帰ってきたらずーっとキスするんだって!』
『時間が足りない場合は、寝ながらキスするらしいぞ!』
『お休みしながらキスをすると、夢の中に相手が出てきて……そこでもキスができるらしいです』
『わわわわっ、それサイコー!?』
『まったく、お前らは本当にキスが……』
俺は、アイドルたちの華奢なうなじ越しに、チンピラが迫ってくるのを目撃した。
「くそっ、貴様らのせいでっ! ワシの仲間たちが! 許さんぞっ! うおおおおーーーっ!!」
年季の入った海賊ルックの、銀髪オールバックにマッチョの平地族のおっさん。
傷だらけの顔を怒りに染めながら、猛然としたクロールでこっちに向かってきている。
俺はマーメイズを後ろに下がらせたあと、オッサンを迎え撃つ。
義手のフックを振りかざしてきたところを、背後に回り込んでかわし……そのままヘッドロックした。
「ぐうっ……!? は……離せっ!」
オッサンはボディビルダーみたいな身体をよじり、振りほどこうとする。
並のヤツならそれで逃げられるんだろうが、俺に対してはそうはいかない。
ほんの少しでも俺に触られたヤツは、たとえ鉄柱をへし折るほどのパワーがあったとしても……赤子同然になるんだ。
「ぐぬぬぬっ……!? こ、こんなひ弱やヤロウが振りほどけないだとぉ……!?」
「どうしたキャプテン、その自慢の筋肉は観賞用か?」
「この……クソガキッ! 首をねじ切ってやる……!」
オッサンは水中で激しく足をバタつかせ、両手で水面をバシャバシャとかきむしる。
しかし俺はおんぶされているみたいに平穏。丸太みてぇなヤツの腕もただのオール同然だ。
「なんだ? 泳いで島まで連れてってくれんのか? でも島まではだいぶ遠いから、そんなに力んでちゃ着くまえにへばっちまうぞ」
「ぐああああっ!? なぜだっ、なぜだっ、なぜだあっ!? こんな木の枝みたいな細っちいガキが、なぜ剥がせんっ!?」
ひたすら苦悩するオッサン。
でも俺はコイツの驚きに付き合うのに、そろそろ飽きてきたので……本題に入ることにした。
「まあ落ち着けよオッサン。オッサンが海賊ども……えーっと『デス・パイレーツ』のリーダーなのか?」
するとオッサンは首を限界まで捻り、背後にいる俺を流し目で睨みつけてくる。
「オッサンではないっ! ワシは七つの海を股にかける海賊『デス・パイレーツの』頭……シルバーウルフだっ!」
なるほど、銀髪だからシルバーウルフか。
「わかったわかった。そのオッサンは誰の差し金で、村を襲いにきたんだ?」
「オッサンではないと言っておろうが! それに頼まれてもおらん! 我らは自由なる海の義士……たとえ神であろうとも、指図することはできんのだ!」
「秘密ってわけか。そうかい、じゃあちょっと痛い目にあってもらうしかねぇな」
するとオッサンは、ニヤリと不敵な笑みを浮かべた。
「なめるなよ、小僧……! このシルバーウルフは七つの海で幾度となく捕まり、凄惨な拷問を受けてきた……! しかしワシの口を割らせることは、誰にもできなかったのだ……! この身体についた無数の傷は、その拷問に耐えてきた証……!」
「……ソレ、自慢か? まあいいや」
俺はオッサンの脇腹のあたりに手を這わせ、ぐっと押し込んだ。
「ふんぎゃあああああああああああああああーーーーーーーーーっ!?!?!?」
尻尾をちぎられた猫みたいな大絶叫が、大海原に轟く。
「俺はな、身体を触っただけでソイツがどんなケガをして、どんな痛みを受けていたかが大体わかるんだ。オッサンは銃傷、刀傷、打傷、火傷……そういう外部の痛みはさんざん経験してきて、耐性もついてるみたいだな。だがさっき俺がしてやったような、内部からの痛みは初めてだろう?」
「ぐぬぬぬぬっ……!? な、内部の痛み、だとぉ……!?」
「オッサンは酒の飲み過ぎで肝臓が弱ってたから、ソイツをちょっと刺激してやったんだ。……かなりの激痛だったろ? 人は体験したことのない初めての痛みには弱いもんだ、心の準備ができねぇからな。次はもっと強くするぞ……誰に頼まれたか、しゃべる気になったか?」
