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昼行燈化した己を笑い飛ばすべく、気持ちの切り替えを兼ね俺について考えてみよう。
俺は竜族の幼稚園で、肉体の人族は俺だけという状況にいる。先生を務める音楽仲間達は皆、輝力体だからね。ではその状況が心労になっているかというと、自分だけが特別待遇なのだから後ろめたさは当然あっても、「仲間外れのボッチ」と相殺されるため後ろめたさ系の心労はないと言える。ボッチ系の心労は、あるけどさ。
しかしそれでも「自分だけ輝力体」のボッチ系心労と比べたら、無に等しいと断言できる。人は三次元物質界で物質肉体をまとって生きることに慣れているため、肉体を輝力体の上位にどうしても置いてしまうからだ。重病を患っていたり老いに苦しんでいたりしたら、それらから解放される輝力体を上位に置くかもしれないけどさ。
気持ちの切り替えが完了した。昼行燈の己を笑い飛ばし、話を戻すとしよう。
舞ちゃんの問いかけに女組が答え、場の主導権が女組に渡ったことにより、奏が挙手した。「舞お姉ちゃん、割り込んでごめんなさい」「私は終わったよ、遠慮しないで」とのやり取りに痛む胸を隠しつつ、どうしたんだいと奏に問いかける。つらさは多々あっても、奏は己の役目をまっとうした。
「お母さんと鈴ママも、翼お姉ちゃんの怒りを受け止める側になると思います。戦士ではないお母さん達とお父さん達は翔お兄ちゃんの基地に行けないから、受け止めるのは自分達の役目と、はりきってくれるでしょう」
悲しみに俯いた奏を、舞ちゃん達が慰める。そうなのだ、深森霧島両夫妻は俺の基地に来ることがそもそも不可能なのである。おそらく昇と奏の両方が、それを明言するのは実子の自分と予想していたと思う。ただ頭の良い昇のことだから、確率が圧倒的に高いのは奏と理解していたはず。今回の件で最も難しい立場にいる翼さんは女なので女組が議論を主導し、すると女組の一員である鈴姉さんと小鳥姉さんについて言及するのも、女組の一員の奏ということになるからだ。奏、大役をお疲れ様。
余談だが前世の祖国には、言霊の観点から「お疲れ様」の使用を禁止している会社が意外とあった。実際俺も、新入社員研修で教わった「お疲れ様」に強い違和感を覚えたものだ。俺が入社する1~2年前から、急に広まりだした言葉だったのである。発言には波長と創造力が関わるので、言霊は確かに存在する。しかし言霊の数字版の数霊は、存在しない。たとえば「四は死に通じる」と強烈に意識している人と、数霊を混同するのは間違い。「切るという字は七と刀だから7は区切る力を有している」等々、事実無根を広めるのはネガティブゆえ止めることをお勧めする。
話を戻そう。
悲しみに俯いた奏を、舞ちゃん達は慰めていた。だが突如、舞ちゃんは俺に正対する。それは完全な不意打ちだったのに、強烈な予感が脳裏を駆けていった。
『俺は間もなく、己の三十数年越しの罪に気づくことになる』
その未来は舞ちゃんが俺に正対したことで確定し、もう逃れられないことが決定している。ならばこの予感を、備えとして役立てよう。三十数年越しの罪に気づいても取り乱さぬよう、心の手綱をしっかり握っておこう。そう自分に言い聞かせ、そして手綱を握り準備を済ませた俺に、舞ちゃんは背筋を伸ばした。
「竜族に紹介した三曲目の運命に翼だけが参加せず、二曲目のハープにも呼ばなかったと知ったとき、私は翔君を殴ろうとしました。翼だけを参加させないなんて酷すぎる、打開策は幾らでもあるのに翔君はそれをしなかっただけと決めつけたのです。それが一方的な決めつけだったことはすぐ理解しましたが、翼だけを参加させない張本人に私も今回なり、自分が根本的に間違っていたことを知りました。翼だけを参加させない張本人は、心の痛みに堪えねばならない。その痛みに堪えていた翔君を、痛みのない私は殴ろうとした。翔君、私は愚かでした。まことに申し訳ございませんでした」
舞ちゃんが額をテーブルに押し付けた瞬間、己の三十数年越しの罪が眼前に展開した。軽く1千を超えるそれらの罪を、俺は見つめる。心を40に分割し意識速度を加速して、罪の一つ一つを直視しその場面を思い出していく。その作業を終えた俺は、舞ちゃんに顔を上げてもらった。俺の姿を網膜に捉え何かを察したのだろうか、俺を案じる表情に舞ちゃんはなった。俺は首を横に振り背筋を伸ばす。そして、己の罪を口にした。
「13歳で翼さんに出会ってから今この瞬間までの33年間、俺は翼さんにだけあることを無意識にしていた。それは、万全な保身を自分に施してから翼さんについて考えることだった。それを施さずいつもの調子で考えたら、翼さんが俺に抱く想いに俺は負ける。翼さんの願いを叶えることを最優先する自分に、俺はなるんだ。そうならぬよう俺は自分に保身を施し、負ける前に考察を止めてきた。しかも臆病な俺は、負ける境界の遥か手前で考察を止めていた。もう少し踏み込んでいれば翼さんだけを基地に呼ばない今回の件も、翼さんだけを運命の演奏に参加させなかったあの件も、もっと良い選択肢を思い付けていたに違いない。同種の保身を設けない奏と晴と藍が俺を信じてくれているように、翼さんについても皆の信頼を得られるように、俺はなれていたはずなんだ。だが俺はこの33年間、境界の遥か手前で考察を止めることを続けてきた。そんな俺を、舞ちゃんが殴ろうとしたのは正しい。翼さんには卑怯者になる俺を、舞ちゃんは気づいていたんだね。だからどうか、自分を責めないでください。このとおりです」
テーブルに額を押し付けた俺の頭頂に、「今後はどうするの?」という舞ちゃんの声が届いた。




