31 嫁はアイドル
次の日の朝。キングサイズのベッドを4つくっつけあわせたような超大型ベッドの上で目覚める。
ベッドはあきれるくらいに広いのに、すぐ目の前でクーレが安らかな寝息をたてていた。
俺の身体を抱きまくらみたいにして、両手両足を絡めて離してくれなかったので、ウナギみたいに身体をよじって抜け出す。
ウェナーとリンディの姿はなかった。
ふたりとも忙しそうだったから、もう自分の仕事に行っちまったんだろう。
俺は窓からさしこむ朝の光を浴びながら、腕を確認する。
アザの数は、何度数えても12個だった。
当初はクーレだけの予定だったんだが、ふたり分も増えちまった。
でもまあいいか、と思いつつ……サイドボードに目をやると、呼び鈴と書き置きがあった。
書き置きには『お目覚めになりましたら、こちらの呼び鈴をお鳴らしください。お世話にあがります。ウェナー』と書かれていた。
まだクーレは寝てるし、邪魔しちゃ悪いかなと思い、呼び鈴は押さなかった。
着替えを探してみると……洗濯された俺の制服がハンガーにかけてあったので、それを身につける。
荷物の入ったリュックを背負い、クーレを起こさないようにそーっと寝室の外に出ると……ウェナーがいた。
まるで飾りの西洋甲冑みたいに、直立不動で動かない。
ふと俺に気づくと、ロボットみたいな動きで膝を折った。
「よいお目覚めを、タクミ様。お呼びいただければ、お世話にあがったのですが」
そう言って、顔をあげ俺を見るウェナー。
身長はウェナーのほうがだいぶ高いので、しゃがみこんで話しかけられると、子供に目線をあわせて話しかけてくる大人みたいだ。
「ああ……クーレが寝てたから、呼び鈴は押さなかった。クーレが起きたら世話をたのむ」
「はっ、日暈の賜り」
俺はそのまま廊下を歩きだそうとしたんだが、ふと気になって足を止める。
「……なぁ、その言葉、なんだ?」
クーレのオヤジ……国王が命令を出したときにも、部下たちは同じ言葉を返していた。
何かの暗号かと思ったのだが、
「国王の命令に対しての返事です。日暈とは、太陽が放つ光の輪のことで……国王の命令は、陽光と同じくありがたいもの、という感謝の気持ちを表しています」
ただの大仰な返事なだけだった。
「そうか」
俺は、止めていた足を再び動かす。
すると呼び止められた。
「タクミ様、どちらに?」
「ちょっと朝飯を食いに」
「お食事でしたら、お部屋にお持ちすることも、食堂にご案内することもできますが」
「いや、いいよ。ちょっと気分転換に外でメシを食いたくなっちまった」
「では、護衛を手配いたします」
「それもいいって。そういうのは苦手なんだ」
「ですが、タクミ様が次期国王になると決定したのは、昨日のことです。まだ受け入れられない者に襲われでもしたら……」
「そんときゃ、返り討ちにしてやるよ……じゃあな」
ウェナーはまだ何か言いたそうだったが、俺は会話を打ち切った。
そのまま廊下のつきあたりにある、開けっ放しの大窓に近づく。
「お待ちくださいタクミ様、おひとりでのお出かけは危険です。それに、そちらは窓です」
俺は制止を振り切るように、窓枠に片手をついて飛び越える。
「あっ……ここは五階……」
追いかけてきたウェナーが、窓から身を乗り出す。
その姿を、俺は五階下の中庭から見上げていた。
昨日の夜はずいぶんいい反応だったのに、今は相変わらずの平坦な顔だ。
高所からの飛び降りを目撃しても、眉ひとつ動かしていない。
……ちなみにこのくらいの高さであれば、受け身を取れば無傷で降りることができる。
ツボとかそういうんじゃなくて、ただの体術だけどな。
いちいち階段を降りて外に出るのが面倒くさかったので、つい、横着しちまったけど……せっかくの洗いたての制服が、もう砂まみれだ。
でもまぁ……いいか。
俺は、ウェナーに指でピッと挨拶をしてから歩きだした。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
