313
黙り込み立ち尽くす俺に「食事はもう喉をとおりませんか?」と、翼さんは至極普通に尋ねる。俺をもてなしてくれた人達に悪いのでいつもどおり満腹になってきたと普通を心がけて伝えたところ、「翔さんらしいですね」と翼さんは春の日差しのように笑った。1月上旬の夜空の下、春の日差しの笑みを振りまくこの人は、前世と今生でいったい何を学んだのだろう。俺には想像すらつかず、そして想像できないのは今この瞬間にすべきことも同じだった。最善の行動など素粒子一個分も解らず、次善も三善も解らないが、ひょっとすると末善なら閃けたのかもしれない。俺はそれを信じ、閃きを口にした。
「翼さんの入れた熱いお茶を、のんびり飲みたいかな」
それを聞いた翼さんは、夏のヒマワリのように顔を燦々と輝かせた。次いで「どうぞこちらへ」と玄関へ歩いていく。弾みそうになる足を必死で制御しているのが見え見えのその背中に、「お茶の次に果実リキュールを出されたら寝落ち覚悟で頂戴します」と、俺は密かに誓った。
のだけど、まあ解っていたがそんなことはなく、お茶を1時間ほど楽しく頂いて俺は天風家を後にした。二人で過ごした一時間は歴代上位に食い込むほど楽しかったし、末善の行動だったとして良いと俺は考えている。
歴代上位の楽しさになった主理由は、果実リキュールに関する俺の推測が悉く当たっていたことにある。俺がたった一度だけ零した愚痴を翼さんは忘れず、叶えるべく姉達に相談し、俺が海釣りをしている間に母さんも加わって完成させた。これが、真相だったんだね。またその完成が、強化3闇王戦の終了前だったことも場を大いに盛り上げてくれた。強化3闇王戦は計五日行ったが、五日連続でしたのではない。年末に三日連続、年始に二日連続の二回に分けるよう最初から計画していて、その年始の戦闘が始まる前日に、果実リキュールは完成したのである。お陰で打ち上げ用のお酒として提供でき、それはただの偶然なのだけど、人は素晴らしい偶然に運命的要素を加えてしまう生き物。「翼さん、あれは運命だったんだよ!」「ですよね翔さん!」のように、俺らは素面にも拘わらず浮かれ騒いだものだ。いや何もかもぶちまけると、
本当に運命だったりして
と二人とも思っているんだけどね。単なる偶然とするには、重なった要素が多すぎるのである。昇達と開いた準四次元酒盛りも、その一つだしさ。
もっとも、準四次元酒盛りについては詳細を語れなかった。昇と鷲と橙は明日の朝、テレパシー送受信機の完成をそれぞれの妻に明かすはず。夫婦水入らずで喜んでから三夫婦は、それを音楽仲間達に伝えるだろう。音楽仲間達にとってそれは初耳であるべきなため、翼さんにも伏せるしかなかったのである。とはいえ、まったく話題にしなかったら翼さんを悲しませてしまうのも事実。重なった要素の一つ一つを翼さんと確認して盛り上がったのにおくびにも出さなかったら、俯くのが人というものだからね。よって、
「半日以内に判るけど、実はもう一つある。翼さん、明日を楽しみにしててね」
この言葉で俺はその話題を締めた。そんなことを言われたら気になるのが当然で「こっそりバラしちゃってください」「これだけはダメ」「誰にも言いませんから」「無理で~す諦めてくださ~い」と一悶着あったが、これはお約束でしているだけ。まったく話題にしなかったら翼さんを悲しませるのと同様、まったく興味を示さなかったら俺を悲しませるから、一悶着を演じているだけなのだ。それにしても今生の俺の周囲には、これ系のことを阿吽の呼吸でしてのける人が数百人もいる。
その幸せを噛みしめつつ、俺は天風家を後にした。
翌、1月9日。
時刻は朝6時20分。場所は俺の体育館の生活スペース。
早朝訓練後の全自動全身シャワーを浴び終えた俺に、メールが三通届いていることを美雪が音声のみで告げた。内容は解り切っていても、文字を追うにつれ嬉しさが込み上げてくるのが仲間というもの。俺はお祝いの返信を三通出し、そして着替え終えたところで今度は勇のメールが届いた。つまり俺は真っ裸で返信を書き、それゆえ美雪は音声のみだったのだがそれは置き、勇のメールには「昇と奏、鷲と晴、橙と藍は6人そろって食堂に来るよう説得した。鸞と藤も協力してくれたよ」と書かれていた。すぐさま「昇と鷲と橙を最も心配し最も支えたのは奏と晴と藍だから、夫婦揃って称えることに賛成」と返信したところ、イエ―イの絵文字が即座に返って来た。負けじと俺も、イエ―イを素早く送る。そして美雪と美咲に事と次第を説明しつつ、三人で基地飛行車へ向かった。
食堂に足を踏み入れるやそのまま鸞と藤のもとへ行き、二人の頭を鷲掴みにしてグリグリしつつ「おめでとう」と言った。二人は顔をクシャクシャにして喜ぶも続いて少し困り顔になり、両親のラブラブ振りを俯き加減で説明していった。俺は二人の頭から手を離さず、二人と目線が合うよう身をかがめた。
「少し寂しいかもしれないが、子供といえど夫婦の間に入れない時がある。鸞と藤も将来、素敵な奥さんをもらったらそうなるのだから、水に流してやれ」
鸞と藤は真っすぐな瞳で「「はい、師匠!」」と元気よく声を揃えた。あと数年したら心の中で「師匠は結婚していないのにな?」系の疑問を抱くようになるだろうが、今は可愛いものだ。抱くようになったら勇が巧く対応してくれるはずだし、全然いいかな。




