その4 『男の子』になるには
「そういうのはイヤだから、あんたたちに頼んでるんでしょ!」
顔を上げ、何とか声を張って言い返すと、黒髪は不機嫌そうに舌打ちをして一歩アリアの方へ近付いた。
「そういうのは嫌、とか言ってるけどよ。分かってんのか、俺たちも『男』だって」
「え……」
すっ、と身体が冷えた。さすがに返す言葉を失くし、後ろへ後ずさった。
目の前にいるのは、自分とあまり年の変わらない四人の少年。正直、そういう類の身の危険はあまり感じていなかった。自分の認識が甘かったのだろうか。急に彼らが得体のしれない大きな獣のように見えた。
(怖い)
今ならまだ逃げられる。でもいったいどこへ向かえばいいのだろう。そもそも最初から、自分が逃げ込める場所などないのでは。それでも、とにかくここから離れたい。
そんなアリアを引き留めたのは、それまで黙ってやり取りを見ていたライアからの「待って」という一言だった。
「行き場がないんだろ。じゃあ、とりあえずうちに来ればいい」
「おい、ライア」
慌てたように黒髪が声を上げたが、ライアは彼の口を封じるように手で制した。
「ちょっと黙ってろ、ゼット」
そして周囲を見回すと、全員に向け、道の端の方へ移動するよう声を掛けた。わずかな場所の違いではあるが、街路樹の影に隠れて、町の人たちの目からは見えにくくなる。
ライアは少し膝を折り、視線をアリアと同じ位置まで下げて、ゆっくりと話しかけた。
「君、名前は?」
「ア……アリア。アリア・コーダ」
「あ、ファミリーネームはいらないよ。分かった、アリアだね。それじゃあアリア、これはうちに入るための条件として聞いて欲しいんだけど」
何を言われるのだろう。身体を固くして、ぎゅっと自分の腕で抱きしめるようにしながら、アリアは彼の次の言葉を待った。ライアは穏やかな口調を崩さないまま、だが真剣な表情で先を続けた。
「まず、分かってるとは思うけど、俺たちは人の物を盗んで生活してる。この辺りの警察はちょっとゆるいから、何となくあやしいくらいでは声もかけられないけど、でも犯行現場を押さえられたら捕まる。ここまではいい?」
緊張しつつ、しっかりと頷いた。ライアはそんなアリアを見て、小さく「よし」と頷き返した。
「俺たちみたいな子どもの窃盗グループは、他にもいる。でも基本男ばかりで、女の子はいない。もしアリアがうちのグループに入ると『女の子がいる』っていうだけでどうしても目立つと思う」
「だから、こいつは女だから入れられないんだって。最初からそう言ってんだろ」
「黙ってろ、ゼット。これで二回目な」
ライアは、横から口を出した黒髪の少年―――ゼットに対し、圧をかけるように低い声を出した。アリアに対して話す声と、全然違う。アリアは軽く息を呑み、改めて目の前の少年を見つめた。
当たり前だが、彼は絵本の中の王子様ではない。でも、目が離せない。声にも表情にも、人を引き付けるオーラが感じられる。きっと、彼はこの力でグループを率いているのだろう。
ゼットが不満そうにしながらも黙って一歩下がるのを確認し、ライアは再び口を開いた。
「女の子は目立つ。だから、アリアには『男の子』になって欲しい。俺たちのグループに入るなら、それが条件」
「え……」
アリアだけでなく、他の少年たちからも動揺の声が上がった。
「でも、男の子って、どうすれば」
戸惑いつつ小さな声で尋ね返すと、ライアは軽く首を傾げた。そこは自分で考えろ、ということだろうか。アリアは口元に手を当て、一生懸命に考えを巡らせた。
女が目立つから男になれ、ということならば、傍目から見て『女の子』だと分からなければいいはずだ。見た目だけの問題なら、まずは服と……髪。
(そうか、髪か)
右手を後ろに回し、長い髪を手前に引き寄せた。顔の横の髪だけ細い三つ編みにしてリボンで留めるヘアスタイルは、最近のお気に入りだ。なめらかで艶のあるきれいな黒髪は、周囲の大人たちから何度も褒めてもらった。ひそかに、アリアの自慢でもあった。
――――でも、こんな風に長い髪にリボンを飾っている男の子は、きっといない。
アリアは、ポケットに手を入れた。実は、このポケットは横の部分が開いていて、そこから太ももの辺りに手を入れることができる。そして、太ももには布を巻いて、ちょうど縦笛程度の細い筒が固定されていた。怪訝そうに見守る少年たちの前で、アリアはゆっくりとその筒を取り出した。
「え、ちょっと」
細い筒は、鞘になっている。そこから引き抜いたのは、刃渡り二十センチほどの切れ味の良いナイフ。慌てるような声も聞こえたが、アリアは手を止めなかった。
束にした髪をしっかりと左手に握り、右手のナイフをそこへ当てる。ざくり、という感触に、背中が粟立つような奇妙な震えを覚えた。ざくり、ざくりと髪を切る音が聞こえるたび、自分の中のかわいい女の子が遠ざかっていく。
もう、家には戻れない。覚悟を示す方法は、これくらいしか。
突然の出来事に声もない少年たちの顔を見回しながら、アリアは震える声で告げた。
「……これで、認めてもらえる?」
肩に付かないあたりで不格好に切られた黒髪が、風に揺れた。
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