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工業文明に至っていない竜族は自然界の物質しか知らず、かつそれはこの散山脈諸島の自然に限られている。この諸島でも、自然の白を方々で見つけることが出来る。白い花、白い羽、白い貝、白い雲等々がそれだ。それらの白を竜族は非常に愛し、そしてその最たるものが、子竜の鱗の白。300歳の長寿に恵まれた竜族にとって、誕生して十数年だけ身を包む白く輝く美しい鱗は、特別に価値のある物だった。愛する我が子がかつて身にまとっていた白い鱗を親竜は生涯大切にするし、自分がかつてまとっていた白い鱗も幸せな子供時代を思い出させる物として生涯大切にする。竜族には、そのような文化があるのだ。そんな竜族にとって、子竜の鱗を彷彿とさせる和紙は、称賛と憧憬の眼差しで見つめずにはいられない物だったのである。その和紙に、
黒い墨汁で文字を書く
ことを、果たして竜族は受け入れるだろうか? 俺はまた、考えなしの愚かな行動をしているのではないか? そんな疑念が脳をかすめるも、やってみなければ分からないのがこの宇宙。子竜達の昼寝の時間を狙って幼稚園にやって来た俺は、和紙の説明を始めた。
「これは、前世の俺の祖国で昔から使われていた、紙という物です。紙は社会の必需品とされ様々な役目を担っていましたが、最重要の役目は、文字を書き残すことでした。俺のかつての祖国には、1400年前の書物が保存されていましたね」
1400年という歳月は竜族にとっても驚くべき長さだったらしく、感嘆の声が方々から上がった。よし、掴みは上々だ。俺は説明を先に進めた。
「紙が発明される以前は、木片や固めた粘土に文字を記していました。保存方法によっては紙より長く保ちますが、木片や粘土では文字数が極端に少なくなります。紙には利点が他にもあり、それは比較的容易に作れるため子供の習字に使えたことです。かつての祖国の識字率は、世界一だったんですよ」
子供達が背筋をまっすぐ伸ばし筆を垂直に立てて習字をしている様子を、輝力動画で成竜達に見せた。俺が子竜を可愛いと感じるように、成竜も人の子を可愛いと感じたようだ。またそれだけでなく、習字にも成竜達は多大な関心を寄せていた。特に園長の奥様は、瞳を蘭々と輝かせて動画を見つめていたな。
「かつての祖国では字を書くことを芸術の一つとし、書道と呼んでいました。前世の俺も子供時代に、学校の必須科目として書道を学んでいます。さあここで、秘密を一つ明かしましょう。伏せていましたがかつての祖国には、空を飛ぶ竜を模して作られた象形文字がありました。その文字を、書道の作法に則って書いてみますね」
巨大などよめきが立ち上った。体高6メートルの成竜達がガオガオ叫んだため空気を揺るがす大音量になったが、美雪に頼み相殺音壁を展開していたお陰で子竜達の眠りを妨げなかったようだ。安堵した俺は輝力製の紙を、垂直に立てて空中に固定する。日本の半紙の横と縦の比率は、だいたい2対3。それに準じ輝力紙は横80センチ縦120センチとし、輝力筆もそれに見合う大きなものを創った。筆の大きさはたしか号数で表したはずだけど、記憶に埋もれてしまいまるっきり思い出せない。年明けの書初めで使う筆よりもっと大きいとしか言えない、今の俺なのだった。
墨汁も、もちろん輝力製。この紙と筆と墨汁を準四次元で創り、時間速度を200倍にして数日間にわたり練習した甲斐あって、習字の腕を前世より数段上げられた。身体能力が比較にならぬほど上昇していることにも、マジ助けられたな。
そうそう竜を表す字には、竜と龍の二種類がある。前世の俺が高校生の頃に読んだ田中芳〇さんの創竜〇という小説には「竜の字は龍より古い」と書かれていたけど、大人になって調べたら「古いのは龍」とする説の方が有力に思えた。それに基づくなら俺はここで、龍と書かねばならぬのだろう。しかし俺個人の感覚で申し訳ないが、空を飛ぶ様子を想起させるのは断然、竜なんだよね。立が頭、田が鱗に覆われた胴、そしてそれに長い尾が付いているという感じだ。紀元前1千年ほどの西周早期の金文にも長い尻尾を彷彿とさせる部位があるし、もっと古い甲骨文字にも細長い尻尾のような箇所がある(甲骨文字の龍は鰐なんだろうけどさ)。竜と龍の違いに詳しい元地球人のアトランティス人に知られたら失笑不可避だろうが、今回は「竜」の字を象形文字として竜族に紹介することにした。折を見て龍の字も説明しますから、専門家の皆さん許してください。
ちなみに俺が組織で習った竜の起源は、二度目だけどロケット。推進力を得るべく噴射した高温高圧ガスの煙が、長い尾を持つ神秘的な存在として記憶されたのだろう。とはいえ地球と月を結ぶロケットが運用されていたのは地球の第三時代でその頃の地球は濃密な霧に覆われていたから、赤外線視力でも煙は見えにくかったと思うけどね(アフリカの伝承にある「太古の世界は霧に覆われていた」というのは正確なのだ)。またロケットは当時の地球人だった北極人の産物ではないのだけど、長くなるからまた今度にしよう。
という訳で気持ちを切り替え、習字に集中しますか!
まずは、垂直に立てた紙に正対して立つ。筆を墨汁に浸し、顔の正面に構える。そのまま静止し、目立つ仕草で深呼吸を一回する。背後から、成竜達の大きな息継ぎが聞こえてきた。緊張のあまり、呼吸を忘れてしまっていたのだろう。リラックスして字を書くことを竜達に知ってもらうべく、俺も心身から力みを取り除いた。
筆を正中線に沿って持ち上げる。それを紙に降ろし、側。筆を少し持ち上げ、真っすぐ下へ短く努。続いて横線の勒・・・というように、竜の字を書いていく。そして少々長めにして尻尾の部分を書き、力強く跳ね上げる趯で字を書き終えた。うん、自画自賛だけどまあまあ上手く書けたようだ。筆を置き回れ右をして、成竜達にお辞儀。ド素人にはもったいない盛大な拍手を、俺は浴びることになったのだった。




