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楽しげにパチパチ言いつつ手を叩いてくれる翼さんに、俺は照れまくった。けどそれは、ここに来た本題にそろそろ移る意思表示でもある。俺の心が筒抜けなのも良い方へ転び、俺達は阿吽の呼吸で表情を改め背筋を伸ばした。そして俺は話し手として、翼さんは聴き手として、本命の話題に入っていった。
翼さんだけ、俺の基地で冬期休暇をすごさない。
そうなった経緯を伝え終えた俺は、一旦口を閉じた。自己弁護を優先するなら、俺の冬期休暇の計画を翼さんのために変更したことも連続して伝えるべきだったが、贖罪を優先したため口を閉ざしたのだ。奏は昨夜、「翼お姉ちゃんが取り乱したら」という表現をし、晴と藍はどちらも「翼お姉さんの怒り」系の表現をした。舞ちゃんはそれらに類する言葉を使わなかったが「親友として反対する」との発言は、三人と同種の状況を想定して成されたとして間違いない。女組の四人は今回の翼さんへ、共通の見解を持ったのである。ならばそれを最初に受け止めるのは、元凶の俺であるべき。荒々しい感情はまず俺が受け止め、翼さんのストレスを可能な限り減らしてから、俺では対処できないことを女組にお願いする。俺はそう、判断したのだ。
また母さんの「女は理屈じゃない」も心に留めていた。自分だけ除け者にされる状況に翼さんが「取り乱す」や「怒る」や「泣く」という反応を示すのは、理屈に沿うので俺にも予想可能。だが母さんによると、女は理屈ではないらしい。予想外の事態も、視野に入れておかねばならぬのだ。かくなる理由により、母さんの助言も心に留めたのである。
という訳で万全の状態を整え、俺は一旦口を閉じた。そして翼さんの様子を窺った。ベンチの左隣に座る翼さんは今、目を伏せ静かにしている。視線が再び俺に向けられたとき目に怒りが宿っていても、伏せ目のまま涙を止めどなく零しても、もしくは予想外のことが起きても、俺は全力でそれを受け止めよう。俺は覚悟を決め、その時を待っていた。
その、待つだけの時間は長く続いた。10秒経っても20秒経っても、翼さんはただ静かに目を伏せ続けたのだ。更に10秒が過ぎるころ、俺はようやくあることに気づいた。30秒間続いたこの状況こそが、予想外の出来事だと俺はやっと気づいたのである。己を無限に罵倒したかったがそれは後回しにし、とにかく翼さんの名を呼んだ。
「翼さん」「・・・あ、すみません」「ううん、謝らないで。待って欲しいなら俺は幾らでも待つし、空気を換えることを望むなら俺はそれを全力で叶えるよ」「ん~~」
翼さんは体を正面に向け、しばし思案していた。思案はこれまた予想外に長く約1分後、翼さんは正面を見据えたまま俺に請うた。「どんなことでも良いですから、地球に関わる話をしてください」と。
なんとも茫洋とした要求をされたものだ、というのが本音だった。しかし償いになるなら、力を尽くして挑むのみ。前世の某巨大掲示板で目にした体験談で最も興味深かったものを、閃きに従い俺は披露した。
『Aさん(女性)には、子供のころから憧れていた職業があった。自分なりに勉強し、関連する学校へ進学し、その業界の末端に手を触れさせることに成功した。その後も努力を続け恥ずかしくない仕事をこなせるようになり、自信もつき、強気の姿勢が評判を呼び若手としては注目されていたが、20代終盤で悟った。目標とする本物達に仲間入りするための才能を、自分は持っていないということを。
Aさんは悩んだ末、仕事を替えることにした。完全に畑違いでもとにかく安定した業種を選び、中途採用の面接を片っ端から受けて行った。経験皆無なので落ち続けたが、バイトならと採用してくれた会社があった。Aさんはその業種を貪欲に学び我武者羅に働き、認められ正社員に抜擢された。恩返しすべく懸命に働くAさんは同僚に見初められ、求婚され結婚し、幸せな家庭を築いた。愛する夫と可愛い子供と信頼する仲間達を手に入れたAさんは、非の打ちどころのない幸せな生活を送っていた。
しかし夜中、家族と川の字になって寝ている最中ふと目を覚まし、言い知れぬ恐怖に苛まれることが稀にあった。そんなときAさんは布団の中で震えつつ、いつもこう自問したという。「私は才能がないと知りつつも仕事を替えず、野垂れ死ぬべきではなかったのか? それが私の生きるべき、本当の人生ではなかったのか?」と』
「某巨大掲示板で偶然目にしたこの体験談に、前世の俺はことのほか衝撃を受けてさ。読んだのは一度きりなのに、生まれ変わってもこうして覚えているくらいなんだよ。それ関連でもう一つ、生まれ変わっても覚えていることがある。話していいかな?」「もちろんです。今の話、たいへん考えさせられます。次の話も、興味が湧いてなりません」
そんなにハードルを上げないでよとおどけて、次は某巨大動画サイトの人生相談で視聴したことを紹介した。
『夢を諦められず、結婚しても子供が生まれてもバイトを続けている40代終盤の男性が人生相談に応募してきた。動画主さんは相談者を「夢には期限を設けなければならないんだよ」と、怒りも露わに叱っていた』
「翔さん」「うん、どうした」「その動画主さんは、どういう人なのでしょうか?」「ん~。地球には『人生で成功するか否かを最も左右するのは運』と唱える人達がいてさ。翼さんはその説を、どう思う?」「頬に火傷を負う前は、最も左右するのは努力と信じて疑いませんでした。しかし火傷を負った後は、最も左右するのは運と考えるようになりました。ただしそれは、運が悪かったせいで火傷を負ったという意味ではありません。以前の私は運が良かっただけなのに、『努力したから今の成功がある』と勘違いしていた未熟者だったという意味です。ああなるほど、私にそう訊くということは、その動画主さんは火傷を負う前の私とか?」「本人に『違う』と怒られるかもしれないけど、個人的にはそう考えている。組織で様々なことを学んだ、今生は特にね」




