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エッセイ・短編たちのおもちゃ箱  作者: ぽんこつ


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92/93

今日という日

白濁の空に覆われて。

どことなく湿った空気。

ヒュー。

すでに葉が落ちた枝が。

しなって啼いて。

線香の煙をたなびかせた。

「瑠璃、これ新作のプリッツ。アーモンド味だって」

お菓子の箱を花の脇に置いた。

「ちょっと、味見したけど、バターが一番だね、やっぱり」

もう一つのお菓子の箱を重ねて置いた。

ネズミ色の墓石を見上げる。

長谷倉家のお墓。

眠ってるのは。

瑠璃だけじゃないけど。

瑠璃しかいない気分で。

話しかけている。

「瑠璃……」


もう。

あれから。

2年か……

瑠璃が。

私の前からいなくなってから――



数日前。

電話で話した時。

声の感じが元気なかった瑠璃。

その週末。

私は地元に帰った。

もちろん。

瑠璃のことが気になったから。

瑠璃とは。

小学校5年生からの付き合い。

かれこれ10年という歳月を過ごしてきた。

私のかけがえのない親友。

そう誰憚ることなく言える。

唯一無二の存在。

瑠璃も私のことをそう想って。

くれてるはず。

高校を卒業と同時に介護施設で働き始めた私。

地元からだと通勤に片道2時間かかるから。

職場の近くに引っ越した。

瑠璃は。

持ち前のイラストの才能を。

お菓子作りに活かそうと。

専門学校に通いつつ。

自身の店を持つという夢に向かって。

ケーキ屋でバイトをしていた。

玄関の扉を開けた瑠璃に。

「泊まりきたよ」

笑って見せたら。

ぽかーんとしていたけど。

「ありがとう」

私に抱きついてきた。

やっぱり何かあったんだって。

想ったよ。

急だったけど。

おばさんもおじさんも。

喜んでくれて。

手土産のケーキをみんなで食べた。


夜も更けた頃。

私と瑠璃は。

ベッドの上に向かい合って座る。

昔から。

大事な話をする時のお約束。

「瑠璃。何があったの?」

「うーん。私より、裕佳梨の方こそなんかあったんでしょ?」

瑠璃は。

鋭い。

瑠璃の声に。

あれって感じたのは確かなの。

それと同じくらい。

会いたいって。

私も想ってた。

「私より瑠璃のが先だよ。私が先に聞いたんだから」

「私は大丈夫。それよりも裕佳梨、大変なんでしょ? 仕事」

瑠璃の細い指が。

私の手を握りしめた。

少し冷たい。

確かに新年度から。

役職がついて。

部下の指導とか。

プロジェクトの資料作成とか。

軒並み家にまで仕事を持ち帰っている。

「ちょっとね。主任を任されて、自分のこともままならないのに、てんわやんわなんだよ」

クスクスと笑い出す瑠璃。

「そっか、裕佳梨、それは、てんやわんやだよ」

「え? マジ?」

うんうんと。

おかしそうにうなずく瑠璃。

「それで、仕事は楽しい?」

「うん。なんとか……かな、でも、しんどい時もある」

「そっか。裕佳梨も、頑張ってるんだな」

「ていうかさ、瑠璃のこと聞いてるのに。どうなの? パティシエとデザイナーは?」

「うん。いいアイデアがあるの。まだ内緒なんだけど」

「え? 私にも?」

「ああ、裕佳梨には話しても、いいかな」

「いいでしょ?」

私が言うと。

こつん。

と。

肩を当ててきた。

そのアイデアとは。

東西の昔話のお姫様をモチーフにしたケーキを作るというもの。

デザイン画を見せてくれたけど。

どれも本当にお伽噺の世界みたいに。

幻想的で。

美味しそうだった。

例えば。

かぐや姫は。

ロールケーキがベースで。

それを竹に見立てて。