「だっ、誰がぎゃあああああああああああああああああああーーーーーーーーーーーーーっ!?!?!? せっしょうせっしょうせっしょうせっしょぉおぉおぉおぉぉおーーーーーーーーーっ!!!!」
ちょっと強くしてやっただけなのに……一秒も持たねぇでやんの。
「ん? なんだって?」
「せっ……摂政ぉぉ……タラッティア王国の、摂政……女だらけの村から、姫をさらってこい、と……。姫を手に入れたら、あとは好きにしていいと……」
オッサンは寝ずの拷問を受けたみたいにグッタリしている。
朦朧した目で、口の端から泡をこぼしながら教えてくれた。
「やっぱり摂政のヤツが……『海神の試練』を邪魔してた、張本人だったんだ!」
ナイスリアクションをしてくれるマーメイズたち。
もしこれが中継されてるんだったら、摂政の不正がタラッティア全土に流れていることだろう。
「教えてくれてありがとよ、オッサン。お礼に苦しまずにあの世に送ってやるよ」
オッサンはよくあるチンピラみたいに、命乞いモードに入るかと思っていたんだが……力なく笑いはじめた。
「へへへ……お礼なんて言って、いいのかよ……?」
オッサンは高く手を掲げたあと、親指で俺の背後にある島のほうを示した。
俺とマーメイズはハッ、と島のほうを振り返る。
俺たちは沖のほうに出ていたので、気がつかなかった……!
島のジャングルに火が放たれ、すでに大きな炎にまで燃え広がっていることに……!
「手に入らねぇんだったら、メチャクチャにしてやる……それが俺たち、『海賊』よ……! もう村も姫も、何もかもおしまいよ……! ヒャーッハッハッハッハッ!」
姫は目の前にいるんだが、どうやらオッサンはミューティのことを知らないらしい。
そんなことよりも……村がやべえっ!?
「大変っ、旦那様、村が燃えてる!?」
「大火事じゃねぇか!? やべえ、やべえよっ!?」
「村はみんな海棲族だよなっ!? あんな炎、ひとたまりもねえぞっ!?」
「ああっ……!? 村のみなさんはご無事でしょうか……!?」
大騒ぎするマーメイズをなだめながら、俺は『クリアスカイ』を発動、村のほうをズームアップしてみた。
村の中は天を突くように燃え上がる、激しい業火に包まれている。
中央にある広場には村じゅうの女たちが集まって、ひと固まりになっていた。
全員、逃げ遅れちまったのか……!
まるで焼却炉の中に閉じ込められたみたいになってるじゃねぇか……!
マリリンは気丈に振る舞いながら、何かを叫んでいる。
女たちは冬山にいるように身を寄せ合い、肌を焼く炎に泣き叫んでいた。
彼女らは一様に、天に向かって吠えている。
その口の動きに、俺は見覚えがあった。
『タ・ク・ミ……!』
俺の脳裏に、前世で見捨てた部下の顔がフラッシュバックする。
炎の中……すがるような、祈るような瞳で、俺の名前を呼んでいたんだ。
部下の顔と、村の女たちの顔が、悪夢のようにあわさる。
その胸糞悪ぃ夢に、ピッタリのBGMが……しつこいくらいに俺の頭の中でこだましていた。
「ギャーッハッハッハッ! 村ひとつ分の女どもを焼き殺して、その中には大国のお姫サマまでいるなんて……! ド派手もド派手、超ド派手じゃねぇか……! 『デス・パイレーツ』の最後の大仕事にふさわしい……! このシルバーウルフの名前も、稀代の大悪党として歴史に残るってもんよ! もう今からじゃ、何をやっても間に合わねぇ! 女どもは絶対に助からねぇよっ……! 最後の最後でワシの勝ちだぁっ!! ギャーッハッハッハッハッハッハッハッハァーーーーーッ!!!」
次回、タクミの決断は…!?
それと新作小説を掲載いたしました。
本作がお好きな方でしたら、同じく楽しんでいただけると思います。
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