……昨日、闘技場での結婚式を終えたあと、俺とクーレはそのまま近くにあるダリス・バンディの城に泊まった。
だから今は、ダリス・バンディの城下町にいるんだが……カラフルなダリス・フェミナと違って殺風景だ。
ホコリと汗が混ざったような、イヤな風が通り過ぎる。
打ちっぱなしのコンクリートみたいな石壁や、剥き出しの鉄の壁で作られた建物が立ち並ぶ。
店も、雑貨屋とかカフェなんかじゃなくて、武器屋と酒屋ばっかりだ。
露天で売られてるのも果物とかミルクじゃなくて、肉と酒ばっかり。華やかさのかけらもねぇ。
ダリス・フェミナが女子ばかりの商業高校の雰囲気だとすると……こっちのダリス・バンディは野郎だらけの工業高校。
俺は高校は普通科だったから、あくまでイメージでしかねぇけどな。
そんな、普段からむさ苦しそうな街だが……今日はいちだんと暑苦しく感じる。
デカブツどもが、慌ただしく行き来していたからだ。
きっと、昨日の結婚式での俺の宣言を受けて、慌ててるんだろう。
昨日俺は、法律改正を声高に叫んだ。
特に反対派もいなかったようなので、法律の見直しを指示した。
クーレの母親であるダリス・フェミナの女王と、ゴルヌイの母親であるダリス・バンディの女王。
そのふたりを筆頭とし、女性の意見を盛り込んだ法律を考えさせているところだ。
できあがったら、俺や他の国王の確認なしに発令するように言ってある。
なので、もう俺がいなくても大丈夫だろう。
もうじきこの国は、女にも暮らしやすい場所になるはずだ。
大通りを歩いていた俺は、大きな十字路にさしかかる。
するとそこは、大勢の野郎どもでごったがえしていた。
肉の塀みたいになっているのでロクに見えねぇが、遠くから歌声がする。
なんか、女たちの声だった。どうやら、コンサートでもしているらしい。
大勢の観客で、道は完全に塞がれちまってる。
まるで渋谷のスクランブル交差点で、ゲリラライブに遭遇したみたいだ。
いかにもアイドルっぽいノリの良い歌にあわせ、男たちがリズムに乗って身体を揺すっている。
歌が終わったら終わったで、どわあああーっ!! と諸手を挙げて盛り上がっていた。
「うおおおーーーっ! マーメイズ、最高っ!」
「やっぱりミューティちゃんの歌声はたまんねぇ……! 性格も元気で前向きだし……まさに天使だぜっ!」
「何言ってんだ、フォティアちゃんのほうが天使に決まってるだろ! あの勝ち気なところがたまんねーよ!」
「俺はセリリムちゃんだな! アイドルなのに、恥ずかしがり屋なところが新鮮だぜ!」
「いやいや、通はアネモスちゃんだろ! あの今どきな感じなのが、身近でいいんだよ!」
男たちの反応からするに、かなり人気のアイドルグループのようだ。
そういえば、この世界にもアイドルっているんだな……ちょっと気になっちまう。
あ、でも……今はそれよりも朝メシだ。この人混みを抜けて、メシ屋を探そう。
「……ちょっと、道をあけてくれるか?」
俺は、筋骨隆々とした男たちの背中に声をかける。
すると、殺気立った顔が振り向いた。
「ああん? なんだテメェ、割り込むんじゃねぇーよ!」
「ゴキブリみたいにチョロチョロしやがって、踏み潰してやろうか!?」
「ったく、せっかくいい気分だったのに、台無しじゃねぇーか!」
「殺されねぇうちに、あっちにいけ! しっ、しっ!」
容赦ない罵声を浴びせてくるファンども。
俺は腹が減っていたせいもあってか、ちょっとカチンときちまった。
すると……ファンのひとりが気づく。
「お……おい、こ、この目つき……! コイツ……い、いや、このお方……タクミ様じゃねぇか?」
「ええっ!? 次期国王の!? まさか、こんな所に……!」
「いや、でも、こんなにふてぶてしい態度の平地族なんて、他にいるか!?」
「そ……そうだ……この、いまにも喉笛を食いちぎってきそうな、オオカミみたいな眼……! タクミ様に違いねぇ……!」
