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 日本語における「開いた口が塞がらない」は、否定的な意味で用いる。あまりの非常識さに呆れてしまった、みたいな感じだ。しかしこの星では肯定的な意味で使い、感心するあまり口を開けて茫然としたら、それを「開いた口が塞がらない」と表現して良い。つまりどういう事かというと、俺と勇は開いた口が塞がらなかった。感心しすぎて口を大きく開け、しばし茫然としてしまったのである。

 鸞と藤がメモ帳に基地の絵を描いている最中、俺と勇はテレパシーで熱心に話し合った。お題目は言うまでもなく「鸞と藤はなぜこうも賢いのか?」だね。両親の優秀な頭脳を受け継いだのも勿論あるだろうがそれよりも、


  優れた初期教育の賜物


 の印象の方が俺も勇も圧倒的に強かった。3歳から始まった寮生活を通じ、自ら考え自ら決断し自ら行動する習慣を自然と身に着けた鸞と藤は、破格の速度で己を成長させている。故にこうも賢く、そしてその習慣を自然に身に付けさせたのは、舞ちゃんに他ならない。俺と勇は、そう思えてならなかったのである。

 改めて振り返ると、舞ちゃんが手塩にかけて育てた子と今回のように向き合ったのは、これが初めてのこと。俺は名家巡りで関わり、勇は教導官として関わっていても、1対1で正面から向き合ったとは到底言えない。然るに鸞と藤の実力に今まで気づかず、そして実力を見誤っていたのは舞ちゃんに対しても同じだった。舞ちゃんは俺と勇の想像を遥かに超えた、真に優れた保育士だったのである。それに気づいていなかったなんて、酷いにも程がある。勇は夫として俺は幼馴染として、落ち込まずにはいられなかった。が、


「師匠、描けました!」「僕も描けました!」


 鸞と藤に天真爛漫な笑顔を向けられたからには落ち込んでなどいられない。俺と勇は二人の絵を精査し、建物の配置を正確に写し取れていることを褒めた。そして顔を引き締め、お約束のこの言葉を放った。


「探検は、家に帰るまでが探検。一度歩いた道だからといって油断せず無事に帰り、元気な姿をお父さんとお母さんに見てもらうように」「「はい、師匠!」」


 幼年学校に遠足はなく、また舞ちゃんは元地球人ではないから、「家に帰るまでが遠足」を子供達に教えていないと思われる。しかしそれにしては、鸞と藤はすんなり受け入れたように感じる。よし基地に帰ったら、勇と並んで舞ちゃんに尋ねてみよう。

 なんてワクワクしつつ、俺は一列縦隊の最後尾を歩いて基地に帰ったのだった。


 女組が用意してくれた昼食は、キャンプ場で食べるバーベキューだった。気心の知れた仲間達とワイワイやりつつ頂いた屋外バーベキューは、危険なほど美味しかった。危険なほど美味しいというのは冗談ではなく、鸞と藤は食べ過ぎて動けなくなり、午後に予定されている天風家の訓練への参加を危ぶまれる程だったのだ。横にならせて生命力を活性化させ、消化吸収を促進させたから、大丈夫と思うけどさ。

 鸞と藤はバーベキューを夢中で頬張りながらも探検がいかに面白かったかを両親に話していたらしく、俺と勇は鷲達にとても感謝された。俺らはお返しとばかりに、鸞と藤の優秀さを両親に詳しく説明した。愛する我が子の優秀さを褒められ、喜ばない親はいない。鷲と橙と晴と藍は、浮かれてはしゃぐやらハンカチで目元を抑えるやらで大忙しだった。

 横になった鸞と藤はしばしウンウン唸っていたが比較的早く寝息を立てるようになり、そんな我が子の下へ鷲達4人が移動してからは、舞ちゃん及び奏と話した。いやそれは話したなどというお気楽な時間ではなく、真に優れた保育士達から保育の神髄を直々に教えてもらう極めて貴重な時間となった。それは俺と勇と昇にとってまごうこと無き真実だったが、俺らが感じた保育の神髄は舞ちゃん及び奏にとって「そんなの普通じゃん」でしかなかったらしい。住み込み保育士とはかくも己を成長させる職業なのかと、俺と勇と昇は戦慄したものだった。

 1対1で正面から向き合う、を例に挙げよう。

 俺は名家を訪問する師匠として、勇と昇は戦士養成学校を訪問する教導官として、子供達と関わっている。だがそれは1対多数の関係でしかなく、そのせいで子供達の真の実力を俺達は見誤っていた。しかし舞ちゃんと奏が、子供達の真の実力を見誤っているとは思えない。幼年学校の幼児100人に対し保育士は3人しかいないのに、1対多数の関係にならない秘訣は何なのか? そう問うた俺達に、舞ちゃんと奏はいとも容易く答えたのである。「1対1になるために」「私達は住み込みをしているんです」と。


「親と強引に離された3歳児の悲しみを」「1対多数の関わり方で癒すなんて」「最初から無理なの」「ですから私たち保育士は子供をまっすぐ見て」「自分もまっすぐ見てもらうことで1対1の関係を築き」「子供の心の傷を癒すのですね」


 最も大切なことを間違えていた自分に、俺は腹が立ってならなかった。親と強引に離された3歳児にしてあげる最も大切なことは、親と強引に離された悲しみを癒すことだったのだ。それを無視し、戦士の有用スキルを教えたり自分で考える云々を身に着けさせることは、心と本体の繋がりを弱めようとするネガティブ勢力がいかにも好みそうな教育だったのである。俺は愚かな自分を、ぶん殴りたくてならなかった。

 が、今は自分を二の次にして、真に優れた保育士達から保育の神髄を教えてもらうことに時間を使わねばならない。俺は己を宇宙のかなたに蹴り飛ばし、全身を耳にした。

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