18 結闘の儀、前夜…そして
『結闘の儀』の準備があるからと、クーレ先生は連れていかれてしまった。
俺も、女子プロレスラーみたいなメイドさんに手を引かれて別室に通される。
『結闘の儀』の開催が決まった場合、参加者が王女と接触するのは一切禁止となるらしい。
俺はいきなりひとりぼっちに、そしていきなり暇になっちまった。
先生が大変なことになってるのに観光に行くのも気が引けたので、そのまま部屋で過ごした。
メシも部屋に運ばれてくるので特にすることもない。夜になったのでさっさと寝た。
ベッドも高原族サイズなのか、やたらとデカい。
プールみたいな広さのベッドのど真ん中で横になっていると……何者かが部屋に入ってきた。
ソイツには見覚えがあった。
『結闘の儀』の準備で大わらわなメイドたちから、「メイド長」と呼ばれていた女だ。
メイド長はベッドの端で跪くと、
「……私はウェナーと申します。クーレ様の乳母です」
顔をうつむかせたまま、ささやくように名乗る。
ひんやりした手を頬に当てられているような、冷たい声だった。
俺は大の字に寝転がったまま、首だけ捻ってウェナーのほうを見る。
乳母というわりにはかなり若い。20代後半くらいにしか見えない。
それに……クーレ先生を育ててきたとは思えないほど、真逆の印象がある。
わがままボディはソックリなんだが、表情はお局様みたいにキツい。
クーレ先生は愛嬌のある丸メガネなんだが、このウェナーは教育ママみたいな三角メガネだ。
声も、舌足らずで喜怒哀楽あふれるクーレ先生とは真逆。
ハキハキしてて聞き取りやすんだが、抑揚がなさすぎて感情が読めねぇ。
このマシーンみたいな乳母と一緒にいて、クーレ先生はよくあんな天然になれたな……って思っちまうほどに、共通点が感じられない。
「……その乳母さんが、俺に何の用だ?」
「クーレ様の使いで参りました。タクミクン様を、安全な場所までご案内せよと」
俺が尋ねると、ウェナーは要件だけを簡潔に述べた。
「……クーレ先……いや、クーレの使い? ってことは、アイツは今どこにいるんだ?」
「クーレ様はいま、別室で監視下に置かれています。『結闘の儀』の開催が決まった以上、賞品であるクーレ様は外部の者と接触することができないのです」
「賞品、って……人をモノみたいに言うなよ」
するとウェナーは、それまでずっと伏せていた顔をあげ、俺を見つめる。
これ以上ないくらいの真顔だった。
「……タクミクン様は、この国のことをよくご存知でないのですね」
それからウェナーは、滔々と俺に語った。
……ダリスは男の国である『ダリス・バンディ』と、女の国である『ダリス・フェミナ』に分かれているが、すべての権力は『ダリス・バンディ』のみにあり、『ダリス・フェミナ』はお飾りでしかないこと。
それが表すように、ダリスの女に自由はないそうだ。
女は男に尽くすのが当たり前。男は多くの妻を愛することができるが、女はひとりの夫しか愛してはいけない。
男の浮気は甲斐性として扱われ、女の浮気は厳重な処罰を受ける。
しかも未婚の女が男に乱暴された場合、その男の妻にならないといけないらしい。
……この国の男はみな、女をモノとしか思ってないそうだ。
それで俺は理解した。
王女であれ「賞品」呼ばわれされるワケを。
そして……謁見場でゴルヌイがクーレ先生にひどい事をしていたのに、父親も母親も止めなかった理由もわかった。
父親にとっては、普段から同じように女を扱ってるから……当たり前の光景だったんだろう。
そして母親は口出しできる立場にないから、我が娘の非道に対しても悲しそうに目を伏せていたんだ。
ウェナーの流れるような説明は続く。
「本来、ダリスの女は外で働くことも許されておりません。でもクーレ様は王族ですので例外でした。……ですが王は、外に出て働くクーレ様のことを良く思っておりませんでした。早く結婚して男に尽くすようにと、一計を案じたのです」
「それがあの、ゴルヌイってヤツか」
「はい。『ダリス・バンディ』の王子である、ゴルヌイ様との結婚を計画しておりました。王が病気になったことにして、クーレ様を呼び戻そうとしたのです」
「……なるほど、計画の途中で俺とクーレ先生がダリスに寄ったから、今みたいなことになっちまったのか」
「はい。明日の『結闘の儀』は、ダリス・バンディにある闘技場で行われます。トーナメントで一対一での殺し合いを行い、優勝した者がクーレ様を娶ることができるのです」
「ああ、わかったぞ。それでクーレ先……クーレは俺を心配して、お前を通じて逃がそうとしてきたのか」
「はい。『結闘の儀』は参加したが最後、優勝するか、死ぬかしないと闘技場から出ることはできません。毎回死体の山ができる、大変危険な儀式なのです」
ウェナーはそう言いながら、淀みない動きで立ち上がる。
「……おわかりいただけましたか? では、私についてきてください。タクミクン様を安全に逃げられる場所まで、ご案内させていただきます」
でも俺は、寝っ転がったまま動かない。
「いや、わざわざ来てもらって悪いが、それは遠慮しとくよ。せっかくだから『結闘の儀』がどんなモンか、この目で見てみたいんだ」
すると俺を見下ろしていたウェナーは、真顔のままパチパチと瞬きした。
