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351

 そして遂に最初の大岩が前方やや左に出現した。迫りくる大岩をものともせず、翼さんは静寂を保ち続けている。それは強化3闇王に必殺の水薙を振るう直前の静けさであり、それに幾度も触れてきた俺はその刹那、未来を見た。翼さんが手本を数倍する精度の竿捌きを披露する未来を、はっきり見たのである。人類史上最高の超人なのだからそれで当然と納得する間もなく、


  トンッ


 流麗極まる動作で翼さんが大岩を突いた。と同時に左脚を除く全身に力を入れ、特に右脚にことさら力を入れ足場を踏みしめ、翼さんはボートを右に傾けた。続いて踏みしめる脚を左右両方に変え竿を櫂として使い、ボートに推進力を加えていく。ボートは大岩に接近するも、推進力を加えたお陰で接触するより先に、その横をすり抜けていった。

 その後も竿と岩の勝負に翼さんは勝ち続け、激流の危険地帯を見事凌いでみせた。流れの穏やかな場所で一息つく翼さんに「素晴らしい竿捌きだった、パチパチパチ~」と擬音語付きで拍手する。翼さんは大いに照れつつも、充実感たっぷりの笑顔を浮かべていたな。

 緩やかに流れる川は、前方100メートルほどの場所で進路を右へ変えている。川の両側は相変わらず切り立った崖になっていて、進路を変えた先を見ることはできない。それでも何かを感じたのだろう、翼さんはワクワク顔でこちらに振り返った。「期待してて」「はい!」 そうやり取りし、進行方向へ翼さんは顔を向ける。待ちきれないのか竿を櫂として使い始めた翼さんに、思わず笑みが零れた。

 川の蛇行部分が近づいてくる。その先は、右手側の切り立った崖に阻まれて見えない。川の左手にも切り立った崖はあったが、右への蛇行部が近づくにつれ、左手の崖は急速に低くなっているのが見て取れるようになった。こうなると、視線は左側に集中する。崖の向こうが見えそうだからだね。左手の崖はグングン低くなり、船がカーブに差しかかる頃は3メートル強の高さしかなくなっていた。超人の翼さんなら、軽いジャンプで楽々越えられる高さと言えよう。ボートの船首に立っているのでなければジャンプできたのに系の視線を左側の崖ばかりに向け続けたせいで、この超人は今現在、少々ポンコツになってしまっている。そんな自分に超人が気づかぬよう、俺は普段どおりの口調で促した。


「翼さん、前方右寄りを見て」「え? うわ~~!」


 未だカーブ半ばでも、川の行きつく先を確認できる場所に船は来ていたのだ。前方右寄りの先に広がっていたのは、水を満々と湛える湖だったのである。

 ボートが進み、湖に近づいていく。近づくにつれ左手の崖は川面と変わらぬ高さになり、向こう側を見て取れるようになった。左斜め前方に広がる景色に、翼さんが黄色い歓声を上げている。創った本人の俺も瞠目せずにはいられないそれは、垂直にそそり立つ崖に囲まれた、直径2キロのカルデラ湖だった。

 このカルデラ湖は、ほぼ真円をしている。垂直にそそり立つ高さ200メートルの崖に囲まれており、流れ込む川は四本、流れ出る川は一本だ。流れ込む方の俺達の川は、カルデラ湖の左寄りにある。ボートの左斜め前方の視界がまず開けたため俺達が目にしたのは、カルデラ湖左側のほんの一部でしかなかった。それでも歓声を上げた翼さんにとって、川が湖に合流し遮蔽物のなくなった光景は、驚嘆の一言だったらしい。両手を祈りの形にして、翼さんは顔を右へ左へ向けている。俺は満足しつつも、「二つの像を見つけたら何て言われるかな?」と不安で仕方なかった。ヘタレ者の俺はその瞬間を待っていられず、翼さんがボートに置いた竿を手に取る。そしてそれを櫂に変え、カルデラ湖から流れ出る唯一の川へ向かって漕ぎ始めた。そんな俺の耳に、


「あ!!」


 驚く翼さんの声がついに届いた。恐る恐る目をやった俺の目に、まっすぐ前方を指さしピョンピョン跳ねる翼さんの後ろ姿が映る。三十年以上の交流からそれが演技でないと感じ、安堵の息を俺はこっそり吐いた。ああ良かった、ドン引きされるんじゃないかって心配してたんだよね、だってあの二つの像は・・・・


「翔さん!」「はい翼さん」「わたし嬉しくてなりません!」「気に入ってもらえて俺も嬉しいよ。引かれるんじゃないかって、心配してたからさ」「引く訳ないじゃないですか! 母上様の巨大な像が、二つもあるのですから」


 そうなのだ、あれは一対の母さんの像。カルデラ湖から流れ出る川の入り口の両側に建てられた、高さ200メートルを誇る一対の母さんの像が、翼さんをまだ案内していなかった唯一のコロニー三大名所だったのである。


 その後、俺はボートの形状を変え、一枚張りの帆船にした。風が帆を膨らませ、白く輝く二つの巨像へ船を進めて行く。俺の意図を察した翼さんが船首を離れ、俺の横に座った。船腹を少し広げて、横並びに座れるようにしたんだね。翼さんは俺の意図を再度察し、母さんの像に関する質問を投げかけてきた。


「母上様のあの像に似たものを、映画ロードオブザリン〇で見た記憶があります。合っていますか?」「うん、正解。前世の俺はJ・R・R・トールキンを尊敬していてさ。小説でアルゴナ〇の門の場面を読んだとき、どうしようもなく心が躍ったんだ。そのイメージにピッタリの一対の巨像を、映画で見せてもらった時の衝撃は今も忘れられない。このカルデラ湖を創り、流れ出る川を一本に決めたとき、アルゴ〇スの門が頭にありありと浮かんでね。よし俺も川の入り口の両側に像を創るぞって決めたら、自動的に母さんの像になっていたんだよ」「私には嬉しさしかありませんから安心してください。それと・・・」


 翼さんが次々投げかけてくる質問に俺は答えていった。

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