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「翔が人の女性を大切にする様子は無数に見てきた。それとまったく同じように、私も大切にしてもらっちゃった」
美雪はそう言って、俺の腕に二度目の額グリグリをする。前回よりグリグリの幅が広く、時間も長いことから、上機嫌振りも前回を凌いでいると考えて良いだろう。深呼吸事件時の美雪の胸中を見誤った罪悪感が、ほんの少し目減りした気がした。
深呼吸事件時の美雪の胸中を、「せめて心は肉体を持った人と同じでいたかった」と俺は予想した。だがそれは超絶大外れだった。本人によって明かされたところによると、
『自分がAⅠであることを完全に忘れ、肉体を持つ普通の女として恥ずかしがっていた』
のが真相だったのである。正直言うと、罪悪感で再起不能になりそうだった。自分がAⅠであることを完全に忘れていた10秒弱の美雪を、俺はAⅠとして認識したからだ。こんな超絶大外れをする男に、美雪を好きになる資格があるだろうか? いやないだろ! という問答を、美雪自身が明かした真相を聴いた俺は無限に繰り返したものだった。
それから暫し二人で満天の星空を眺めつつ、とりとめない話をした。でもとうとう、美咲が美雪に連絡をよこしたらしい。「美咲によるとトイレから帰ってこない翔を、奏さん達が心配しだしたみたい」とのことだったのである。
「おかしいな。ここに来る計画を勇に話したんだけど」「勇君は、舞さんとラブラブ真っ最中なんだって」「ぶはっ! なら仕方ないか」「うん、仕方ないね!」
二人で笑い合ったのち、美雪をお姫様抱っこする。ゆっくり歩いてカレンに連れていき「カレン、美雪をお願いね」そう頼んだ。元気にブルンと振動したカレンに、砂浜に降りた美雪と再び笑い合う。そして普段より長くハグし、美雪は車中の人となった。
美雪を見送ってから、幼稚園裏手の川へ向かう。人にとっては裏手奥と表現したくなる場所にある、流れが速く水量の多いこの川が竜族のトイレ。子竜達は水深が浅く流れのゆるやかな手前で用を足し、成竜達は川の中央近くまで行くって寸法だね。草食で超健康な竜族の糞はさほど臭くなく、藻を大量に繁殖させ川を豊かにしているという。だが雑食の人間はそうもいかず、音楽仲間達が肉体でやって来たらトイレ飛行車をやはり借りねばなと、俺は思いを新たにした。
ちなみに竜族の飲料水は、幼稚園すぐ横の崖から流れ出ている湧水。あの湧水はべらぼうに美味しく、人族であれを飲んだのは俺と母さんだけなのが忍びないほどだ。舞ちゃんは美味しい水に目が無いから、いつか飲ませてあげたいな。
などと思いつつ歩いているうち、奏と晴と藍が飛んでやって来た。心配されるのは意外でも、嬉しいことに変わりはない。「優しい妹達を持てて幸せだよ」 そう伝えたところ三人は幼稚園児くらいになり、両肩と頭の上に乗ってきた。分不相応の高身長に恥ずかしさをしばしば覚えていても、こういう時は別。肩を椅子にして子供を乗せてあげるのは、分家巡りでも大人気だからね。子供達にやたら懐かれるこの大きな体に、俺は感謝した。
テーブルに戻ってきた俺に、勇が申し訳なさげに近づいてくる。テレパシーで「マジすまん」「いいって」と交わした後は、二人でバカ話に興じた。この手のバカ話は、野郎同士でないと楽しめない。それを知っている野郎共が、周囲に続々集まって来る。相殺音壁のお陰で竜達に迷惑かけないのをいいことに、バカ達は就寝時間ギリギリまでバカ騒ぎをしてお祭りを締めくくった。
翌朝。
「お兄ちゃんさすが~~!」
美咲が胸に飛び込んできた。美咲は就寝時、美雪と同期している。その上で褒めてくれたのだから、昨夜の出来事を美雪は心底喜んだということなのだろう。そしてそれは、どうも当たっていたらしい。
「お早う美雪」「お早う翔」
挨拶した美雪のニコニコ顔が、いつも以上に輝いているからだね。差し伸べた俺の手を美雪が取る。美咲が頭の上に体を固定させたことを確認し、上空のカレンに飛ぶ。そして三人でカレンに乗り、早朝訓練をすべく基地へ向かった。
その後、隙を見て美咲がこっそり教えてくれたところによると、お祭りの夜の逢引きは美咲以外にバレていないという。美雪は自分の分身を残してカレンに乗り、俺の待つ砂浜にやって来たからだそうだ。またトイレに行ったままの俺を奏達が心配した裏話も、美咲は教えてくれた。美雪が奏達に「翔は心配いらないよ」と伝えても竜達のトイレの方角に奏達がやって来たのは、子供になって肩や頭に乗ることを最初から目的にしていたらしい。名家巡りで子供達がそうしているのを見て、三人で密かに計画していたみたいなのである。改めて振り返ると、晴と藍をあんなふうにあやしたことは奏と比べて格段に少なかった。ということは名家巡りで指導している子供達にも、不満を抱えている子がいるのかもしれない。俺の胸のペンダントにいつもいる美咲にそれを尋ねたところ、「多分いる」とのこと。それ以降は美雪に事情を説明し、美雪を介して各名家のAⅠに協力してもらい、不満を抱えていると予想される子供達の名簿を作っていった。完成後ふと閃き、奏にメールを送る。「保育士の目を持つ奏は、不満を抱える子がいることに気づいてた?」との問いに肯定の返信を受け取った俺は、
「資格は取れずとも保育士の勉強を、俺もしてみようかな」
夏のバカンスでママ先生と交わした言葉を思い出しつつ、そう呟いたのだった。




