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ありがたいことに竜の字は、超大好評だった。「幾度も略されてこの形になりましたが、立が頭、田が鱗に覆われた胴、そしてそれに長大な尾が付き、体をうねらせて空を飛んでいる感じです」と説明したら、半端なく喜ばれたのである。緑竜も長大な尾を持つし、しかもそれをくねらせて空を飛んでいる様子を容易に想像できるのだから、お祭り騒ぎになって当然なのだろうな。
その後は質疑応答の時間を設けた。質問は紙、筆、墨汁、書道、そして地球の竜というように多岐にわたりそのどれにも成竜達は興奮していたが、自分で言うのもなんだけど「翔さんの翔の字を、ぜひ書いて頂けないでしょうか」と請われた時が二番目に騒がしかったな。一番騒がしかったのは、名字の空と合わせて翔の字を説明した時だったけどさ。
前世の俺は一時期、羽は昆虫の羽で翼は鳥の翼、のように間違って覚えていた。鳥と昆虫の区別なく羽と翼の両方を使うと知ったのは、趣味の一つとして漢和辞書を読んでいた小学校高学年の時だった。個人的には、虫に翼の字を使う機会のないまま地球を去ったけどさ(使わずとも見るだけなら、百科事典で幾度か目にしたな)。
話を戻すと、羽は鳥にも使われる。というか羽という字は鳥の左右の翼を模った象形文字であり、俺が間違えていただけだった。では翔に用いられている羊のような部位は何かというとそのまま羊で、この字には「揺れ動く」という意味もあるらしい。つまり翔は一対の翼が揺れ動いている状態、すなわち飛んでいる状態を指す字なのである。
ということを翔の字を書いた上で成竜達に話したところ、大喜びされた。飛ぶことを悲願とする竜族にとって俺が「飛ぶ者」系の名だったことは、嬉しいことだったみたいなのだ。そんなことを言われたら照れるじゃないですか的に照れていたところ、
「そういえば翔さんは『空翔』が正式名だと妖精達に教えてもらいました」
と山風が思い出したように言った。竜族に名字はなく、〇島の△と□の娘の鈴桃、と呼ぶのが風習なんだね。だからだろう成竜達の期待の眼差しは半端なく、耐えられなくなった俺は日本語の「空翔」を習字で書いた。ただ空は「むなしい」の意味から派生した字だったため説明はせず、単純に上を指し「空はアレです」と言ったらヤバいことになった。
「翔さんは、空を飛ぶ者だったんですね!!」「「「「ガオォォ―――ッッ!!!」」」」
となったのである。美雪が展開していた相殺音壁に俺の輝力製防音壁を重ねたから良かったものの、どちらか一方だったら子竜達を起こしてしまうところだったな。
幸い二重防音は間に合った。子竜達が昼寝を終えるまでまだ1時間以上あるし、しばらく好きにさせて良いだろう。そう思っていたのだけど、成竜達は騒ぐことをピタリと止めた。そして奇麗に整列し、聴く態勢を整えていく。音量が尋常ではなかっただけで、ほんの一瞬騒ぐも静けさを自主的に取り戻すということを、成竜達も実行していたみたいなのだ。ならば友として、それに乗っかるのみ。俺はニコニコ顔で和紙の説明を再開した。
「少し遠回りになりますが、古代アトランティスの話をします。古代アトランティスでは建築物を実際に建てず・・・」
建築物を実際に建てなかったせいで建築物の大消失を招き、億単位の死者を出した古代アトランティスの悲劇を成竜達に話した。その上で、竜達が身に着けている指輪を見てもらう。若い竜達はピンとこなかったようだが、老竜達は顔を青くしていた。
「闇族との戦争に負けたら、俺も含めて人類は絶滅します。この散山脈諸島に被害はなくとも、人類絶滅によって指輪と楽器保管庫が消滅する可能性は0ではありません。その対策の一つに、『教科書の原本を紙の本にしておく』というものがあります。この紙は、散山脈諸島に自生している木を原料に作りました。製法は比較的容易く、それは筆と墨汁も変わりません。ご一考いただけたら幸いです」
成竜達はほんの数秒話し合ったのち、園長が代表し「教科書の原本を紙の本にもしておくことを望みます」と述べた。それを受け、俺は今後の計画を簡単に説明した。
[1] 成竜の希望者にのみ、書道を教える。成竜限定なのは後で説明する。
[2] 紙の原料となる楮を、幼稚園の徒歩圏内に植林する。
[3] それと並行し、紙と筆と墨汁および本の製法を竜達に教える。
[4] 教えるのは、政府所有のロボットが担当する。ロボットは生身の人間ではないが、複雑なので実物をもとに説明する。
紙等を、人族は工業製品と呼んでいる。前世の俺は、本が大好きだった。その大好きだった本が、竜族史上初の工業製品になることを非常に嬉しく思う。そう伝えたところ、成竜達はやる気を爆発させた。山風夫妻を始めとする若手の成竜達にそれが顕著だったのは、竜族史上初の工業製品である本を製造し広めていくのは自分達という自負を、持っているからなのだろう。アカシックレコードを見ても、そのとおりだったしね。
ならば次は、成竜限定で書道を教える理由の説明だ。俺が今から説くのは、文字を持つことになった竜族に不可欠の概念になる。仮に竜族がこれを忘れたら、地球と同じネガティブが竜族にも蔓延することになるだろう。途方もなく巨大な責任を背負い、俺は口を開いた。
「皆さんが文字として綴っているのは、実体験から直接学んだことです。皆さんは、歌の歌詞を耳で実際に聴いて覚えました。そしてその歌詞が、竜族社会に生きていることを皆さんは実際に経験してきました。体を介して納得し理解した記憶は単なる記憶ではなく、実りをもたらす知恵になります。それらの知恵を、皆さんは文字として綴っているのです」




