最後のチャイム
手すりに掴まって。
霞む水色の空を見上げた。
心臓は走ったまま。
風と呼べない空気の波が。
そっと髪を払う。
踵を上げて。
息を吐きながら。
トン。
と上履きを鳴らす。
汗ばむ手のひらで。
ぎゅーっと。
手すりを握りしめる。
苦しいな。
あっ。
何処からともなく。
舞ってきた桜の花びらが。
手の甲に。
ふらっと。
腰かけた。
はにかむ私。
多分。
ダメなのは分かってる。
彼には幼馴染みがいるから。
かわいい子。
私とも仲良くしてくれる。
明るい子。
優しい子。
私も明るい方だし
優しさだって……
ダメだと分かっていても。
もう。
言わないと。
今。
伝えないと。
「木元くん。話があるんだ。帰りに屋上で待ってるから、来てくれる」
終業式が終わった教室で。
後ろの席の木元くんに話した。
顔なんか見れなくて。
言い切って。
すぐに前を向いたから。
どんな反応したのかなんて。
分からない。
その時から。
ずっと。
鼓動は耳元に住み着いてる。
振られたら。
顔を上げられる。
前を向ける……
かなって。
ガチャ。
扉が開いて。
「永橋さん、なに? 話って」
木元くんは、左手をポケットに突っ込んで歩いてくる。
さらりとした髪が。
柔らかな光を帯びて。
歩幅に合わせて揺れている。
体の向きを直そうとして。
手すりを握った手が離れなくて。
何気に見た手すりの向こう。
下校する生徒たち。
校門の壁に寄りかかっている。
椎歌ちゃん。
あっ。
こっちを見そうになって。
慌てて後ずさる。
手すりに吸い付いていた手には。
まだ、握っている感触が残っている。
「どうしたの?」
「あ、ううん、ありがとう来てくれて……」
木元くんを見ても。
見えないのに。
目の端の向こうに。
意識がいっちゃて。
体の前で組んだ指が忙しい。
「もしかして? 告白? とか?」
「へ? あ、ううん、え、あ」
クスクスと笑う。
木元くん。
ダメだ。
顔が熱くなって。
落ちた視線。
「落ち着いて、深呼吸でもしたら?」
「あ、うん」
胸に手を当てて。
息を吸い込んでも。
全然、吸えた気がしない。
「いいよ、ゆっくりで」
「うん……」
「あのね、誰にも言ってないんだけど……私ね……転校するんだ」
「え? いつ?」
「今週末、お父さんが転勤でね」
「そっか。びっくりした。どこなの?」
「えーと。兵庫県の赤穂って所だったかな」
「そっか……」
少し遠くに聞こえた声。
東京から赤穂。
遠いよね。
ふう。
会話のお陰かな。
少しは大人しくなった心臓。
胸の前の手を。
そっと、ほどいて。
息を吐きながら。
顔を上げた。
木元くんは。
朗らかに。
微笑んでいた。
色んな想いが。
渦を巻いて。
その中に。
椎歌ちゃんの姿が横切った。
「木元くん……」
声は震えてた。
「うん」
「わ、私の名前を呼んでくれる?」
「ん!?」
木元くんは。
眉間にシワを寄せて。
顔を突き出した。
「お願いします、あと……ううん、それだけ」
「あ、え、うん、わかった」
木元くんは。
ブレザーの裾を伸ばしながら。
足踏みをして。
背筋を伸ばした。
「んん、んんっ」
拳を口元に咳払い。
かっこよくて。
かわいいなぁ。
「実莉」
はっ。
声の波紋が全身を駆け抜けた。
くるんと。
振り向いて。
両手で口を覆う。
「永橋さん?」
木元くんが近寄る気配がして。
目をつむって。
「ありがとう。木元くん。もういいよ……」
「え? いや、大丈夫?」
「大丈夫だから、本当に、ありがとう」
私は駆け出した。
顔を合わさないように。
「え? ちょっ……」
出入口の扉を開けて。
壁に手を添えながら。
階段を駆け下りる。
背負ってるリュックが暴れるけど。
口を押さえた手を離したら。
全部こぼれちゃいそうで。
タン、タン……
背後から追ってくる足音。
「ねえ、待って!」
ダメだ。
追い付かれちゃう。
私は2階の廊下を走って。
女子トイレに逃げ込んだ。
バタン!
カチャ。
個室に入って。
鍵を閉めた。
口が乾いて。
喉がひりひりする。
整わない息は荒れたまま。
鼓動は今日一番の早さ。
扉にリュックごと寄りかかって。
しゃがみこむ。
何やってんだろうね。
私。
おでこを膝につけたら。
言葉に出来なかった想いが。
涙となって溢れた。
何やってんだろ……
涙は止まらない。
けど。
頭が痛い。
泣きすぎかな。
ずるると。
鼻をすすって。
ポケットからハンドタオルを取り出した。
ガタン。
トイレの入り口の扉が開いた。
「実莉ちゃんいる?」
!?
椎歌ちゃん……
「いるよね? 出てこれる?」
タオルを握りしめて息を吸う。
「……うん」
ちょっと鼻にかかった声。
ハンドタオルで顔を覆う。
泣き顔分かっちゃうよね。
ゆっくりと立ち上がって。
カチャ。
鍵を外して。
きぃー。
扉を開けた。
椎歌ちゃんは。
私を見て少し哀しげに笑う。
「ちゃんと、いっくん……木元くんに実莉ちゃんの想い伝えてきな」
「え……!?」
「私のこと気にしてるんでしょ? 確かに幼馴染みだし、仲がいいのは否定しないよ。でも、それ以上でも、それ以下でもないんだ、私たち」
頭が混乱してる。
どうして。
私が告白しようとしたの知ってるの?
なんで。
わざわざそんなことを私に言うの?
「あ、あの私、引っ越すの。だから……大丈夫なんだ。椎歌ちゃんもありがとう。じゃあね」
私は、いたたまれなくて。
その場から。
逃げるように駆け出した。
「実莉ちゃん!」
トイレの扉を開けたら。
木元くんが廊下の壁に寄りかかっていた。
手を伸ばして。
何か言いかけたみたいだったけど。
そのまま駆け足。
足音と鼓動が。
ごちゃごちゃに響く廊下を抜けて。
昇降口まで降りてきて。
唾を飲み込みながら。
急いで靴に履き替えて。
リュックを下ろして。
その中に上履きを突っ込んだ。
!
肩を掴まれた。
「永橋さん、あの……」
息が上がってる木元くんの声。
私の心臓は。
走ってきたから。
早いまま。
「……じゃあね」
その手を振り切って。
走り出そうとした――
「好きなんだ!」
背中から通り抜けた言葉。
足が止まる。
息も止まって。
リュックのベルトを握った手が震えていた。
ん?
「永橋さん……俺、実莉ちゃんのことが好きなんだ」
うそ。
だって……
そんなこと……
あるわけない……
「実莉ちゃん?」
ビクッ。
として顔を上げた。
いつの間にか。
私の前にいた木元くん。
淡い光を背にして。
微笑む顔が眩しい。
咄嗟に。
髪を直すふりをして。
顔を背ける。
見れないんじゃなくて。
見られたくなくて。
「俺、実莉ちゃんのこと……好きなんだ」
キーンコーン、カーンコーン……
うそ……
じゃないの……
かな……
お読み下さりありがとうございます。
感謝しております。




