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 という訳で、散山脈諸島の馬の話に戻ろう。

 散山脈諸島にも、馬はいる。ただしこの諸島の環境に合わせて独自の進化をし、体重は3分の1に低下し鹿とほぼ同じになった。平原を長時間走らなくなったことによる肺活量低下から頭部も縮小し、脳の体積は4分の1未満になっている。脳の体積と知能は必ずしも正比例しないが諸島の馬は、「人と全く関わらない十万年近くで脳を小さくした」のは事実。それにより妖精を介しても、物々交換を理解できなくなってしまっていたのだ。

 この星の動物学会は、散山脈諸島の馬の知能低下を把握していたとして間違いない。だが「妖精を介すれば各種動物とどれほど交流可能か」は学問的未踏分野ゆえ、あの計画が意図的に送られてきたと推測される。仮に土地神や妖精達が心を乱したなら抗議するつもりだったが、ショックを受けこそすれ落ち込んではいなかったので注意喚起文を送るに留めた。なぜか俺はとても恐れられているらしく、動物学界から平謝りされたけどさ。

 かくして、人参と馬の毛を物々交換する計画は廃止された。竜族に気落ちが多少見られたので老竜達に訊いてみたところ、無理かもしれないと予想していたとのことだった。十万年以上の歴史を語り継ぐ竜族は、馬との交流が次第に単純化していることに気づいていたのである。「幸い私達は、知能低下を免れました。その理由を、翔さんはどう見ますか?」と問われたので自信をもって答えた。


「飛行能力を再獲得する方法を考え続け、かつ努力し続けた報いと俺は確信しています」


 飛行能力を失ったのは、まごうことなき悲劇だった。大空から切り離された竜族の悲しみの巨大さを、ささやかではあるが俺は感じられる。俺も、空を飛ぶ者だからね。だが俺は竜族と深く交流してきた者でもあり、それ故にはっきり感じるものもある。それは、


『悲劇に打ち勝つ努力をしてきた竜族を創造主は称え、報い続けてくれた』


 ということ。俺ほど深く竜族と交流した人間はおらず、また俺は白化組織の人間でもあるため、白化組織の知見に基づき交流を振り返ることができる。その上で、断言できるのだ。創造主は竜族を称え、その努力に報い続けてくれたのだと。

 そう伝えたところ老竜達は涙ぐみ、思い残すことは何もない的な気配を一瞬まとった。だが竜は優れた記憶力と、己を客観視できる優れた心の両方を有する種族。この気配をまとうたび俺や母さんが骨を折ったことを、老竜達はしっかり理解していたのだ。然るに今度こそは自ら這い上がってみせますとばかりに老竜達は涙を拭き気配を一新し、創造主に感謝を捧げ始めた。その様子に、ふと思った。「竜族は宗教を持たないが、飛行能力を再獲得したことを機に、宗教を創造するかもしれないな」と。

 地球の宗教は第四時代に生まれ、そして地球人初となるそれは残念なことに、地球卒業とは無縁の宗教だった。詳細は伏せるが、自分達の文明に物質的豊かさをもたらしたことへの感謝がいつしか盲目的な崇拝に変わり、それが地球人初の宗教になったのである。当時の人類と現在の竜族には、類似点が二つある。社会が物質的豊かさを得ることと、感謝の気持ちを抱いていることがその二つだ。それを、


『心の成長を阻む宗教にしないためには、どう働きかけるべきなのか?』


 報いてくださった創造主に感謝を捧げるのは、正しい行いと言える。だが眼前で繰り広げられる光景に、そればかりを俺は必死になって考えていたのだった。


 宗教については、音楽仲間達とこれまで幾度か議論してきた。しかし各々に温度差があるのは否めず、そしてその最大の理由は、この星に宗教が存在しないことだった。地球では、地域によっては「無宗教者は無法者」と一方的に決めつけるから、その人達にとってこの星は無法者の惑星なのだろうな。

 この星に、宗教は存在しない。これについては母さんが珍しく正解を教えてくれていて、それによると「宗教が最大の足かせになっている人たち用の星は他にあるの」とのことだった。星の卒業を阻む最大の足かせは、人によって異なる。本体と心の共鳴率を上げ、本体由来の善良さを身に着けても、多種多様な理由により星を卒業できない人達は無数にいるのだ。その多種多様な理由を篩(ふるい)にかけて理由を等しくする人達に分け、それを克服しやすい社会に転生させて星の卒業を促すということを、組織は行ってきた。この星の人々の足かせは判らないが、少なくとも宗教ではないらしい。俺のような安直な人間は「無宗教でも素晴らしい社会で暮らせば、宗教を手放しやすくなるんじゃないかな?」なんて考えるけど、それは俺の安直さの産物なのだろうな。

 少し脱線しよう。宗教関連の議論は各々の温度差を否めないが、


  この星の足かせは何か?


 については一人も漏れず熱くなる議論を度々交わしている。答は未だ謎のままでもこれだけは違うということなら意見が一致していて、それは「戦争ではない」ということだった。地球でもしばしば言われていたように、戦争大好き人間と戦争大嫌い人間は大抵の場合、同じ分類にいる。生まれ変わっても最大の関心事が変化していないなら、生い立ちによって人はそれを大好きになったり大嫌いになったりするだけだからだ。よって正反対の感情を抱かせる生い立ちつまり人生を歩ませ、明潜在意識内での中和を促し、他の事柄へ関心を移しやすくしてもらえるんだね。ということは、仮にこの星の足枷が戦争だったら、戦争大好き人間と戦争大嫌い人間の二大派閥が喧々囂々の言い争いをしている事になる。けど実際はそんなことないのだから、「足かせは戦争ではない」で間違いないのだろう。ではいったい、足かせは何なのか? これについてはおそらく俺が、正解の一番近くにいると思う。俺の転生先は別の星だったから、皆とは異なる目線でこの星を見て、異なる見解を得やすいのである。

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