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日本の上層とは何か?外国文化の総合輸入代理店

リーダー不在と言われる日本の上層。日本の上層は外国によくある政治・宗教リーダーのそれなのか?実は違うのではないかと。

「とある教育ユートピア」という私塾を始めようと思ったきっかけは、日本の上層が指導者層として機能してないのではないか?と思ったのが始まりです。


それ以前に、日本の上層とは何か?という話が重要なんです。海外だと上層というのは一般民衆を導く政治・宗教的リーダーだったりするわけですが、日本の場合の真の上層というのは、リーダーではないんです。


江戸時代の侍だけが例外だっただけで、(江戸時代の侍は、李氏朝鮮の儒教文化の影響を多大に受けてますので、リーダーが一般民衆を導く志向は強め)日本の上層というのは、一般民衆から遊離したお遊び、流行のファッションリーダーというのがその本質でして、それは何故そうなったのかと言えば、日本の上層というのは、古代から外国文化の輸入総合代理店でして、外国文化に対する近さが上層という事になる。


これは中国文化を輸入していた近代以前だけでなく、戦前、戦後の立身出世のためにプロテスタント文化を取り入れたのさえ変わってないわけです。


外国文化に近いアーリーアダプターというのが、日本の上層の条件です。


「野蛮」な日本社会に、おしゃれな外国文化の「理想主義」をチラつかせてマウントを取るというのが日本の上層の条件です。昔よくマスコミ関係にいた「欧米では〜」というの、それが上層だったのですよ。


昔マスコミ関係によくいた「欧米では〜」の無邪気な理想主義もそうなんですが、日本から見て「理想」に見えるものは、その土地の大変な状況から生まれてるものが多く、その裏返しだったりするわけです。


かつての中国や欧米もいけないんですが、この「文明社会」に憧れる「野蛮人」の心情を利用してますよね。


この外国文化に無邪気に憧れて、その外国文化の近さでマウントを取るのならば、外国によくあるような、政治・宗教指導者の元に集まって動くようなものは、最初から期待してはいけないわけです。


それに泥臭い世間一般から遊離したお遊びの理想世界(今時の異世界転生ものに通じる)というのは、日本が西洋文明を取り入れる前は、日本の上流階級文化の中心が仏教だった事に由来してるのです。仏教界中心の上層文化は、今の異世界転生ものよろしく、最初から現実遊離志向を持っていた。


つい侍の文化を連想してしまいますが、日本の上流階級文化としては仏教が長いのです。


西洋キリスト教にとって都合の悪いので、その歴史は無かったことにされてますが、仏教界が長らく文化の中心だった歴史が長く、それらが無意識に影響している。


インドにイスラーム勢力が侵入した時に、ヒンドゥーのお寺と違って、仏教寺院はやられる事が多かったそうなんですが、民衆的な信仰の基盤のヒンドゥーのお寺と違って、一般民衆から遊離の傾向が強かったので、やすやすとやられてしまったそうです。


是非それを覚えておくと、何故日本でリーダーシップが取りづらいか?日本を属国にしてるアメリカの陰謀だけでは説明できない事があります。


李氏朝鮮の儒教文化を本気で信じてしまった侍文化を軸に考えると、おかしいことになります。あれは戦後フランスかぶれの左翼のような歴史的特異なものだと考えなければ。


日本の上層が、外国によくある政治・宗教指導者でなくて、外国文化のアーリーアダプターで、「野蛮」な日本社会におしゃれ文化でマウントを取る風習だとしたら、そもそも発想が「野蛮人」とのマウントがアイデンティティの基準になるので(「今時の育ちの良さ」も似たようなもの)、ますます強烈なリーダーシップは期待しようがない。


日本のリーダーシップの不在は、全てにおいてあまねく「マウンティング」がその価値観だからなんです。マウンティングに勝ったのを尊敬するのではリーダーシップなぞ成立しようがないのです。


