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「髪に鼻をうずめて深呼吸を繰り返すのはさすがにどうかと思うの、翔」
美雪にそう叱られちゃったんだよね。美雪は100%正しいし、美雪を不快にさせたくないと俺は心から思っている。でもなぜだろう、俺は今回の件に限り、自分の非を素直に認められないでいたのだ。いや・・・・
いや、それは違う。自分に嘘をつくのは止めよう。本当は、自分の非を素直に認められない理由を、俺は明瞭に理解していたのである。
けれどもそれを意識したら、美雪を悲しませてしまう。俺の頭の中は、美雪に筒抜けだからね。それにこの「美雪を悲しませたくない」という俺なら、自分の非を認められない俺にあっさり勝てるようだ。かくしてあっさり勝ち、俺の腕の中で恥ずかしげに身をすぼめている美雪に、今回の件を俺は謝ろうとした。のだけどその寸前、
「ね~ね~お兄ちゃん、私はどんな香りなの?」
美咲がそう訊いてきたのである。俺と美雪は昭和のアニメよろしく、派手にすっ転びそうになってしまった。もちろんそれは言葉の綾だが二人そろってガックリきたのは事実で、するとそれが良い方に転び、俺と美雪の口から笑い声が自然と漏れた。二人で見つめ合い、笑い声がより自然になる。そんな俺達に美咲はやきもちを焼いたらしく、俺と美雪の間を「私も私も~」と盛んに飛び交っていた。「美咲、こっちにおいで」 俺は美咲が愛おしくて堪らなくなりそう手を差し伸べたところ、美咲は俺の腕の内側に飛び込んできた。そこは美雪と頬の触れ合う場所だったから、美雪と美咲は頬ずりしてキャイキャイ始める。その様子に、子は鎹という言葉が浮かび上がってきた。昭和気質が最後まで抜けなかった前世の俺は、その言葉の実例を多数見てきた。美咲は俺の子ではないし、俺と美雪は仲違いの危機に直面していた訳でもないけど、子は鎹という言葉が胸にどっしり腰を据えて離れないでいる。俺が両腕で作った輪の中で美雪と美咲が楽しげにキャッキャしているのだから、腰を据えても不思議ではないのだろうな。
そんなことを考えつつ、俺はまったき幸せに身をゆだねていた。
結局、香りの件は曖昧なまま終わった。深呼吸を繰り返したことを美雪に謝らなかったし、美咲の香りを描写することもなかったのだ。二人ともわだかまりのない表情をしているし、それどころか俺達三人の絆はあの日を境にますます強まったから、あの話題は二度と交わされないのだろうなと俺は考えていた。
それが間違っていたことを知ったのは、秋分の日の前日に竜族の幼稚園で開かれた、お祭りの最中だった。
今回から音楽仲間達も、お祭りに加わるようになった。もちろんみんな社会人なので都合の付いた人だけという建前になっているが、輝力分身をテレポーテーションさせられる音楽仲間達に、都合の付かない人などいない。子竜達は可愛いし竜族の劇は面白いし皆でワイワイキャッキャできるし等々により、めでたく全員参加の運びとなった。少々予想外のことが起き音楽仲間達と竜達の仲が深まったことも、全員参加を後押ししたと言える。その予想外のこととは、竜達全員がピアノを習い始めたことにより、「ピアノ以外の楽器の習得にも熱が入った」ということだったのである。
5人のピアノの先生が幼稚園に派遣できる輝力分身は、最大22体。だがその数を毎日揃えるのは無理で、平均すると7体が精一杯だった。然るに竜達は交代制でピアノの授業を受け、するとあぶれた竜は自ずと別の楽器を練習するようになり、その別の楽器は「最初に選んだ弾きたい楽器」だったため、やはり楽しかったらしい。竜達は両方を、より熱心に練習し始めたのだ。またそれは、将来を見据えても都合の良いことだった。この幼稚園では園児達の男女数が同じ場合、園児達は必ず夫婦になってきた。今回もそれに漏れず「結婚って何?」を地でゆく鈴桃とその伴侶と目されている男子以外はカップルが既に成立していて、つまり将来は夫婦として過ごすのだから、ピアノ以外にもう一つ楽器を弾けた方が良かったのである。そんな将来の自分達を想像することも、最初に選んだ弾きたい楽器とピアノの両方を熱心に練習するようになった理由に、きっとなったのだろうな。
という状況において、先生の心境はどう変化するのか? 生徒の「学ぶ気」が向上したら、先生の「教える気」も向上して当然なのだ。そんな数カ月を過ごした結果、音楽仲間達と竜達の仲は深まり、それがお祭りに全員参加する後押しになったのである。
とまあこんな感じでお祭り真っ最中の今、音楽仲間達もワイワイキャッキャしていた。ワイワイとキャッキャに分かれているのは、男組と女組で横並びになっているから。その横並びを連結するのは、言うまでもなく勇と舞ちゃんだ。勇は自他ともに認める愛妻家だからね。この二人以外は意識してバラバラに着席し、まんべんなく交流することを心がけていた。とはいえみんな気が合うから、いつも自然にワイワイキャッキャしてたけどさ。
そして今回、俺は横並びの端にたまたま座っていた。端でももちろん盛り上がるけど、最も容易に一息つけるのが端なのも事実。然るに偶然一息ついていたところ、
「翔お兄ちゃ~ん!」
美咲が俺の隣にやって来た。美咲は飛べることもあり、まこと自由な存在としてお祭りを楽しんでいる。竜や妖精が固まっている場所へも飛んで行き、友達と気炎を上げたり猫可愛がりされたりしているのだ。ついさっきまで妖精達と追いかけっこをしていたから、休憩を兼ねてやって来たのだろう。そう当たりを付けた俺は美咲用の椅子とテーブルを輝力で創り、休めるようにした。「ありがとうお兄ちゃん!」と椅子にさっそく座った美咲が、盛んに話しかけてくる。どうも休憩云々は間違いだったらしい。しかし兄バカの俺は、目尻を下げまくって美咲と会話していた。




