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「翔さん。我々は『次でいいや』という感覚を、既に捨てているのです!」


 老竜達の各々の余命を俺は告げていないし、次でいいというのも胸中密かに決めたことだ。なのに余命の最も少ない元頭竜がこうも的確な言葉を放ったことに、推測がほぼ確信に変わる。でもそれは置き俺は素直に詫びて、残っていた賞賛を口にした。


「上下左右に設けた余白が、非常に適切です。長い年月をかけて洗練されてきたかのような感性がこの余白にはあると、俺は思いました」


 少々ずれるが、重みのある言葉ほど余白を広くしようとする傾向が人にはある。例えば最初に詩を載せ、説明文がそれに続く場合、詩には余白を贅沢に設けるが説明文は通常の余白で済ませるといったことを人はする。この違いは文字数の多寡によって生じるのではなく、言葉の有する価値の軽重によって生じるのだ。竜族の教科書に載っているのは今のところ歌詞のみだが、改訂版では説明文や楽譜も記載するようになるかもしれない。未来では竜族の著者も、余白の割り振りに苦慮するようになるのかもしれないな。

 という説明をしたところ、冒頭で老竜達は恥じる顔をなぜかした。けどそれは興味津々の顔にすぐ変わり、今は興奮顔で説明文や楽譜について語り合っている。興味津々顔と興奮顔は分かるが、恥じる顔は謎。よって疑問を解決すべく記憶を探ったら、先月の映像と数年前の映像の二つが頭に浮かんだ。先月の方は、竜族に紹介した映像作品の終盤で老女になった主人公が公園のベンチで本を読んでいる映像。読んでいるから本は当然、開かれているね。もう一つの数年前の方は、三種類の輝力の腕がもたらす三種類の竜族の未来を映した映像。未来の一つに出版業が盛んになるものがあり、そこでも俺は本を紹介し、そしてその本も開かれていた。そう俺は開かれた本を竜達に二度見せていたのであり、俺はその開かれた本に、俺好みの余白を設けていたのだ。老竜達はその「俺好みの余白」を覚えていて、教科書の余白の参考にしたのではないか? だが開かれた本を二度見せたことを忘れていた俺は余白の適切さを褒め、老竜達に恥ずかしい思いをさせたのではないか? 考えれば考えるほど、これで正解な気がしてくる。しかし正解だろうと、説明文や楽譜について熱心に議論している老竜達の邪魔はしたくない。「次でいいや」と先延ばしにしたらまた叱られそうだけど、その時は潔く叱られますか。

 そう決めた俺はページをごっそり捲り、演劇について書かれている最初のページを開く。そして美雪に頼み、内容を再び教えてもらったのだった。


 その後アレコレあって、今は老竜達も午睡を取っている。大いに浮かれ大いに議論したのだから、昼寝してくれないと心臓に悪いのが本音だったんだよね。老竜達が日々を健やかに過ごし、1分1秒でも長く生きますように。

 老竜達と交わしたアレコレは、こんな感じだった。まず老竜達は俺らを忘れて議論してしまったことを詫び、次いで二つの映像の余白を参考にしたことを明かし、最後に「中級教科書を書く前に初級教科書を改訂します」と述べたのだ。最後については、改訂案を中級教科書で試した方が良いのではないかと俺は感じたが、母さんは違った。初級教科書の改訂に賛成すると、母さんは明言したんだね。それを受け老竜達は今日一番喜び、かつ今日一番のやる気を漲らせた。ピンと閃きアカシックレコードを見たところ、その喜びとやる気に触発された老竜達は、改訂版を二倍の速さで完成させるみたいなのである。母さんの偉大さに、平伏した俺だった。

 老竜達も昼寝し、起きている竜達が一頭もいなくなった隙に、俺は母さんに訊いた。「輝力製のノートを老竜達に贈ったように、白紙の教科書も贈ったのですか」と。

 ええそうよ、と母さんはあっさり答えてくれた。そのあっさりに乗っかり、俺は五分五分の質問をする。


「収納性能を持つ輝力指輪を、竜族は自力で創れるようになるでしょうか?」


 それを受け母さんは、仏頂面で俺の頭を撫でた。普通なら意味不明なのだろうけど、付き合いの長さ故か、それとも仲の良い親子故か。母さんの胸中が手に取るように解った俺は、一か八かの賭けに出た。


「俺は頭の中で『次の機会にしよう』と考えただけなのに、余命の最も短い元頭竜に的確な言葉を放たれました。その出来事により、推測がほぼ確信に代わりました。竜族は今、本体に準じる何かを創造主によって授けられている。輝力を使いこなせているのも、そのお陰。その何かがあれば、収納性能を持つ輝力指輪も創れるかもしれないけど、授けられる期間は母さんにも見定めることができない。どうでしょう、俺は間違っていますか?」


 母さんは仏頂面を改め笑顔になり、首を横にゆっくり振る。しかし俺の頭を撫でていた手を止めると、悲しげに俯いてしまった。俺は母さんの手を両手で包み、答えられない質問をしてしまったことを詫びる。そして美雪と美咲に顔を向け「母さんをお願い」と頼んだ。美雪と美咲が両側から母さんを抱きしめる。母さんは雰囲気を少し柔らかくするも、俺が手を放そうとすると縋る眼差しを俺に向け、瞳を急速に潤ませていった。俺は覚悟を決め、美雪と美咲と母さんをまとめて抱きしめる。すると美咲が、不意に泣き始めた。母さんと美雪も美咲に釣られて泣き出す。そんな三人に安堵した俺は、人でなしなのかな?


「そんなことないよ。旭には負担を掛けてばかりなんだ。息子として労わってあげてね」


 なんと創造主に直接語り掛けてもらえたのである。それにテンパった訳ではないけど、俺は頓珍漢な返答をしてしまった。


「400年振りに、俺の親になってくれた人です。命がけで親孝行しますから安心してください」


 でも創造主は、宇宙一広い心の持ち主なのだろう。頓珍漢も込みで、楽しげに笑ってくれたのだった。

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