その状況は欧米にとっても都合の良いのでしょう。


それ以上に、東西冷戦の終結以降の世界は、日本の上層にとって「フロンティアの消滅」つまり文化の輸入先の消失なんです。


奈良時代から近代以前まで中国文化を取り入れ、明治以降は欧米文化を取り入れですが、欧米文化は商売のネタで食い尽くし、文化を取り入れる先がもうイスラーム圏しか残ってない。それも中東の教育大国のイラン辺りが、日本がイスラームを輸入するには最適解な国なんでしょう。


しかし、イスラーム圏は日本人の感性と食い合わせが悪いのか、イスラーム学という「規範」の学問に全振りしてます。日本人は決まりが嫌いなんです。だから、文化を輸入する最後に残ったフロンティアがイスラーム学なのでは、輸入するのに大変な工夫をする必要に迫られる。


それこそ、中世キリスト教社会がイスラーム圏から文化輸入したような。一旦イスラーム学をバラして、キリスト教用に組み直す必要があったわけですが、規範弱め(に見える)キリスト教には「教会法」というものがありましたが、日本にはそれさえないんで。


だから外国文化の輸入総合代理店が日本の上層の条件だとしたら、それよりも日本で世界を席巻する新たな文化を作り出した方が楽なんです。


現状で日本が世界を席巻してるのは、アニメやゲームなどのオタク文化しかないですから。そこにキリスト教イデオロギーを脱色した「育ちの良い」文化を軸に据えると。


「育ちの良い」って凄い観念ですよ。だって、「育ちの良さ」って100%紛れもなく西欧キリスト教教育そのものですよ。怒らないで育てるとか、心地の良いポジショントークしか言わない話し方を徹底して訓練するとか。それを宗教なしで考えてる。


それにそういう「育ちの良さ」って西欧キリスト教の伝家の宝刀の「人権」に連なる。でも日本には「人権」嫌いな人多いわけよね。万人が「人権」を持つのは許せないのなら、それは救済宗教としてのキリスト教ではなく、古代ローマ時代の秘密結社だった時代の秘儀宗教としてのキリスト教になる。


そうなったのも、「育ちの良い」価値観の震源地であるミッションスクール側が遠慮して、キリスト教色を薄めてたりするわけなんですが。


「育ちの良い」かどうかの濃淡、近さで上下が決まるのはやはり、これも日本の上層の条件から外れてない。


世間一般によくある「日本凄い」って比較対象があるものばかりなんですが、この何でも宗教イデオロギーを脱色する「育ちの良い」文化は、他の文化圏にはありませんからね。これこそ「凄い」日本にしかないものだと思ってます。


イスラームで豚を食べない風習を、宗教なしで考えるとかありませんから。


日本の上層にこれから必要なのは、数値化や比較できないもの(積み重ねできないなど)を扱う力ですかね。ランキングで考える思考をやめてみる。ランキングで「凄い」を考えがちなので。


いづれにしろ、日本の一般的な高等教育の場ではトピックにすらならないものを重視してるのが、「とある教育ユートピア」こと狸の私塾なわけですが。


西欧キリスト教は「弱者にとって過ごしやすい社会が良い社会」などと言いますが、日本だと「弱者」を優先すると嫉妬する中上層の多いこと多いこと。


ロックフェラーやプライベートジェットに乗るような大富豪ではなくて、生活保護やホームレスの弁当配布に嫉妬してる人が多い。


日本の中上層って何でこんな発想なんですかね。もう少し思考回路というか発想を豊かにして欲しいのです。


そんなのを含めて、日本の上層文化が鬱屈してるものが多いので、世界を席巻する程の「本当に凄い」文化力、思考回路を持って欲しいのです。


「弱者に優しい社会」よりも日本では、上層に充足感で満たされる方がよりスピーディーに良い社会になるような気がするので。


そこを満たすのが少なくとも「とある教育ユートピア」の目標かも知れない。

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