栗のシフォンとクリーム。

節や笹の葉はチョコレート。

月をモチーフにした白い飴細工が。

ちょこんと乗っている。

他にも乙姫。

白雪姫とか人魚姫とか。

「すごいね! これ売りになるよ絶対!」

「フフフ、ありがとう」

この時。

もっと踏み込んで聞いてたら……

瑠璃の笑顔と言葉の裏にある。

悲しみに。

私は気づけなかった……


それから。

1週間後。

瑠璃から。

「会えないかな」

って。

メッセージが来た。

その日は夜勤だったから。

疲れてたけど。

明けで地元に戻った。

「ごめんね。裕佳梨」

会ったそばから。

謝る瑠璃。

「なんで謝るの?」

「裕佳梨だって忙しいのに」

「そんなことはどうでもいいから、どうしたの? 話ってなあに?」

瑠璃は私の手を握って。

笑った。

「なんか、裕佳梨の顔見たら、楽になったかも」

「瑠璃……?」

「裕佳梨、疲れてる。目の下クマが出来てるよ」

「ああ、それはほら、夜勤明けだから」

「私も負けてらんないな」

「ん? 瑠璃、やっぱり変じゃない? 話聞くくらいしか出来ないけど、言ってみて」

私は瑠璃の顔を覗き込む。

スッと。

息を吸って。

首をかしげながら。

頬を上げた。

「裕佳梨はさ、もう少し自分を大切にしなきゃ。仕事のこともそう。私のこともそう。頑張り過ぎかなって、端から見てたら心配」

「そっかなぁ、でも、瑠璃が言うならそうだね、気を付ける。でも瑠璃のことは親友なんだから、一番に想うのは当然でしょ?」

「フフフ。ありがと裕佳梨」

「お礼なんていいよ。なんかあるなら、聞く」

「うん。今は大丈夫」 

「大丈夫でも、聞くから」

「裕佳梨は変わらないね。なんか話してたら。楽になった」

「ほら、なんかあったんじゃん」

「ハハハ、でも、本当に大丈夫だよ。もう」

「そう? ならいいけど」

「うん。大丈夫」

私の頬を両手で挟む。

「ちめたいよ」

「フフフ」

私は瑠璃の頬を挟む。

暖かいほっぺ。

「裕佳梨も、ちべたい」

「おあいこだね」


そして――

次の日。


瑠璃は冷たくなっていた。 


自殺だった。


遺書には。

好きになった男性。

バイト先の店長に騙されたと。

心も体も許した相手。

そう。

瑠璃のアイデア。

勝手に商標登録されたんだって。

将来。

自分の店を持つのが夢だった瑠璃。

その夢さえも。

奪われて……


私宛の手紙もあった。

黄色い流れ星が。

四方に描かれていた。

水色の便箋。

「裕佳梨、ごめんね」

ボールペンで書かれた。

右肩上がりの文字は。

所々。

滲んでいた……


でも。

でも。

私は……

何も出来なかった。

親友が……

瑠璃が苦しんでいたのに……

おばさんが。

「仲が良かった分。裕佳梨ちゃんには、言えなかったのかな……」

そう話してくれた。

私を慰めるつもりだったのかも。

しれないけど。


そんなの……

分かんないよ……



――目尻にたまった涙を指先で拭う。

私は小さな箱の中から。

手作りのケーキを取り出した。

「瑠璃。これは、アイデアになかったお姫様をイメージしたんだよ。分かる?」

白のロールケーキ。

波打つように。

生クリームをふんだんに使って。

みかんにいちご、ブルーベリーを刻んだものを。

星をイメージして。

沢山まぶしてある。

「瑠璃みたいな発想できないから、分からないかな」

そっと。

墓前に供えた。

「瑠璃……気づけなくて、ごめん」

季節外れのトンボがふわり。

墓石に止まる。

羽を震わせて。

ゆらりゆらりと宙へと舞った。


お読み下さりありがとうございます。

感謝しております。

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