「……気は確かですか? 失礼ながら、タクミクン様が『結闘の儀』に参加して、生き残れる確率は万にひとつもありません。臍部で煎茶をするほうが、まだ簡単だと思います」
ヘソが茶を沸かすって言いたいのか。
でも何と言われようと、俺の考えは変わらねぇ。
「ま、そうかもしれねぇけど、俺はクーレを置いて逃げるつもりはねぇよ。アイツは俺を頼ってくれたしな。……それにアイツと約束したんだ、この国を案内してもらうって。それが終わるまでは、この国を出るわけにはいかねぇさ」
ウェナーは何も言わず、瞬きもせず俺を見つめている。
しばらくの沈黙のあと……かすかに唇を震わせた。
次は何を言ってくるのかと思ったが、
「……そうですか。それでは私は、もうお止めいたしません」
意外とあっさりと引き下がる。
もしかして、コイツはマジで冷たいヤツなのかな……と思っていたら、おもむろにベッドにあがってきて、正座をしやがった。
「その代わりといっては何ですが……タクミクン様が明日に備えてしっかりと睡眠がとれるよう、お手伝いさせていただいてもよろしいですか? 私はクーレ様の命令を遂行することができませんでしたので、せめてそのくらいはさせていただきたいのです」
大きな胸に拳をめりこませ、訴えかけるようなウェナー。
相変わらずの平らな声だったが、珍しく感情を感じさせる一言だった。
「……ああ、そのくらいはいいよ。その手伝いとやらをやってくれ」
断り続けるのも何だったので、俺は承諾する。
するとウェナーは俺の側にやってきて、俺をお姫様だっこするみたいにして抱えあげた。
ちょっと驚いたが、されるがままになってやる。
ウェナーはコホン、と小さく咳払いをひとつすると、
♪ ねんねんしてね かわいいぼうや
♪ ママのおむねに みをまかせ
♪ ただよいながら ねむりましょ
♪ あなたのねがおは たからもの
♪ せかいのみんなの たからもの
聞き覚えにある子守唄を歌いはじめた。
それがまた……氷みたいに冷たい喋りをするヤツとは思えないほど、やさしくて、あたたかい歌声だったんだ……。
俺は本当に、ストンという形容がしっくりくるほどに……瞬時に眠りに落ちていた。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
かつてない荒々しい振動によって、俺の意識は一気に夢の世界から引き戻される。
悪夢から飛び起きるように、ハッ!? と身体を起こすと、そこは寝室ではなく……檻の中だった。
しかも……両手には分厚い枷みたいなのがはめられていた。まるで囚人みてぇに……!
薄暗い檻の中は、俺ひとりではなく……まわりに大勢の高原族の男たちがいた。
「嫌だ……嫌だよぉ……勘弁してくれよぉ……!」
「な……なんで急に、『結闘の儀』なんてやるんだよぉ……!」
「くそっ……なんて時に、捕まっちまったんだ……!」
「し……死にたくねぇ……死にたくねぇよぉ……!」
「む……無駄だ……俺たち全員、見世物みたいにブッ殺されるんだ……!」
どいつもこいつも、格ゲーの悪役みたいにコワモテでマッチョなのに、体育座りで小さくなって震えている。
檻がガタガタと振動しているのは、コイツらが震えているせいかなと思ったが違った。
昇降機みたいなのに乗せられて、上にあがっているんだ……!
俺はなおも事態が飲み込めずにいると、檻は外まで上昇したのか、明るい光が差し込んできた。
そこでようやく、昇降機の動きが止まる。
格子状の壁が四方に、バタン、バタンと倒れると……俺がどこに連れてこられたのか、ようやくわかった。
ただっ広い、乾いた赤土のグラウンド。
まわりは高い塀に囲まれていて、その上にはスタジアムみたいな客席が全方位に広がっている。
そして……染み込んでいるような血の匂いが、鼻をつく……!
間違いねぇ……ここは闘技場だ……!!
『さあっ! これから結闘の儀が行われますが、その前に……! 参加者に1名欠員が出たため、急遽繰り上げ選抜を行うことになりました! 参加希望の方はいまから飛び入りして、中央にいる罪人をむごたらしく殺してください! 残虐性をいちばんアピールできた方が、繰り上げ当選となり、結闘の儀に参加できますっ!!』
どこからともなく響くアナウンス。埋め尽くす客席が一斉に湧いた。
津波が押し寄せてくるような歓声とともに、蛮族みてぇな男たちが次々と、客席から飛び入りしてくる。
「ひゃーああああああああああああああっほぉぉぉぉっ!!! ブチ殺せええええええーーーーーーーーーーっ!!!」
どいつもこいつも高原族で、格ゲーのラスボスみてぇな迫力がある。
自分の身体くらいあるバカでかい剣やらハンマーやらを軽々と振り回し、雄叫びとともに、俺のいるほうに向かってきた。
俺は、自分の手元を見る。
手首には相変わらず、鉄のまな板みたいなのがはまっていた。
これって……どう見ても手枷だよな……?
罪人って……もしかして、檻に入ってた俺たちのことか……?
念のため、あたりを見回してみたが……それらしきヤツは、俺ら以外には他にいない。
しかも一緒に檻に入ってたヤツらは、すでに俺のまわりにおらず……蛮族どもから逃げるべく、必死に距離を取っていた。
次回、奴隷戦士タクミ…!




