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 そうこうするうち臨時の夕食会が始まった。臨時でも子竜と成竜は高品質の出し物を全力でこなし、拍手喝采を浴びていた。竜族は出し物のある食事会を、つまりお祭りを愛しているから突発的なお祭りでも手を抜かないんだなと感心する半面、俺ら音楽仲間達は重圧も覚えていた。俺達の披露するサプライズへの期待値が、竜達の出し物の品質を上げていることを、ひしひしと感じたのである。俺達は準四次元会議を開き、サプライズについて真剣に話し合ったものだった。

 そして迎えた、サプライズの時間。すくっと一人立ち上がった翼さんを、俺ら音楽仲間は盛大に拍手した。たった一人で演壇へ向かう翼さんに竜達は少々面食らっていたけど、そこはお祭りを愛する者達。独演ならいっそう称えねばならなかったのに出遅れてしまった遅れを取り戻すぞ、とばかりに竜達が生み出した拍手は、マジ半端なかった。子竜達が声を揃えた「「「「翼先生~~!」」」」も、可愛くてならなかったな。

 演壇中央に翼さんがピアノを出現させ、観客にお辞儀する。翼さんのピアノを聴いて以来、ピアノに恋をしている竜達の興奮は凄まじく、巨体から放出される熱で会場の温度が少し上昇したほどだった。爬虫類だけど、そこは哺乳類と変わらないね。

 そんな会場の熱気を一身に集め、翼さんが曲を弾き始める。それはラヴェルの、


  水の戯れ


 だった。竜族はいつか知るのだろうか、俺の知る限り地球でも滅多にいない「戯れている水」を表現できるピアニストに、自分達は出会ったことを。

 ピアノ曲を愛して止まなかった前世の俺には、ピアノに関する三十年来の疑問があった。それは、ピアノの難曲は何を基準に「難しい」としているのだろう、という疑問だった。超絶技巧曲という語彙があるように、技巧は難しさの基準として正しいと俺も思う。しかしピアノは十指を始めとする肉体の技巧のみで弾く楽器ではなく表現力や感性も必須とされ、一流ピアニストほどそれらを重視し、それも難しさの正しい基準だと俺は思っていた。ならば技巧と表現力と感性の三つを基準に難度を計れば良いと普通は結論付けるのに、あくまで個人の見解だが、ある曲が俺にそれをさせなかった。その曲こそが、ラヴェルの「水の戯れ」だったのである。

 同曲を作曲したモーリス・ラヴェルは1875年、フランスのバスク地方に生まれた。このバスク地方に、中二病の重篤患者だった前世の俺は生涯興味を覚え続けたがそれは置き、ラヴェルの作曲した水の戯れは当初、音楽の専門家達に酷評された。耳障りな不協和音が連続する曲と、専門家達には聞こえたようなのである。しかし一般の音楽愛好家からは熱狂的に支持され、「水の戯れを酷評した専門家が酷評される」という結末を迎えたと伝えられている。

 そんな水の戯れは前世の俺にとって、ある意味最も特別なピアノ曲だった。理由は、しっくりくる演奏にどうしても出会えなかったからだ。ピアノ曲の最高傑作の一つなので名だたる超一流ピアニスト達が録音していて、超一流の演奏を数十も聴けるのに、なぜかしっくりこない。そう自分でもなぜそうなのかが、まったく解らなかったんだね。

 そんな俺だったが、世界屈指のピアニストが60年以上前に録音した同曲に某無料動画サイトで出会ったことにより、謎が氷解した。その人は、マルタ・アルゲリッ〇。1941年生まれの彼女が10代終盤に録音した同曲に、三十年来の謎を解いてもらえたのだ。その演奏に俺は唯一、「戯れている水」を感じたのである。

 俺の知る限り彼女以外は同曲を、音楽として演奏していた。ピアノ曲として作曲されたのだから音楽として弾いて当然なのだけど、水はまこと特別な物質。科学的に特異な物質であるのみならず、老子が上善如水(最高の善は水のようなものでなければならない)と評したように、水は宇宙法則的にも特異な存在なのだ。ちなみに老子は、白化組織の同胞だね。それは置き話を進めると、宇宙法則的にも特異な存在の水は、音楽を内包している。雨音は、その最も解りやすい例だろう。ただし繰り返すが、水は音楽を内包しているのであって、地球人の音楽で全てを語れる存在ではない。ラヴェルの天才性はそれを把握していたから、耳障りな不協和音の連続と捉えられるほど革新的な音楽で水を表現した。しかしそれでも、


  自由を楽しんでいる水


 をピアノで表現するのは難解を極めた。なぜなら水にとって地球の音楽は自身の一部でしかないため、地球の音楽を主軸に演奏すると、それは水ではなくなってしまうからだ。その「水ではなくなってしまった同曲」ばかりを聴いていたのが、どうしてもしっくりこない仕組だったのである。

 某動画サイトで聴いたアルゲリッ〇さんの水の戯れには、自由を楽しんでいる水の気配があった。それは俺にとって唯一無二の演奏で特別視するあまり、翼さんにそれをリクエストすることができなかった。白状すると、怖かったのだ。怖いという感情はネガティブなため音楽宮で「翔さん、リクエストはありますか?」と訊かれても同曲が俺の心をよぎることはなく、それを訝しんだ翼さんにこの冬期休暇中、直接問いただされてしまったのである。「翔さんはラヴェルの水の戯れに、特別な思い入れがあるのですか?」と。

 三次元世界だったこともあり、俺は全てを明かした。前世の出来事はもちろん、戯れている水を翼さんが表現できなかったらどうしようという恐怖も、打ち明けることが出来た。それを受け翼さんがまずしたのは、輝力の振袖をまとうことだった。続いて和の極致の如き所作で、俺に謝意を述べた。ただし最後は概念テレパシーになっていて翻訳すると、


「私のピアノ演奏を愛するあまり、好みに合わない水の戯れを私が弾くのを怖がってもらえたのは、ピアノ奏者の私にとって歴代最高に嬉しい出来事でした」


 になるかな。

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