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 母さんが関わっているなら、そっとしておくが最善。申し訳なく思った最後の二人へ、話題を移そう。

 申し訳なく思った最後の二人は、鸞と藤だ。二人は今回、帰省中の楽しみの一つである天風半島の長期滞在を諦めねばならなかった。8歳という年齢は、それを理解できる十分な年齢と俺は思う。この基地で過ごす鸞と藤に、割り切れない思いを抱えている気配は無かったしね。しかし同時に8歳という年齢は、理解できたからといって放置していい年齢ではないのも事実。特に「この基地で過ごすことを友人達に話してはならない」のなら、十分な配慮を大人はしてあげなければならぬのである。

 この帰省中の鸞と藤は天風の友人達に「なぜ今回は滞在できないの?」と問われても、誤魔化したり嘘をついたりしなければならなかった。えてして少年は、正義感が強いもの。前世の祖国で非難の集中砲火を浴びようと断言するが、心の優れた少年ほど己の正義感を誇りに思うものなのである。鸞と藤はその見本のような少年であり、そんな二人にとって誤魔化しや嘘を強いられる暮らしが、苦しくないなどあり得ない。天風の訓練に参加したくともそれは友人達に嘘をつくことと同義であり、またいつもなら夕食会のノリのまま泊まることが出来るのに、今回はその都度帰らねばならぬのだ。それは8歳の少年にとって、つらく苦しいことだったのである。

 だが、良いこともあった。その筆頭は間違いなく、父親の覚悟を間近で見た鸞と藤が、父親を尊敬の眼差しで見つめていたことだろう。息子に男として尊敬してもらえない父親ほど、悲しい父親はいない。そして多くの場合、息子に男として尊敬してもらうには数十年の努力を要する。努力を数十年間貫いた者だけが、その栄光を手にするのだ。「親父の偉大さを、大人になってやっと理解できるようになった」という息子も大勢いるため、栄光を手にするには凄まじく厳しい数十年間を送らねばならぬものなのである。

 もちろん例外もあり、その例外の一つに鷲と橙はいた。子供時代に父親へ強烈な敬意を抱いた息子は、それを長年抱き続けることが多い。その方が父親の努力は、断然報われやすくなるんだね。そして鷲と橙が心に燃やしている覚悟は、父親への強烈な敬意に十分なった。したがってそれは鸞と藤にとって、たとえ一時的なつらさを強いられようと、やはり幸せなことだったのである。

 そんなふうに考えると、鷲と橙の心に覚悟が燃えてさえいれば良いように思えてくる。それはあながち間違いではなく、結果の伴わない幸せは宇宙に幾らでもあるのだ。

 とはいうものの、どうせなら結果を出したいと願うのは人として当然のこと。では鷲と橙はどうだったかと言うと、願いはもちろん適った。鷲と橙および昇の三人は、テレパシー送受信機の閃きを降ろすという目標を、見事成し遂げたのである。


 それは1月7日の、就寝直前に起こった。

 勉強に込める情熱が当初の予想より多かったのに、勉強による疲労が当初の予想より少なかった昇と鷲と橙は、その日も深い充実感に包まれベッドに横たわっていた。疲れていてもそれは達成感をもたらす心地よい疲労であり、またそれは明朝までにすっかり消え失せると確信できる疲労でもあった。確信の根拠は、この二週間ずっとそうだったから。三人にとってこの二週間の朝は、回復した心身で「今日も頑張るぞ!」と元気よく自分に気合を入れる朝だったのである。よってその夜も明日への不安を一切抱かず、充実感と達成感に包まれて三人は眠りの境界を越えようとしていた。その数瞬後、あたかも境界を越えた証のように、漆黒の壁によって閉ざされていた視界が急に開けていった。視界は相変わらず黒一色でも、遠くまで見渡せる気がしたのだ。しかしそれは珍しいことではなく以前も稀に経験していたことで、この二週間に限っては毎晩必ずやってくる現象に過ぎなかった。それもあり三人はその現象を日々の出来事として捉え、急に開けた視界を心穏やかに見つめていた。そしてそのまま意識を手放すのがいつものことなのに、その夜は違った。視界の先に複雑精巧な機械が、突如出現したのである。

 しかし機械の見え方は、肉眼のそれとは大きく異なっていた。ただ違いが大きいせいで、三人はそれを言葉にできないらしい。俺は輝力弓が降りてきた時のことを思い出し、三人に問うた。


「球の内側に目が無数にあり、球の中心に置かれた機械を、その無数の目で同時に凝視している。特徴の一つは、こんな感じじゃないか?」


 例えばスマホの画面を見ているとき、スマホの裏を人は同時に見ることができない。鏡を使い裏を見えるようにしたとしても、人の目が焦点を結べるつまり「凝視できる」のは、一か所だけ。鏡に焦点を合わせて裏を見て、続いてスマホに焦点を合わせて画面を見るという時間差の凝視しか、人にはできないのだ。

 対して降りてきた輝力弓は、全方向から同時に凝視できた。よってテレパシー送受信機も同じだったのではないかと思いそう問うたところ、「「「そうでした!」」」と三人は盛り上がっていた。ワイワイやったお陰か、降りてきた時のことをはっきり思い出したらしい。三人は息せき切って特徴の二つ目を話しだし、それは端的に言うとコレだった。


「「「目の焦点を、内部に合わせられたんです!」」」


 スマホに譬えると、画面の奥に焦点を合わせて機械内部の仕組を見る、みたいな感じだ。ちなみに内部も、球の内側に目が無数にある見え方をするね。

 また三人は、「機械の仕組を見た時に勉強が役に立った」ということでもたいそう盛り上がっていたな。そう実は、人は勉強していずとも、閃きを「降ろすだけ」ならできる。降ろした瞬間は本体との共鳴率が一時的に上昇していることもあり、機械的な仕組みも大雑把になら把握できてしまう。けどそれは、大雑把な把握を一時的にしただけ。その瞬間がすぎ去れば大雑把な把握もすぎ去り、理解不可能になるのである。

内部の見え方を修正しました。

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