見つけて
雨の降りしきる午後――。
普段ならまだ明るいのに、
しっとりとした空気とぼんやりとした室内の明かりが、雨の日特有の匂いをどこから引き連れてくる。
僕は図書室である本を探していた。
ことあるごとに来ていたのだけれど、見つからなくて。
タイトルは長くて、出だしの「想い出……」だけは想い出せるんだけど。
別に洒落じゃなくて。
たぶん小説で、大きさはノベライズ版だったと思う。
スマホで検索しても、そんなようなタイトルはいっぱいあってどれだか分からない。
書棚を丹念に見て回る。
チカチカって瞬いた蛍光灯。
天井を見上げて棚に手をついた。
バサッ……
ん?
一冊の本が床に落ちた。
しゃがんで拾い上げる。
「あれ……?」
『想い出は巡って。あなたの元へいつか届く』
「これだ……」
立ち上がって、両手に持った本を見つめる。
かなり表紙は褪せていて。
何度も読まれたのだろう。
ページの同じ部分が変色している。
よし。
意気揚々と図書委員の元に。
下駄箱で靴に履き替えて。
ザーッと地面に叩きつける雨音が跳ねている。
傘を差して薄暗い雫が落ちる中へと踏み出した。
ぴちゃぴちゃと靴が地面を鳴らして。
ああ……
ふいによみがえった記憶。
三年前。
中学の頃に好きだった女の子と、今日みたいな雨の日に一緒に帰ったことがあった。
家までの15分くらいの道のりが物の数秒に想えて。
でも、記憶は褪せないで今も覚えている。
その時、振り絞って出した勇気で、メッセージ交換をして。
友達くらいにはなったのかな。
でも、それから半年後の春休み。
『私、転校することになったの。楽しかったよ桐原くん。私は桐原くんと過ごした半年間、忘れないよ。だから、桐原くんも覚えていてくれたら嬉しいな。バイバイ』
機種が変わった今も残しているメッセージ。
でも、そのあと、届かなくなったメッセージ。
送られてくることのなかったメッセージ。
送れなかったメッセージ……
電車の車内も湿り気を帯びていて。
曇る窓ガラスにいくつもの斑点。
スマホを出して。
その子とのメッセージを見返してみる。
『桐原くん、今日は傘と送ってくれてありがとう』
「いや、僕の方こそ、美杉さんと話せて楽しかった」
ん?
日付……
三年前の今日か……。
そう、探していた本も美杉さんが愛読していた本だった。
電車がスピードを緩める。
窓ガラスに映る、笑った自分の顔に、
水滴が涙のように滴った。
帰ったら、読んでみよう。
懐かしい想い出に浸る日なのかもしれない。
ドアが開いて、ホームに降り立った。
人の流れに乗って改札口へと続く階段を降りる。
ん?
すれ違った瞬間。
涼やかな少し甘みのある香りが鼻をかすめた。
歩きながら振り返る。
制服姿の女の子。
自然と向きを変え、その子の後を追うように階段を上る。
ポニーテールとスカートの裾を揺らしながら。
女の子は電車待ちの列に並ぶ。
!
その横顔に見覚えがあった。
逸る鼓動。
どうする?
って。
考えるよりも先に足が動いて。
「あの……」
女の子はゆっくりとこっちを向いた。
僕の顔を見て、ゆっくりと視線を下げて。
そして顔を上げた。
「はい、何か?」
「あ、いや、その美杉さん?」
「そうですけど……」
「あ、あの僕……」
「桐原くん。でしょ?」
ガタン、ガタン……
風が美杉さんの髪を靡かせた。
「あの……」
「覚えていてくれて嬉しい……明日、あの公園で待ってる。そうだな、あの時みたいに12時に噴水の前で」
「え? ああ、分かった」
電車の扉が開いて人の波が押し寄せて。
美杉さんは、微笑みを残して、電車の中に吸い込まれて行った。
家に帰ってからも。
突然の思わぬ再会と明日の約束に心が踊って。
読書どこじゃなくなって。
目が冴えて。
なかなか寝付けない。
美杉さんが言った、あの公園――
初めて学校以外で二人で会った場所。
まだ、寒い冬の日。
ただ、ベンチに座って話して。
敷地を散歩して。
話した会話は、何でもない会話。
好きな映画や漫画や本のこと。
学校のこと。
そう、僕の将来の夢。
美杉さんの将来の夢。
ほほが緩んで。
あの時の事が呼び起こされた。
白い空に。
黒い枯れた木の枝が。
血管の様に広がっていた。
隣にいる美杉さんは。
ベージュのダッフルコートのポケットに両手を突っ込んで。
視線を空へと上げたまま。
タートルネックから覗く首筋から、顎のラインが美しくて。
口から漏れる白い息が。
ぼんやりと宙を漂って。
長い睫が少し震える。
かわいいなぁ。
心で落としたため息。
「そんなに、じろじろ見られたら、照れるよ」
慌てて伏せた視線。
「ごめん」
「ううん。嫌じゃないけど。見すぎだよ」
「美杉さんだけに?」
「ぷっ。もう」
パシン。
僕の二の腕を、美杉さんが叩く。
何気に痛いけど。
触れられたことが。
その強さを喜びに変える。
「でもさ、分からないもんだね」
「何が?」
「桐原くんと、こんなに話すなんて想ってなかったから」
「僕もかな、雨に感謝しないと」
「私が傘を忘れたことにもね」
「そうだね」
二人の間を小さな木枯らしが抜けた。
美杉さんは。
マフラーに顔を埋め。
伸ばしていた足を引いた。
「運命って信じる?」
「運命?」
「そう。運命」
美杉さんは首をかしげながら。
僕を見た。
顔にかかった髪を。
細い指先が。
そっと。
耳にかけた。
その黒い瞳に飲み込まれそうで。
でも。
目を離しちゃいけない気がした。
「あると想う。運命」
僕は勝手に美杉さんとのことを想い描いていた。
「そっか。私も信じてる。運命」
「どうして、そう想うの?」
「きっと。偶然ってないからかな」
「そうなの?」
「私が想ってるだけ、だけど。きっと……」
「ん? きっとなんなの?」
「内緒!」
僕を覗き込むように微笑む顔が。
僕の全てを奪った瞬間だった。
甘い香りに包まれて。
人差し指を口に当て。
目を細めて。
えくぼを浮かべた――
無敵の笑顔。
明日……
いや。
やっぱり本を読んどこう。
その話題で話せるし。
僕はベッドから飛び起きて。
机の上の本を手にして。
ベッドに腰かけた。
『想い出は巡って。あなたの元へいつか届く』
よし。
その表紙をゆっくりとめくった。
お読み下さりありがとうございます。
感謝しております。




