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声優の配役に裏取引があったことを、俺だけが知らなかった。ではそれが、俺以外ならどうなっていたか? 仮に勇だけが知らなかったら、舞ちゃんは悩んだと思う。正当な理由があろうと「妻なのに黙っている」というのは、かなりのストレスになるはず。「親友なのに黙っている」だけでも、ストレスを免れないからね。
よってその意味では、何も知らない唯一の人間が独身の俺だったのは幸運と言える。「夫婦なのに黙っている」という苦悩を、誰にも強いなかったからだ。勇には「親友なのに黙っている」を味わわせたけど、俺らはそういうのも込みの親友なのでまあ平気。平気じゃないなら言葉にして伝えるって、互いに約束してるしさ。
しかし翼さんは、勇とは違う。ある面において翼さんと俺の絆は勇と俺の絆を凌いでいるけど、だから平気なんて微塵も思わない。独身なのは俺らだけというのもあるし、次の映画を知っていることを女組に洩らした後ろめたさも、翼さんは感じているはずだからだ。このような理由により「話したいことがあるから都合の良い日に準四次元で会えない?」とメールしたところ、今夜も含めていつでも可能と返って来た。かくして、
「翔さんの創ったスペースコロニーは、幾度招待されても感嘆してしまいます」
という翼さんの言葉を、ベンチの隣に座っている俺は今夜も聞くことになったという訳。ちなみに翼さんをここに招待したのは、これが四度目。二度目はコロニーの外に出て太陽光から有害光を除去する仕組を説明したら好評を博し、三度目はコロニーの一の宮(地域住民の決めた地域で最も格式の高い神社)に案内したら大絶賛してもらえた。安直だけど伊勢神宮と厳島神社を融合させた一の宮にしたら、翼さんの好みのド真ん中だったのである。天風半島に仮陸宮があるからか神社好きみたいだし、落差1千メートルの滝を御神体にした神社に今夜は案内しようと計画している。まあそれは置き、
「そう言ってもらえると嬉しいよ。ここに招待したのは翼さんだけだしさ」
三度目となる言葉を翼さんに掛けた。当初は翼さんを数度招いたら音楽仲間達も連れて来る予定だったが、今は凍結している。翼さんだけを基地に呼ばなかった償いをしていた冬期休暇中、翼さんを二度ここに招いたらとても喜ばれたので、凍結の運びとなったのだ。たまにソワソワしている母さんは、悪いがスルーさせてもらっている。
それから暫しベンチに座り、瞬間移動の進捗を聴かせてもらった。翼さんに瞬間移動の天分があることの伝言役を、去年12月に俺は母さんから命じられたんだね。その役目を果たしたさい翼さんは全身から光を放つも、数秒後には肩を落とし俯いていた。母さんの予想どおり「大聖者以外は私用での瞬間移動を禁ず」という決まりを思い出したのだ。よって「それ関連の言葉も預かっているよ。『次の機会が来たら自由に使いなさい』だって」と伝えたら、10分ほど泣かれてしまい苦労したな。再度それは置き、
「う~む、今でも見当付かないんだね」「はいそうです。でも焦りを覚えませんから、次の機会までには習得できると思います」「100%同意」「ありがとうございます」
とのことだったのである。考えようによっては、瞬間移動を習得しても基地に来られないなら、蛇の生殺しになりかねない。焦りもないようだし、これが最善かな。
という訳で瞬間移動に関する話題は終った。音楽仲間達には「組織の話題が先、私用は後」という習慣があり、組織の話題が連続する時は空気を換えないことにしている。今回は単発だったので空気を私用モードにしたところ、翼さんは厳粛さを一段高めたんだよね。申し訳ないけど、俺はププッと吹き出してしまった。
「酷いです翔さん」「ごめんごめん。でも瞬間移動に皆目見当付かないより私的な話題に緊張するという大物ぶりが、いかにも翼さんらしくてさ」「大物ではありません。母上様は、瞬間移動の習得を私が手こずるなどお見通しのはずですから、落ち着いていられるだけです」「うん、実はそれ関連の話も預かっているよ」
途端に背筋をピンと伸ばした翼さんに吹き出したら今度こそ許してもらえないので苦労して飲み込み、母さんと交わした会話を要約して伝えた。
「母さんによると、輝力製の反重力装置を一瞬で創れるのは、大聖者以外では俺だけらしくてね。つまり俺には天分があったんだけど、この状態になるまで30年以上を費やさねばならなかった。対して翼さんは俺より短い期間で習得し、また俺のように勉強もしなくていいそうだ。『直感の赴くまま気長にしなさい』って、母さんは言ってたよ」
俺の場合は反重力装置を分子レベルで理解していないと創造不可能なため長期間かかったが、瞬間移動は理屈が異なる。空間を縦に割り向こう側からこちら側へ移動してくることに、学問的勉強は不要と直感的に解るのだ。直感で解るのは翼さんも同じらしく、俺達はそれについて暫し語り合った。ただ語り合った理由には「泣くまいとする翼さんを助けるため」というものもあり、それは去年12月の伝言で10分ほど泣いてしまったことを繰り返すまいと、翼さんが努力しているということだった。とにかくこの人は、間違いを繰り返すまいとする意志が半端なく強い。多分それは前世の焼身自殺事件が絡んでいると思われ、舞ちゃんが今生でもコンマスを避けていたように、俺達は前世のトラウマの完全中和に未だ至っていないのである。その中和作業を目の前で見せられた俺は、役に立てるなら喜んでするという気持ちのもと、瞬間移動の仕組について語り合っていった。




