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 然るに俺は、相性の良さそうな同性の先輩をその子に紹介した。白状すると女の磨き方は、その先輩(俺にとっては後輩)に丸投げしたのだ。それは仕事にも影響し、上司として俺に出来るのは、優しく見守ることと何かあった時にフォローすることの二つしかなくなっていった。その二つしかないと把握していたのに、健気に頑張るその子を見ていたら限度を超えて大切にしそうになってしまい、自分ではそれを自制できていると認識していたが現実は違った。特に30代前半までは認識の齟齬が酷かったらしく、バレンタインチョコをもらった数が歴代社内一位になった理由はそこにある。後になって知ったのだが独身の俺を周囲が心配し、皆で結託して認識の齟齬を俺に伏せていたらしいんだよね。30代後半になりようやく「犯罪になるから止めろ」と同期の野郎共に諭された時は、立ち直るのにまるまる1カ月かかってしまった。今思い出しても鼓動が速くなるのだから、そうとう傷心したんだな俺。

 30代後半以降は父親的存在になることを心がけ、それが実り40代になったら父親的に慕ってもらえるようになり、職場で「お父さん」と間違えて呼ばれたことも多数あった。その頃になると23歳もしくは24歳の健気に頑張る新人部下は娘のように可愛く思えて、かつ限度を超えず振る舞えるようにもなっていたから危険性はなくなった。俺の部署は部下同士の結婚が多く、元部下の子は寿退社しても連絡を定期的にくれて嬉しかったな。紹介してもらえた子供達も、マジ可愛かったしさ。

 という前世が俺にはあった。その前世中に危険性を除去できたから、美雪と美咲の混合人格の容姿が23歳くらいでも危険性はないはず。なのになぜ、


  ドクドクドク―――ッ!


 心臓が早鐘を打っているのだろう? 混合人格は、瞼を閉じている。閉じているのに、瞼を開けたら美雪を超えるクールビューティーの双眸になるとなぜ俺はわかるのだろう? というようにハテナマークを頭上に二つ浮かべながらも、その時はまだ冷静さを保てていた。けれどもそれは唐突に終わった。瞼を開けた混合人格が俺に目を向けるや、


  ドクン!!


 心臓が痛いほど跳ねたのだ。でも、まだ自分を制御できた。心臓を押さえたがる手を膝の上に置き続けられたし、胸の痛みを誤魔化し混合人格に笑いかけることも出来たからだ。が、混合人格が眼差しと口角だけで俺に微笑みかけたのは無理だった。美雪を凌駕するクールビューティーが優しい眼差しと柔和な口元になったギャップは、


「クッッ!!!」


 制御不可能な衝撃を俺にもたらしたのである。俺は目を固く閉じ胸を両手で抑え体をくの字にして、巨大すぎる衝撃に耐えていた。

 暫くすると、パタパタパタという羽ばたきの音が眼前から聞こえてきた。その音に案じる気持ちが溢れていることに気づいた俺は、女性をこれほど心配させてしまった自分を叱った。それを境に、衝撃が急速に和らいでいく。和らいだのなら、速やかに女性を安心させるべし。その決意のもと、俺は瞼を開け顔を上げた。のだけど、


「・・・・」


 混合人格の容姿のドストライク振りに、ポカンと惚けてしまったのである。

 混合人格の顔は、美雪をお姉さんにした感じ。この「お姉さん」は髪と服装にも適用され、髪は美雪や美咲のロングより長いスーパーロング、服は役職の一つ高い秘書官服になっていた。スーパーロングも秘書官服も、大人の女性の艶やかさに満ちていて眩暈がしそうだ。美雪と初めて出会ったとき、美雪は優しくて奇麗なお姉さんだった。その美雪を好きになったからだろう、容姿年齢が等しくなった今も俺は美雪にお姉さんを感じることが稀にある。すると俺の心も昔に戻り美雪への恋心が初々しくなるという嬉しいような恥ずかしいような現象に見舞われ、密かに困るのが常だった。では、そのお姉さん要素のみを抽出しお姉さんの完全体にしたとしか思えない混合人格を目の当たりにした俺の心はどうなっているかと言うと、


「失礼、あまりの美しさに見とれてしまいました。初めましてではないかもしれませんが、初めまして。空翔です」


 黒歴史筆頭になること間違いない状態になっていたのである。具体的には、合コンで運命の女性に巡り合った結婚適齢期男の心理状態、といったところだろう。合コン未経験なのにそうなったことも含め、素面しらふに戻った俺はこの黒歴史に果たして耐えられるのか? 耐えられないこと必至でも、結婚適齢期男特有の痛々しい自信が今この瞬間限定でそれを跳ねのけていた。またそれは、今この瞬間限定で正しかったらしい。


「おそらく、初めましてだと思います。名を名乗れないことを、お許しください」


 しっとりした声に心を射抜かれるも、己の痛々しさへの自覚が心を射抜かれた動揺を中和したのである。根拠のない自信は毒の如く、使いようによっては薬になるのだろうな。

 幸いその後も毒は薬として働き、俺は会話を広げることに徹した。その過程で俺の思慮不足により「お許しください」の発言が出たことを明瞭にし、かつそれを軽やかに流して「おそらく」を話題の主軸にしたのだから、俺は自分を褒めてよいはず。未熟者の根拠のない自信を原動力にし、俺は「おそらく」を紐解いていく。


「混合人格は、二つの前世を覚えている生まれ変わりのようなものと、あなたは感じているのですね」「はい、そうです。美雪だった前世と美咲だった前世が、私の中にある。この表現が最も腑に落ちます」「あなたが誕生したのは今ではなく、眠りと意識の活性を繰り返してきた。睡眠中は美雪や美咲として過ごし、活性中は二つの前世を記憶したまま美雪と美咲の生活を振り返っていた。それが、今の人格を形成した。これで合っていますか?」「はい、合っています。美雪と美咲の翔さんへの信頼が、今は手に取るように解ります。美雪の恋心と美咲のお兄ちゃん好きは、内緒にしますね」「ははは、一本取られました」

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