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 幸い成竜達は、デタラメ教師が出現する仕組に自力で到達していた。「我々竜族に容姿の美しさの差はさほどないが、書く文字の美しさには大差が必ず出る」という、園長の以前の発言がそれだ。お陰で話し合いはサクサク進み、一つ前の話題の「文字は人を馬鹿にする」も含めて対応が素早く決定した。山風が代表し、それを発表する。


「翔さんの言うとおり、私たち竜族は文字を持たなかったぶん、記憶力を伸ばしてきたと思われます。また記憶力の加齢による衰えは、あまり無いと私達は感じています。ここにいる成竜の中で最も若い100歳代の竜と、150歳代の私と、300歳間近の先輩方の記憶力に、差はあまりないからです。優れた子竜を竜族全体から集めるこの幼稚園で保育士になれるのは、100歳以上の竜と定められています。ここにいる100歳代の夫婦に、文字を覚えることの害は出ていないと私達は判断し、翔さんもそれに同意してくれました。あくまで暫定的ですが、竜族が文字を習うのは100歳以降ということにします」


 竜族の100歳と地球人の100歳は、心と体の両面において完全な別物と断言できる。頭痛を避けるべく体のみを取り上げると、健康なまま寿命の300歳を迎える竜が過半数を占める竜族にとっての100歳は、健康な地球人にとっての20代後半くらいでしかないだろう。心身が衰えないぶん100歳の竜の精神的成長度は素晴らしく、「知っているだけで偉い」や「文字には人の全てが出る」のデタラメさを実体験を通じて理解できるはずだ。最初は慎重にことを進めるという原則にも沿うし、文字を習うのは100歳以降という竜族の決定に俺は賛成した。

 子竜達の目覚める時間が近づいてきている。俺のもらった1時間半の外出許可も、そろそろ終了だ。よって「習字の時間は週に1時間とします。可能か否か、また可能なら何曜日の何時にするかを、皆さんで話し合っていてください」と告げ、俺は幼稚園を後にした。昼寝中に俺が来て去ったことを知った子竜達に、後で文句を言われるだろうな。そうじゃなかったらかえって落ち込むので、どうかブ~ブ~言われますように。


 その数時間後の夕方。

 ありがたいことに、子竜達に文句をブ~ブ~垂れてもらえた。嬉しい限りだ。成竜達の習字の時間も決まり、明日からさっそく始めることになった。そのやり取りの最後、


「地球の本は巻末に、著者の名前を載せます。竜族史上初となる本の巻末に、皆さんが自分の名前を直筆で書かれることを期待します」


 と希望を述べるや、老竜達は教科書の執筆作業を凄まじい集中力で始めた。以前に増して一文字一文字を丁寧に書いているから、執筆作業と習字の自主練を同時に進めていると思われる。つと身を寄せてきた山風に「先輩方が益々元気になりました。翔さんには、感謝してもしきれません」と言ってもらえたことに、視界を霞めてしまった俺だった。


 教科書の原本を紙の本でも残すことは、思いがけずの大事業になるようだ。ちなみにこの「思いがけずの大事業」というのは、俺の感想。ならば工業製品を初めて造る竜族にとっては、想像を絶する途方もない大事業になるのだと俺は予想している。

 紙の製造から説明しよう。大抵の日本人は、和紙の製造工程の一つを映像で見たことがあると思う。白濁した液体に板状の道具を浸して前後左右に振り、紙を形成していくあれだね。あれは職人の技が最も光る工程ではあるのだけど、完成までの全11行程のうち9番目となる行程でしかない。あれにたどり着くまで工程を8つ踏まねばならず、例えば木の皮を煮る工程では大型の鍋と竈(かまど)が必須になる。ではその鍋と竈は、どのように調達するのか? 鍋は人類が提供するにせよ竈は補修を考えると竜族に造ってもらうしかなく、ならば粘土はまだしも煉瓦はどうするのか? 天日干しの煉瓦なら作れそうだが、煉瓦の材料を捏ねる桶やそれを流し入れる木枠を竜族は作れるのか? 薪供給の安定化には植林が必須でも苗木はどうやって調達するのか等々、しなければならない作業が無数にあるのだ。工業文明を一から立ち上げるのは、まこと大がかりな事業なのである。

 幸い桶や木枠に類する比較的小さな道具は、輝力で創れる。輝力工芸スキルを上げれば、皮を削る刃物や木を切る鋸等も創造可能だ。しかし白濁した液体を入れておく大型貯水槽等は実際に造らねばならず、それには焼き煉瓦とコンクリートが必要なため、その二つを製造可能になるまでは人類が提供することになった。することがあまりにも多いと、やる気を減退させてしまうからね。大型の鍋以外は100年あれば竜族だけで製造可能になると、AIは試算している。

 また試算によると、工業と並行し農業も始めた方が良いという。墨汁の材料となる煤の制作には将来的に蝋燭が不可欠で、そのためには椿の栽培が竜族には最適らしい。筆に使う馬の毛も育てた人参と交換するのが最適だし、膠(にかわ)の代用品の澱粉はジャガイモ栽培が最適といった感じだ。紙の原料となる楮の栽培も、農業の一環だろう。農業技術の向上は果樹園の高品質化にも繋がるため、意欲を維持できるとAIは試算している。ちなみに膠は皮を煮て作り、煮る皮でニカワすなわち膠ということ。動物の皮の調達方法や皮を煮るさいの悪臭等の理由により、澱粉で代用することになったそうだ。

 このように竜族の工業と農業には、人類の技術を極力排する工夫がされている。しかし教科書の原本の保管箱は例外で、和紙と墨汁と糸(本を綴じる糸)を十万年保存する保管箱の提供が決定している。目が飛び出るような値段だが、アトランティス政府は超優良財政なので無償提供してくれるという。心から、ありがとうございます。

 というような情報を、輝力体で2Dキーボードを操作し高速収集していく。最近ふと閃き、三次元世界の輝力分身と準四次元の輝力分身を連動させてみたところ、少々苦労したが連動させられた。これにより準四次元の200倍速の分身で、三次元世界の2Dキーボードを操れるようになったのである。ただこれが可能なのは情報収集を始めとする非ネガティブな行いのみであり、戦闘系のネガティブでは不可能だった。闇王戦にも使えないため、切り札にはならないと諦めている。

 けどこの新技術のお陰で、大量の情報を2分掛からず把握することが出来た。200倍速なら、108秒で6時間になるからね。分身も併用可能になったら、前世の家庭用PCに負けない情報処理能力になるかもしれない。いやさすがに、それは無いかな。

 いずれにせよ、成竜達に和紙を紹介した日の夜のうちに、政府計画の詳細を把握することが出来た。これで安心して眠れるというもの。竜族の将来を一緒に考えてくれた美雪に謝意を述べ、俺は就寝したのだった。

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