↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
974/1027

327

 よって別角度から検証することにした。候補2を、試しに短縮してみたのだ。すると予想外に難しく、天才作曲家の昇がいなかったら4分には決してならなかっただろう。しかし天才だろうと短縮による難度上昇は避けられず、また上昇した難度は「各パートの演奏開始を見極めにくい」というものだった。通常の7分版なら「ここでフルートが入る」等々を覚えていたが、4分の短縮版は未練習なので楽譜だけでは見極め難しかったんだね。けどこれには特効薬があり、それは指揮者を設けることだった。指揮者の役目の一つは、各パートの演奏開始を指揮台から教えることだからさ。

 という訳で指揮者を起用し一度練習してみようということになり、俺は当たり前のように編曲者の昇が指揮者になると思っていたのだけど、大外れもいいとこだった。皆を代表し立ち上がった舞ちゃんに、俺は問われたのである。「運命の演奏に翼だけを参加させなかった償いができるのに、指揮者をしないつもりなの?」と。

 それを、拒否するなどあり得ない。俺は指揮者として練習を二度こなし、すると二度目はまこと良演奏になり、二曲目は候補2に決定した。良演奏になったので一縷の望みをかけ「本番に指揮者はいらないよね」と皆に訊くも、返答は想像したとおりだった。

 かくして俺は今こうして、竜族と妖精族の大注目を浴びながら、指揮台に一人立っているのでした。トホホ・・・・

 まあでも良いこともあった。それは舞ちゃんに、コンマスを勤めてもらえたこと。バイオリンが一番上手いのは舞ちゃんなのだからコンマスになってほしいと幾ら頼んでも断られ続けてきたのに、今回は了承してもらえたのである。勇も喜んでいたし良いこと尽くしだ。どうか今後も舞ちゃんが、自分を最も活かす役職を受け入れてくれますように。

 そう願ったからには、俺も己の役目を果たさねばならぬ。頭の蠅を追わぬ者の願いなど、宇宙は聞いてくれないからさ。俺は竜族と妖精族に、指揮者の役目を説明した。


「これから聴いてもらう曲に、俺達は万全の練習をしていません。自分の楽器の出番を、俺達はまだ完璧には覚えていないのです。このような場合、俺の故郷の星では『もうすぐあなたの楽器の出番だよ』と仲間に知らせる役職を設けます。またそのさい『ここは穏やかに』や『ここは元気よく』等のことも知らせて、仲間が安心して演奏できるよう心掛けるのです。地球人はテレパシーができませんから、その役職の人をこのような台に立たせ、仲間達から見えやすいようにします。その役を、今夜は俺が担うんですね」


 ありがたいことに「翔先生、頑張って~」系の応援を、沢山かけてもらえた。頑張りますと大仰に応えて笑いを取ってから、うっかり忘れていたという体で付け加えた。


「これから演奏する曲の名前は、花のワルツ。ワルツは『男女のペアで楽しむ三拍子のダンス』という意味です。翼先生の豪華なソロパートが終わったら、ダンス開始です。大好きな人とお花畑で優美に踊る様子を思い浮かべながら、聴いてください」


 どよめきののち、いつもと印象の異なる賑やかな拍手が巻き起こった。それに一礼し、俺はクルリと踵を返す。指揮者のいる演奏は今夜が初めてなのに、踵を返すや会場は静寂に包まれた。観客への感謝を背中で伝えてから、白銀の輝力指揮棒を右手に創る。続いて曲の出だしを勤める四人へ、それぞれ顔を向けていく。クラリネットの晴、オーボエの藍、ファゴット橙、そしてホルンの鷲の四人が、くっきり頷いてくれた。俺は相槌を打ち、ハープの翼さんとアイコンタクトを取る。よし、準備完了だ。俺は白銀の指揮棒を前方へ差し出し、それを勢いよく振り上げた。

 この曲を作曲したチャイコフスキーは1840年、ロシアに生まれた。日本ではあまり知られていないが、チャイコフスキーは初回公演を酷評されたり、拒否され演奏者を探すのに苦労したりすることの多い作曲家だった。チャイコフスキーが音楽を担当した最後のバレエの「くるみ割り人形」もそれに半ば該当し、観客には好評だったが新聞では不評だったと伝えられている。それでも、「白鳥の湖」よりはまだまし。白鳥の湖はバレエの最高傑作と現代では呼ばれているが、それはチャイコフスキーの死後の話。同作品はチャイコフスキーが亡くなった後、ストーリーと振り付けと音楽を大幅に改定され、ようやく最高傑作と評されるようになったのである。

 チャイコフスキーについて語ると、どうしても長くなってしまう。今に集中しよう。

 くるみ割り人形の花のワルツは、テレビCMに起用されることも多い有名曲だ。しかしハープ好きにとっては、輪をかけて有名な曲と言える。冒頭のハープのソロが、堪らないんだね。とはいえソロにたどり着くまでは、25秒ほど掛かる。晴、藍、橙、鷲の四人が二小節奏でたら、翼さんがハープを二小節奏でる。これを二回繰り返し、三回目はハープの代わりに勇がティンパニを小音量で叩き一段落したら、ハープのソロがやっと始まるのだ。幻想的な雰囲気を創り出すことにおいて、ハープ以上の楽器はない。大好きな人とお花畑で優美に踊るというファンタジー世界を、ハープは楽々創ってしまったのである。いやはや、凄い楽器だ。

 ちなみに巨体の四肢動物の竜達は人間と異なり、三拍子で一回転できない。よってバレエのストーリーとは異なれど「お花畑で自分達が踊っている様子」を思い描かせた方がしっくり来るのではないか。かくなる理由により、俺は竜族にそう促したのだ。

 話を戻そう。

 ハープによって創造されたお花畑に、華やかなワルツが流れる。それに合わせ、観客は体を自然と左右に振り始めた。最初はささやかな揺れ幅だったけど、弦五部が弦特有の優美な旋律を奏で始めるや、揺れ幅は次第に大きくなっていった。俺は心の中で舞ちゃんを絶賛した。無骨な俺では逆立ちしても、この優美さは創れないからさ。

 言うまでもなく管楽器も、弦楽器に負けていない。音楽仲間達には伏せているけど、俺達の演奏は地球のそれと比べて、管楽器の音が前にグイグイ出てくる。人数の多い弦五部に負けない音を、管楽器組が出すんだね。花のワルツはそれが特に顕著なため弦組も負けていられずグイグイし、それにティンパニとハープも乗っかったら、まこと豪華な演奏になった。ファンタジー世界のダンスなのだから、豪華さは超大歓迎。俺達は思いっきり豪華に、花のワルツを演奏し終えたのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。