「たっ……タクミ様だっ! タクミ様のお通りだっ!! おおいみんな、道をあけろっ……!!」
「なに、タクミ様だって……!? タクミ様がいるのかっ……!?」
ずざざざざざざざざっ………! と軍靴を踏み鳴らすような音とともに、人垣が割れる。
俺は交差点を通れればよかったんだが、なぜか、ライブのステージのほうに道ができた。
視界がひらけたステージ上には、四人の女の子がいて……俺の姿を認めるなり、イルカのように跳ねて驚いている。
俺はてっきり高原族のアイドルかと思ってたんだが、俺と同じくらいの背丈の女の子たちだった。
『ああーっ!? 旦那様!! だんなさまぁーーーっ!!』
拡声棒を放りだし、ステージから飛び降りる女の子たち。
列をなして人垣を抜け、玉の汗を飛ばしながら俺めがけて疾走してくる。
俺は最初、状況がよく飲み込めなかったんだが……先頭をきって走ってくる、女の子の顔を見て思い出した。
「みゅ……ミューティ!?」
「旦那様っ! 会いたかったぁーーーっ!!」
木から木へと飛び移る、モモンガみたいに飛びついてくるミューティ。
続けざまに三人の女の子たちが体当たりしてきて、俺はよろめいてしまった。
ミューティ……俺と同じリンドール学園の生徒で、魔力科の女の子だ。
かつて俺は、バーナーのように燃え盛る床から、ミューティをはじめとするこの四人の女の子たちを助けたことがある。
彼女らは海棲族という種族で、火に弱かったんだ。
少しでも床の火に触れるとヤバかったから、四人まとめて抱えあげて助け出したんだが……今の俺は、その状況を再現するみたいにしがみつかれている。
以前は筋力増強をするツボを突いてたから、四人担いでも平気だったんだ。
でも今の俺はノーマルだから……堪えきれずに、へにょっと情けなく尻もちを突いてしまった。
女の子たちはそれでも構わず、「旦那様! 旦那様!」と連呼しながら俺に頬ずりしている。
ムンムンとした、ピンクのオーラを放つ彼女たち。
そのまわりを、黒いざわめきが包んだ。
「な……なんでミューティちゃんが、タクミ様に頬ずりしてんだ?」
「いや……それよりも、なんで『旦那様』って呼んでるんだ?」
「ミューティちゃんだけじゃねぇよ……マーメイズのメンバー全員が、タクミ様に抱きついてる……!」
「あ……ああ……俺のフォティアちゃんが……勝ち気なフォティアちゃんが……タクミ様の前で、女の顔になってる……!」
「せ……セリリムちゃんまで……! 恥ずかしがり屋で、俺なんか握手すら断られちまったのに……!」
「あ……アネモスちゃんが……! ライブ中、俺に何度も笑いかけてくれたアネモスちゃんが……!」
「あっ……!? 見てみろよ、衣装のチョーカーがずれて……首筋に……!」
「あ……アレは……アザっ!? 四人とも、アザがあるぞっ……!」
「ま……まさか……まさかまさか……マーメイズ全員、タクミ様と付き合ってるのかっ!?」
「なっ……なんてこった……! 大人気アイドルのマーメイズが……全員彼氏もちだったなんて……!」
「いや、彼氏どころじゃねぇぞ……! 旦那様、って言ってるじゃねぇか……!」
「ってことは……嫁!? あっ……ああああああーーーっ!?!?」
「うそだうそだうそだっ!! 信じない!! 信じないぞぉーーーっ!!!」
俺たちを取り囲んでいた、ファンの男どもが……ウェーブのように崩れ落ちていき、気がふれてしまったような阿鼻叫喚をあげる。
どいつもこいつもプラトーンのパッケージみたいに上体をのけぞらし、天を仰いでいる。
俺は、さすがにヤバいんじゃないかと思い……ミューティたちの手を引いて逃げ出した。
次はミューティのお話となります。次回、新展開…!
それと新作小説を掲載いたしました。
本作がお好きな方でしたら、同じく楽しんでいただけると思います。
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