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「曲名は、水の戯れです」
耳に届いたその曲名を、各々が口ずさんでいる。宝物のように一度だけ唱え胸に手を添える者もいれば、夜空の向こうを見つめつつ数度唱える者もいれば、夢遊病者のように繰り返している者もいる。各々が曲名を介して曲を思い出し、自由を楽しんでいる水を想起し、水の戯れというピアノ曲を胸に収めてゆく。それは各自がバラバラにしたことだったのに、会場にいた全員がほぼ同時にそれを終えたのは、創造主の意向だったのだろうか? それは解らないが、解ったこともある。自分は今、翼さんの神業を称え感謝したいと狂おしいほどに願っているということを、誰もが心から理解したのだ。然るにその直後、音響爆弾としか譬えようのない巨大な歓声が、島全体を揺るがしたのだった。
音響爆弾を絶賛炸裂中の聴衆に、翼さんがお辞儀する。通常の二倍の時間を費やしたお辞儀にも歓声が上がり、ピアノを収納しても歓声は上がったけど、何事にも終わりはあるもの。その終わりを、翼さんが演壇下手へ体を向けたことで聴衆は悟った。演壇を降りる方角へ、翼さんが粛々と歩を進めていく。それにしたがい、もの悲しさが会場に広がっていった。のだけど、
「?」「?」「?」
疑問を覚える者が複数出始めた。翼さんは演壇の下手つまり左へ歩いているのではなく、左奥へ歩いているのではないかな?
それは正しく、翼さんが足を向けているのは左奥だった。それが誰の目にも明らかになり、ひょっとするとという期待が会場に芽生え始めた丁度その時、翼さんは足を止める。そして回れ右をしつつ胸元からペンダントを取り出し、それに手をかざすや、豪華なハープが出現し演壇に設置された。観客がハープを目にするのは、これが二度目。頭達は初めてだが、そんなのお構いなしに皆と一緒にガオガオ叫んでいる。よし、準四次元会議で決まったとおり、翼さんが衆目を演壇の左奥に集めてくれた。ヘタレ小市民としては恥ずかしいけど、俺も演壇に登場しますか。俺は衆目の集まる左奥とは逆方向の上手から、
「どうも~~~」
手を振り振り演壇に登場した。幸運にも観客の虚をつくことに成功し、やんやの喝采を浴びることが出来た。子竜達が「「「「翔先生~~!」」」」と声を揃えてくれる。ありがたいやら可愛いやらでデレデレ顔になった俺に、爆笑が立ち上った。うん、掴みは上々だ。俺は観客へ問いかけた。
「皆さんは、四拍子って知っていますか?」
キュルキュル~と肯定の返事を元気よくしたのは、子竜達だけだった。園長や元頭竜や山風達ももちろん知っているけど、竜族の歌はすべて四拍子なので実感がわかず、元気の良い返事とまではいかなかったんだね。対して子竜達は、歌の先生の美雪に三拍子や五拍子のリズムを教えてもらっていたし、まるで拍子の無いようなカバレリアルスティカーナも歌っていたから、四拍子をはっきり認識できたのである。と言っても繰り返すが竜族の歌はすべて四拍子だったため、
「今から皆さんに聴いてもらうのは、三拍子の器楽曲です」
と発表するや竜達は万歳して喜んだ。頭竜達もノリ良く万歳してくれて嬉しかったな。
そんな上がり調子の会場の熱気に合わせ、音楽仲間達が一斉にテレポーテーションして演壇に現れた。更に増した熱気を全身に受け、音楽仲間全員で一礼。こんなに盛大な拍手を演奏前から浴びて大丈夫なのかな、とヘタレ小市民の俺はチラリと思うもそれをねじ伏せ、扇状に並んだ仲間達の要の部分に輝力で台を創る。そうこの台は、指揮台。諸事情により今夜は指揮者が必要なため、俺がそれを引き受けることになったのだ。それだけでもヘタレ小市民としてはヘコタレそうなのに指揮台に上るなり、
シ―ン・・・・
と静寂が一瞬で訪れたものだから、冗談抜きで心臓が止まりそうになってしまったではありませんか。しかし贖罪のためにも、指揮者をまっとうせねばならぬ。贖罪の機会を与えてくれた準四次元会議を、俺は思い返していた。
今日は夕食会を開く予定ではなかったため、俺ら音楽仲間はサプライズを何も用意していなかった。よって準四次元会議を急遽開いたところ、舞ちゃんが真っ先に挙手し提案した。「翼だけ演奏が一回少なくなってしまったことの、お詫びをしませんか」と。
言うまでもなく、それは満場一致で可決された。満場一致で可決されたことはもう一つあり、それはサプライズを二曲構成にし、一曲目はピアノのソロ、二曲目はハープの活躍する曲にするということだった。ピアノの選曲は少々もめて、三曲の候補を翼さんに弾いてもらったところ、三曲目の水の戯れが選出された。ふと閃き、水滴のスロー映像を皆に見てもらったら、水の戯れの演出が速攻で決まって皆に褒めてもらえたな。
続いて、ハープの活躍する二曲目の選考に移った。幸い複数曲が練習済になっており、二つの候補の一騎打ちになった。一騎打ちになった理由は、候補1は演奏時間3分で丁度良いが暗く終わり、候補2は演奏時間7分で少し長いが明るく終わるといったように、一長一短だったのである。試しに候補1の最後をアレンジしハープのグリッサンドを多用して華やかにしたら、それに決まりかけた。ハープのグリッサンドはただでさえ素晴らしいのに、翼さんのグリッサンドは天上の調べそのものだったんだね。しかし候補2もやはり聴こうということになり、公平さを保つべく候補2冒頭のハープのグリッサンドをひときわ豪華にしてもらったところ、みんな頭を抱えた。甲乙つけるべく聴き比べたのにどちらも素晴らしすぎ、かえって甲乙つけられなくなってしまったのである。




