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 重低音にホルンが抵抗を試みると同時に、女の子も飛行器の活性化に挑戦した。しかしホルンの試みが失敗したように、女の子の挑戦も失敗してしまう。植物の変化が季節の移り変わりを示し、18頭の子竜は地上数メートルを楽々飛ぶようになり、残り1頭は遥か上空で点になってすらいるのに、女の子は俯いたままだった。トランペットが重低音に二度目の抵抗を試みると女の子も活性化に挑戦したが、またもや惨敗。女の子の俯きは、益々酷くなっていった。

 そこに、成竜の保育士が駆けてくる。そして保育士は、女の子の故郷の母親が病に伏せたことを伝えた。

 ストーリーの大転換期であるその場面は、バイオリンが復活し曲に加わったとき成された。女の子は一瞬、無限の後悔を込めた眼差しを遥か上空の1頭に向けた。あの子のように自分もなっていれば、病に苦しむ母親のもとへ飛んで行けたのに、自分にはそれができない。双眸から大粒の涙が零れ、女の子は地に崩れ落ちそうになった。

 だが女の子は崩れなかった。双眸に強い光が宿る。集中法の訓練を思い出した女の子は姿勢を正した。母親への想いの強さがそのまま集中力の強さになったかのように、かつてない集中力を女の子は発揮した。そこに、飛行器活性化の訓練が重なる。飛行器は生まれ変わったかの如く輝きをみるみる増していく。それに気づいた土地神が、風の妖精達を女の子の周囲に待機させた。楽器達の連携の高品質化に伴い飛行器の輝きは眩いほどになり、そして冒頭から続いていた重低音を輝きが駆逐した瞬間、


  ギュワ―――ンッッ!!


 女の子は空高く舞い上がったのだった。

 眼下の幼稚園は瞬く間に小さくなり、やがて島全体が見渡せるようになった。しかし女の子が一心に見つめているのは、水平線の一点のみ。女の子の故郷は、幼稚園の島から最も近い島。上空数キロに舞い上がったことにより、故郷の島を目視できるようになったのだ。眼下に広がる大海原も、眼前に広がる大パノラマも、自分に風を吹かせてくれている妖精達も、女の子の眼には一瞬たりとも映らない。故郷の島たった一つだけを肉眼は捉え、病に苦しむ母親だけを心の眼は捉えていた。その母親が、弱々しく咳をする。低体温症により命の危機に瀕したときだけ集落が総力を結集して灯す焚火が二つ、両側から母親を温めている。その様子を心の眼でありありと捉えた女の子の口が、大きく動いた。


  お母さ―――ん!


 そう叫んだのは、故郷の島への航程がまだ3分の1ほど残っている場所だった。その方角を、集落の竜達が一斉に見上げる。視力の最も優れた成竜が、あり得ないものを発見し瞠目した。その成竜が皆に伝える。娘さんが飛んできている!

 女の子の父親が母親に近づき、耳元に口を寄せて呟いた。母親が瞼を半ば開け、大空を見上げる。霧散しようとする意識をかき集め焦点を合わせた空に、小さな点が一つ現れた。半眼だった瞼が全開になる。数瞬後、事態を悟った母親の瞳が急速に潤んでゆく。娘が来てくれた。自分だけ飛べないといつも泣いていた娘が、海を飛び越え私のもとに飛んできてくれた。双眸から涙が止めどなく溢れるも、母親は瞼を決して閉じなかった。

 その瞳に映っていた小さな点が、初めは少しずつ、しかし途中から急速に大きくなっていった。そして点ではなく姿をはっきり捉えられるようになった娘が、島中の風妖精に協力してもらい地面にふわりと着地する。ふわりと優美に着地させてもらったにも拘わらず、娘はドスドス大きな音を立てて自分のもとに駆けて来る。寒くてたまらなかったはずの体が、いつの間にかポカポカになっていた。その温かな胸に、


  お母さん!!


 女の子は飛び込んだのだった。

 場面は変わり、健康を取り戻した母親と元気にはしゃぐ女の子のシーンになる。集落の竜達が見守る中、女の子が宙に浮いてみせた。どよめきに続き歓声が上がり、照れて着地した女の子が母親の下へ駆けていく。カメラアングルが替わり、元気良くこちらに駆けて来る女の子が2秒間だけ映し出された。そうこの2秒間が、半年前の試写で映したシーン。駆けて来る女の子は次第に大きくなっていき、立派な成竜になった。そして両親のいる故郷の島で幼稚園の保育士になり、子竜達を愛情たっぷり育てていく。子竜はすぐ大きくなり新たな子竜が現れ、その子たちが大きくなるとまた新たな子竜が現れた。世代が変わるにつれ子竜達の飛行能力と輝力工芸スキルは磨かれていき、若々しかった主人公の保育士に老いの兆候が現れ始めた。しかし老いとは無縁に、曲は益々盛り上がっていく。場面が切り替わり、そろそろ寿命を迎える主人公が公園のような場所で本を読みながら寛いでいる。そろそろ寿命のはずなのに曲は最高潮を迎え、主人公が満面の笑みで目線を上げた先の光景が、画面いっぱいに映し出された。

 芸術性の高い美しい街並み、街を取り囲む整備の行き届いた果樹園、そしてその上に広がる大空には、大勢の竜達が自由に飛びかっている。

 そのシーンをもって、映像作品は終了したのだった。


 俺が竜族に地球の文化を紹介するのは、これで五回目。

 五回目ともなれば、新鮮味を失うのが普通だろう。

 では五回目の紹介を終えた竜族も飽きによる白けた空気が漂っていたかと言うと、真逆だった。老若男女を問わず、号泣していたのだ。年齢や性別に関係なく、なりふり構わず大泣きしていたんだね。親子愛、飛行能力の再獲得、未来の竜族社会、そして視覚と聴覚の両方を激しく揺さぶる映像作品に初めて触れたこと等々が重なったことにより、そうなったのだと思う。作り手としては嬉しい限りだけど、相殺音壁と輝力耳栓がなかったらヤバかったかもしれない。雄のアフリカゾウに匹敵する巨体を誇る成竜達の号泣は、耳が聞こえなくなってもおかしくない超大音量だったからさ。ははは・・・・

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