気品
石畳の道をお母さんと手をつないで歩いている。
「ヴィー、寒くない?」
「うん。大丈夫」
私は抱えているウサギのぬいぐるみの匂いを嗅いだ。
お父さんが去年のクリスマスにプレゼントしてくれたんだ。
「今日はシチューにしようか」
「うん。お父さんはまだ帰ってこないの?」
「そうね……」
お母さんは空を見上げた。
白でも灰色でもない。
明るいような。
暗いような雲が、空を一面覆い尽くしている。
お父さんは私たちやみんなを守るために、今この瞬間も戦っているんだ。
私たちが住む国は戦争しているの。
詳しいことは分からない。
ニュースでも、難しいことを言ってて。
どこどこの街が攻撃されたとか。
取り返したとか。
相手は強い軍隊を持ってるんだって。
お母さんは話してた。
「でもね ヴィー。兵隊さんたちは勇敢に戦ってくれてるんだよ。もちろんお父さんも」
古い木の扉を開けると。
からからと鈴がなる。
パンの香りに包まれるけど。
棚に並んでいる品数は少ない。
お母さんはバケットを二つ選んだ。
「ヴィー、何か欲しいものあるなら、一つ買ってもいいよ」
「分かった」
私はつないだ手を離して。
お店の中を見て回る。
一つだけ。
ぽつんと置いてあったベーグル。
スモークサーモンとチーズ。
コショウをまぶして食べるの。
お父さんが教えてくれた食べ方。
私は手に取って。
お母さんのそばにいく。
「じゃあ、お会計お願いします」
からから……
振り返ると。
軍服を着た、もじゃもじゃ髭の兵隊さんが入ってきた。
コツコツとブーツを鳴らして。
近づいてきた。
大きい。
ん。
少し臭い。
私は鼻をつまんだ。
「店主ベーグルはあるか?」
「ああ、そこになかったら売り切れだね。ごめんよ」
「そうか」
兵隊さんは、コツコツ歩いて店内を見て回ってる。
私はお母さんの服を引っ張った。
「どうしたの?」
「あのね。あの兵隊さんにベーグルあげてもいい?」
お母さんは目を丸くして。
パンが入った袋を抱えていた。
すぐに、にっこり微笑むと。
お母さんは、そっとしゃがんで。
袋の中からベーグルを取り出した。
「はい。ヴィー。失礼のないようにね」
「うん」
私はそっと兵隊さんに近づいた。
「あ、あの兵隊さん」
「ん?」
ぎろりとした目が振り向いた。
でも、私を見たら。
しわしわな顔の笑顔になった。
「お嬢さん、何かようかい?」
「あ、これよかったらどうぞ」
兵隊さんは口を真ん丸に開いて。
目をパチパチさせた。
そして、また笑って。
私の前にしゃがんだ。
「お嬢さんお名前は?」
「ヴァイオレットです」
一生懸命はにかんだ。
「ヴァイオレット。いい名前だね。君は天使みたいな清い心根の持ち主だ」
「ありがとう。兵隊さん」
私は唇を噛んで。
首をかしげてベーグルを差し出した。
兵隊さんは、ベーグルを見つめて。
小さくうなずいた。
「ヴァイオレット。君の気持ちは嬉しいけど、貰うわけにはいかない」
「どうして? たべたかったんでしょ?」
「ははは」
兵隊さんは笑いながら私の頭を撫でた。
ごつごつして。
大きな手。
お父さんとおんなじ。
「君が私にベーグルをあげようとしてくれた気持ちだけで十分だよ。それに私はベーグルよりも大切なものを受け取った」
私は意味が分からなくて。
首をひねる。
「でも……」
私はうつむいた。
「兵隊さんは、私たちを守るために戦ってくれているでしょ? だから、お礼なんです」
ベーグルを突き出す。
兵隊さんは、白い歯を見せて笑う。
「君の笑顔はまさに私にとって天が使わしたものだ、ありがとう、ヴァイオレット」
兵隊さんは私の肩を優しくつかむ。
でも、何かしたくて。
そうだ!
私は敬礼をする。
お父さんが家を出る時にしたから。
兵隊さんの挨拶だって。
教えてくれたから。
兵隊さんは、ハッとして。
スッと立ち上がって。
コン。
ブーツの踵を鳴らす。
風を切るように手が動いて。
見上げたら。
兵隊さんも敬礼をしてくれていた。
私が微笑むと。
兵隊さんも笑ってくれた。
お読み下さりありがとうございます。
感謝しております。




