揺らぎの箱の中
ガタン、ゴトン……
体に染みついた電車の揺れ。
いつものように。
終電にもかかわらず。
にわかな混雑。
ドアの脇の定位置で。
狭い壁に寄りかかって。
窓の外を眺めている。
車窓には。
人々の営みの明かりが。
遠くに近くに流れていく。
窓に映る冴えない表情の私。
すっと。
口角を上げてみる。
東京に出てきて。
作り笑いというものを覚えた。
上司のご機嫌をとるのに一役も二役も買う。
ポーカーフェイスという。
自分を纏う鎧も。
都会に憧れて。
それこそ。
ドラマや映画のような世界を夢見て。
田舎から飛び出してきた。
あれから。
もう3年。
東京にも。
良いところはもちろんある。
かわいい服もあるし。
美味しい食べ物もある。
実際は。
毎日残業。
家と職場の往復。
休みの日はベッドが恋人。
年末年始に田舎に帰ると。
友達は少し垢抜けた私を見て。
羨ましがってくれるけど。
私から見たら。
学生時代と変わらない。
笑顔を浮かべて話せる。
みんなが眩しく見えたりもする。
「はぁ……」
小さなため息をこぼして。
視線を外した。
どこか悲哀を感じる車内には。
居眠りしてる人もいれば。
お酒の匂いもちらつかせた人もいる。
そんな中でも。
毎日乗り合わせていると。
ちらほらと。
見慣れた顔もいたりする。
相手も私のことを認識しているのかは。
分からないけど。
実は……
その中の一人の男性が気になったりしている。
もちろん。
こっちに来てから。
恋なんて縁遠い。
ドラマチックな出逢いなんて。
夢のまた夢。
彼は一つむこうの
ドアのそばに立っている。
背は網棚に届くくらい。
センターで分けた。
艶やかな髪。
サイドは刈り上げて。
清潔感ましまし。
やや面長の顔立ちで。
日焼けなのか。
色黒なのか。
精悍さがある。
眉毛は太め。
目は大きくて。
鼻梁は高く幅広。
唇は厚めで。
顎は丸みを帯びている。
服装はラフで。
真っ赤なパーカーに。
濃いめのデニムジーンズ。
靴も赤のカジュアルシューズ。
原色が好きなのか。
青や黄色の服を着ていたこともある。
彼に限っていえば。
多分。
毎日。
終電に乗っている。
私の方が先に降りるから。
どこに住んでいるのかも分からない。
何の仕事か全く想像がつかない。
どうして気になったのか……
それは。
半年くらい前。
やはり今日と同じく終電での出来事。
ある駅に着いたとき。
年配の男性が降りようとした途端。
操り人形の糸が切れたように。
前方に倒れた。
ドンだか。
ゴンだか。
鈍い音がした。
私は反対側のドアのそばに立っていて。
その瞬間を目撃した。
周りに沢山の乗客がいたのに。
その男性に声をかけることも。
助けることも。
誰も手を差しのべることすらせず。
電車を降り。
乗ってくる。
私が一歩踏み出した時に。
彼が男性に声をかけていた。
すると。
にわかに数人が男性を囲んで。
そこにやって来た駅員と一緒に。
男性を抱え起こして。
ホームに連れ出した。
私は男性が落とした鞄を拾って。
その後を追った。
男性をベンチに座らせて。
彼は救急車を呼んでいた。
発車ベルが鳴って。
ドアが閉まって。
終電は走り出した。
駅員さんや他の乗客の声かけに。
男性は意識を取り戻したけど。
額には大きなあざが浮かび上がっていた。
「大丈夫です」
と。
男性の声が聞こえて。
ほっと胸を撫で下ろしたけど。
電話を終えた彼が。
「頭を打ってるから、病院行った方が良いですよ。今、救急車呼びましたから」
「いや、本当に大丈夫ですよ。あれ? 鞄が……」
きょろきょろする男性。
私はちょこちょこと。
男性に駆け寄って。
「どうぞ」
鞄を差し出すと。
「ありがとうございます」
男性は深々と頭を下げてくれた。
「痛たっ……」
額の辺りを押さえた男性に。
「念のため病院行って下さい。僕付き添いますし、何かあったらご家族が悲しみますよ」
「そうですか?」
彼を見上げる男性。
ハッとした顔をして。
「分かりました」
と。
小さくうなずいた。
私は彼の顔を覗き見た。
真っ直ぐな眼差しが。
にわかに潤んでいた。
「家内に電話します。付き添いは大丈夫です。ご親切にありがとう」
「いえ……」
それから。
救急隊員が来て。
男性は担架で運ばれた。
その時も。
彼は隊員に男性が倒れた時の状況を説明していた。
最後までの残ったのは。
彼と私と駅員さん。
「お客様ありがとうございました」
駅員さんは改札口まで見送ってくれて。
タクシーの手配までしてくれた。
タクシーを待ってる間。
思い切って声をかけてみた。
「優しいですね」
「ん? 僕ですか? 僕は優しくなんかないですよ」
彼は私を見て。
首をかしげて。
苦笑う。
目が合った瞬間。
じわっと。
体の奥で。
熱い波紋が広がった。
「でも、さっき……」
「あれですか? 当たり前のことでしょ?」
「そうかもしれませんけど。誰でも出来ることじゃないと想いますよ」
「そうですかね? でも、それは優しさじゃないでしょ。もし、倒れたのが自分の大切な人ならどうします?」
真っ直ぐな言葉。
それに……
きれいだな。
濁りのない瞳。
「そりゃ、もちろん助けますよ」
「それと、何が違います? 赤の他人だろうと。人が人を助けるのは、優しさじゃなくて、普通のことですよ」
「そうですけど……」
彼は私からそっと。
視線を外した。
「タクシー来ましたね。お先にどうぞ。お疲れ様でした」
「あ、はい。お疲れ様でした」
ガタン、ゴトン……
『まもなく、高井、高井です……』
でも。
あれから。
きっかけがなくて。
ね。
勇気も。
電車が揺れて。
スピードが落ちる。
窓の外が明るくなる。
はぁ……
今日も一日が終わる。
彼は外を眺めている。
私は。
こういう人に大切に想われてみたい。
ただ。
そう感じたんだ。
お読み下さりありがとうございます。
感謝しております。




