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 輝力製の教科書に、重さはない。空中に浮かべることも可能だが失礼に思えて、輝力製の台座を創った。読みやすいよう上部を傾斜させたそれに教科書を置く。美雪によると、教科書の寸法は横84センチ縦120センチとのこと。比率は7対10なので、比率だけなら地球のA4サイズにほぼ等しいと言える。面積は16倍以上もあるけどね。

 繰り返すがこの本は、左側で綴じられている。左開きの本とも呼ぶけど、綴じるという字が前世も今生も好きな俺は断然、左綴じの本派だ。俺は背筋を伸ばし「拝見します」と手を合わせてから、厚さ5ミリほどの表紙をめくった。

 地球の一般的な本は、表紙をめくると文字の何も書かれていない紙が一枚挟まれていて、それを「見返し」と呼んでいる。続く一枚には本の名前等が書かれており、それが「扉」だ。理由は定かでないがこの星の本も見返しと扉を有し、それに慣れていたため竜族の教科書の表紙をめくったら、少々面食らってしまった。この本には見返しも扉もなく、教科書の本文が目に飛び込んできたのである。しかし、竜族には竜族独自の本があっていい。俺は落ち着いて本文に目を通し、感想を述べた。


「一つ一つの文字、それらを並べた文、文が並んだ文章、文章のまとめ方、行間や余白の使い方等々、どれもこれも美しいと俺は感じました」

「「「「ウオオオォォォ―――ッッ!!」」」」


 雄叫びとともに老竜達はガッツポーズを一斉にした。次いで両隣の竜達と、掌を小気味よくパンッパンッと打ち鳴らしていく。その様子に、俺は驚きを隠せなかった。まるで人間のように、輝力の両腕を使いこなしていたからだ。改めて振り返ったところ、音楽仲間達がガッツポーズ等を頻繁にしていて、子竜達も面白がって音楽仲間達を真似ていたから、それが老竜達に及んでも不思議はないと言える。しかしそうだとしても、ガッツポーズは完璧な無意識下でされたようにしか見えなかった。それは間違いなく、


  命がけで教科書を書き続けた日々


 の賜物なのだろう。16頭の元頭竜夫妻達は、寿命まで残り2年を切っている。死が、目前に迫っているのだ。そのような状況にいる老竜達が、種族全体に巨大な貢献をする機会を手にした。四足動物にも拘わらずまさしく「手にした」のであり、命がけで手を駆使し機会の成就に突き進んだら、まるで人間の如く手を使いこなせるようになった。そんな偉大な竜達を今、俺は目の当たりにしているのである。俺は成竜と同じ身長6メートルの輝力俺を創り、老竜達へ歩を進めた。それに気づいた老竜達が、子供のように瞳を輝かせてくれた。まこと、嬉しい限りだ。俺は親しい友人用の底抜けの笑顔で、掌を顔の高さに上げて前に向ける。そして18頭の老竜達と、


  パンッパンッパンッ♪


 小気味よく掌を打ち鳴らしていったのだった。

 

 老竜達とワイワイやった後は、教科書への感想の詳細に移った。まず口にしたのは、熟語を発明したことへの賞賛だった。そうなんと老竜達は、名詞や動詞を一文字で表すことに執着せず、知恵を働かせて熟語を発明していたのである。

 たとえば、初級教科書。これは美雪がアトランティス語に翻訳したのであり、実際は四文字で綴られていて、四文字を直訳すると「初級学本」になる。初級という概念を無理矢理一文字にするのではなく、「初めての級」として熟語にしたのだ。美雪によると初級、中級、上級の三段階があるらしく、竜族の知恵に舌を巻いたものだった。

 舌を巻いたのは、学本も同じ。だってこれ「学びの本」という意味だからね。というように初級学本を例に挙げて称賛しまくったら、老竜達はバツ悪げにモジモジしだした。どうしたのだろうと首を傾げたところ、園長が種明かしをしてくれた。「人族の言葉からヒントを得たのです」と。


「なるほど、100歳以上の竜は人族の言葉をテレパシーでなら話せますからね」「実を言うと人族の言葉をテレパシーで話せる竜は、全体の8分の1しかいません。言語能力に優れ、正しい心を持った上位8分の1の竜を、人族が観光に訪れる島へ行かせるからです」


 よくよく考えたら園長の言うとおりだった。食料等の理由により、観光島で暮らせる竜族の数には上限があるはずだからだ。俺の出会った成竜全員が人族の言葉をテレパシーで話せたため、そう思い込んでいただけだったのである。だがそれでも、曖昧なヒントをもとに熟語の概念を確立し使いこなしているのは、まごうことなき偉業。老竜達への賞賛の気持ちは、いささかも衰えなかった。

 詳細な感想として次に取り挙げたのは、余白の使い方の巧さだった。余白で最も大切なのは行間とされ、既読の行から未読の行へすんなり移行できるのは適切な行間があってこそと言われている。その適切な行間を、人は物心つく前から目にしているため感覚的に把握していても、竜が文字を書いたのはこの教科書関連が初めてなんだよね。にも拘わらず完璧な行間として目に飛び込んでくることを、俺は称賛したのだ。老竜達も嬉しいのだろう、俺の誉め言葉に興奮を隠せないでいた。いやそもそも、隠さなくていいんだけどさ。

 文をスルスル読み内容をサクサク理解するには文字と文字の間隔も重要で、人が目にする出版物の文は間隔を機械に任せられても、この教科書は手書き。それなのにスルスル読んでサクサク理解できるのは、凄いことなのである。


「この絶妙な間隔を、皆さんはどのように習得したのですか?」

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