その3 仲間に入れて
騒動が収まり、集まっていたやじ馬たちもぱらぱらと散り始めていた。三人の少年たちも興味を失ったようにアリアに背を向けようとしていたが、彼女の呟きを聞いて赤髪が驚いたように振り返った。
「何おまえ、ひょっとして家出?荷物も持ってないじゃん」
「そんな時間、なかったもん……」
そうやって口に出すと、今の自分の寄る辺ない状況が一気に現実味を帯びて、どうしようもなく心細くなった。
「大事な人が、死んじゃったの。あたしのせいで。このままあたしがあの家にいたら、また誰かが危ない目に合うんだよ。……そんなの耐えられない」
アリアは孤児で、両親の顔も分からない。これまでずっと、優しい三人の魔術師たちがアリアを大切に育ててくれていた。それなのに、突然現れた「敵」がアリアを襲い、アリアを庇った一人の魔術師が命を落とした。今日はその葬儀で、アリアは参列する大勢の人混みから、こっそりと抜け出したのだ。
急にいなくなって、きっとすごく心配をかけているだろう。でも、その心配に見合うだけの価値が自分にあるとは、どうしても思うことができなかった。結局のところ、自分は疫病神だ。
もう二度と、自分のせいで誰かが死ぬのは見たくない。そのために、一人で生きていく。そう決めたけれど、どうやって生きていけばいいのか分からず、途方に暮れていた。
「ふーん。まあ、俺らには関係ないけどな」
黒髪の少年が素っ気なくそういうのを聞き、こぶしを強く握りしめた。確かにその通りだ。彼らはおそらく、路上でスリやひったくりを繰り返して生活しているのだろう。粗末な身なりを見れば、遊び半分の盗みではないことが察せられる。アリアの財布の中身にしても、金貨を勘定に入れてもそこまでたいした金額ではないが、それでも「まとまった金」なのだ。彼らには彼らの生活があり、その日生きていくだけで精一杯の暮らしをしているはずだ。突然現れた身寄りのない子どもにかける温情などあるはずがない。
そこまで考えた時、ふとある考えが頭を過り、アリアははっとして顔を上げた。
「……ねぇ。あたしを、仲間に入れてくれない?」
三人の少年たちの間に、明らかに動揺が広がった。彼らはしばらくお互いに顔を見合わせたりしていたが、やがて赤髪の少年がのろのろとした口調で聞き返した。
「仲間って、簡単に言ってくれるけどさ。どういうことだか、分かってんの」
「一応、分かってるつもりだけど」
「いや分かってない。俺らのやってることは犯罪で、仲間になればおまえだって犯罪者なんだぞ。だいたい、何が悲しくておまえみたいなチビを仲間にしなきゃならないんだよ」
「あ、そうか君、魔術師だよね。ひょっとして覚醒してる?」
ディアと呼ばれた少年が急にいきいきとした表情になって話しかけてきたが、これについては首を横に振るしかない。だいたい、さっきのように財布を盗られた場面でも、いわゆる『基本魔法』が使えるならいくらでも取り返す手段はある。
「ごめんなさい、覚醒はまだしてないの。だから、あまり役には立たないかもしれないけど」
「そうかぁ……だとすると、やっぱり難しいかな。俺たちも、捕まるリスクはできるだけ減らしたいし」
がっかりしたようにそう言われ、思わずアリアもむきになった。
「でもあたし、足は速い方だと思うよ?」
「足が速けりゃいいってもんでもないだろ。ちゃんと役に立たなきゃ迷惑だって言ってんだよ」
三人の中では一番高圧的な黒髪の少年が、吐き捨てるようにそう言った。
「役に立てるもん!何よ、あんたたちなんか二人がかりでも、あたしのお財布すらまともに盗れなかったくせに!」
「……言ってくれるじゃねえかこのチビ。ディアが優しいからって調子に乗るなよ、おまえなんか力ずくで」
黒髪の少年がアリアの方へ手を伸ばそうとしたその時。
「おい、何の騒ぎだよ」
ふいに、少年たちの後ろから声がかけられた。アリアは何気なくその声の主を見て、驚いて息を呑んだ。
金髪碧眼。それ自体は、別に珍しくはない。だが、彼が姿を現したとたん、場の雰囲気ががらりと変わった気がした。一瞬だけ今の状況を忘れ、アリアは幼い子どもの頃に読んでもらった絵本の王子様を思い出していた。
(いや、何考えてんのよ。それどころじゃないのに)
慌ててぷるぷると頭を振り、瞳に力を込めて、少年たちの方を睨みつけた。
後からやってきた金髪の少年は、それこそ絵本から抜け出したように整った顔立ちをしていた。彼の髪の色素は淡く、反対に瞳は深い碧を湛えている。優しい面差しが透明感のある柔らかな肌に映え、中性的な美しさを見せていた。身なりこそ貧しいが、それすら尊い身分を偽るための仮の姿に見えてしまう。
「あー、ライア。売れたか?例のヤツ」
「ん。時計は大した値段つかなかったけど、指輪と腕輪はセットになってたし、まあまあってとこかな。……それよりどうしたの、この子。迷子とか?」
ライア、と呼ばれた金髪の少年は、受け答えをしつつアリアの真正面に立った。アリアは逃げ出したくなるのを何とか抑え、彼に向き合った。
「……あんたも、この人たちの仲間?あたしも仲間に入れて欲しいってお願いしたの、でもみんなにダメだって言われて」
「ふうん?」
彼は軽く腕組みをして、興味深そうにアリアの顔を覗き込んだ。
「ダメに決まってんだろ、女のくせに。しかもこんなチビ」
ライアの隣で、黒髪の少年がアリアを睨みながらそう言い放った。
「女なら他に稼ぎ方があるだろ。なぁ、知ってるか?おまえみたいなチビでも、そういう需要はあるんだぜ?」
アリアは一瞬何のことか分からず、訝し気に首を傾げた。そして彼がわざとらしく下品に笑うのを見てようやく意味を理解し、思わず顔を赤らめて下を向いてしまった。ちゃんと理解しているとは言い難いが、彼の言わんとしていることは分かる。女なら体を売れば金になる、そう言っているのだ。
まともに反応してしまった自分が悔しい。まさかこんなことを言われるとは思わず、すぐに反発もできなかった。




