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あとただの思い付きかもしれないけど、美雪にとっての美咲が冴子ちゃんにも現れるということはないだろうか? 俺の残念脳味噌でシミュレーションしたところ、利点しかないんだよね。もっともそれは、残念脳味噌ゆえの試算の可能性が高いけどさ。
そうこうするうち、散山脈諸島を再び訪れる時間になった。カレンを見送る母さんに、美咲が盛んに手を振っている。こういう場面で美咲がいてくれるようになったのは、ありがたいの一言に尽きる。年齢や性別が枷となり俺には不可能になったド直球の感情表現を、美咲が代わりにしてくれるからだ。子供の特権の感情表現をする美咲に感謝しつつ母さんに会釈し、俺は散山脈諸島へ向かった。
飛行車で移動する俺達と異なり分身をテレポーテーションさせるからだろう、音楽仲間達の幾人かはたいてい俺達より早く散山脈諸島に到着している。今日も例に漏れず、既に5人が幼稚園に来て活動していた。勇、翼さん、奏、晴、藍がその5人だね。この全員に共通するのは、ピアノを弾けること。また1人を除いた勇、奏、晴、藍の4人にも共通点はあり、それは翼さんにピアノを習っていることだ。回りくどくなったが端的に言うと、竜達のピアノの先生はこの5人が務めることになっていたのである。
ただその中には、ピアノの先生になることを躊躇っていた仲間が1人いた。お祭り男と呼ぶべき陽気な勇が、その1人だね。正直意外だったが理由を尋ねたところ、全ての男組が心から同意したものだ。ではその理由は何かというと、
「小さな子供達にとっては、美人で優しい女の先生の方がよくね?」
だったのである。実を言うと勇が小さな子供の導き役を務めたのは、打楽器の先生が初めて。戦士養成学校の生徒は、小さな子供とは言えないからね。打楽器の先生は、生徒が勇と同種の陽気な男子だったため最初から乗り気だったし、マリンバの先生は勇のマリンバ技術に子竜達が憧れたこともあり終始順調だった。けどこの「マリンバを教えるに相応しい先生になれたのは子供達が憧れる技術を持っていたから」という経験が、ピアノでは仇になったのだから宇宙は分からない。子竜達がピアノをこぞって習いたがるのは翼さんの神業に惚れたからであり、そして神業に惚れたのは勇も同じだったため、自分はピアノの先生に相応しくないと勇は思ってしまったのである。しかも自分以外は美人で優しい女の先生とくれば、男としては同意するしかない。ちびっこ男子にとって美人で優しい女の先生は、女神様のような存在だからさ。
ちなみにピアノ奏者としての自分の技術に自信を持てないのは、奏と晴と藍も変わらなかった。だが奏は保育士として子供に慣れ、晴と藍は母親として子供に慣れていたので躊躇や後ろ向きとは無縁だったという。管楽器の先生も務める3人は、実際メチャクチャ慕われているしね。もちろん慕われているのは、勇も同様だけどさ。
という訳で勇はピアノの先生になることを躊躇い、男組はさもありなん的な気持ちを抱いていた。ただここが勇の凄いところなのだけど、ピアノの先生5人の分身上限が合計22なことを知るや勇は腹をくくった。自分が先生になれば、ピアノの授業を受ける全員に分身を割り当てられる。ならばするしかないと、迷いを捨てたんだね。俺ら男組は、勇を英雄のように称えたものだ。一方女組は「心配なんてしなくていいのに回りくどいなあ」系の苦笑を、一貫して浮かべていたな。そりゃそうだろうけど時として男は、この上なく繊細でデリケートになってしまう生き物なのですよ女組さん。
話を戻そう。
ピアノの授業を受けるのは、子竜20頭と山風夫妻と園長夫妻。元頭夫妻等のすべての成竜がピアノの授業を希望しているけど、お手玉とあやとりと粘土細工に合格していないから生徒になる資格をまだ獲得していないのである。成竜は譲歩し笛とマリンバの履修を不要としたのだから、頑張ってください。
俺と美雪と美咲が幼稚園に到着したとき、5人のピアノの先生は合計22体に分身し、ピアノを準備する24頭の生徒達を見守っていた。山風夫妻には勇が、園長夫妻には翼さんが付き、今日は試しに勇と翼さんのピアノを提供し夫妻の両方に弾いてもらうことになっていた。実際に授業してみて夫婦のそれぞれにピアノが必須かつ成竜用の20台のピアノでは足りない場合は、必要な台数を追加製造することになっている。成竜達は追加させないことを目標に自分達を割り振ると思われるが、そこは俺達が骨を折るべきこと。成竜達も子竜達に骨を折ってあげているのだから、俺達もそれに倣わないとね。
そうこうするうち授業が始まった。24頭は例外なく瞳を輝かせ、ピアノの基礎の基礎に励んでいる。その様子を眺めつつ、俺は胸中呟いた。「竜族が自分達の体格に合った楽器を自ら創るようにならない限り、ピアノ以外は忘れ去られる可能性が高いな」と。
子竜達は俺達よりまだ小さいから、バイオリンやフルートを奏でていても違和感はない。だが体高6メートルの成竜になったら、たとえ輝力の腕や唇を使おうと違和感は否めない。視覚的な問題のみならず要である音量と音質的にも、成竜はオーケストラを諦めるしかなくなるだろう。コントラバス並のバイオリンを輝力で創れるようにならない限り、ピアノ以外の地球の楽器は消える運命にあると俺は密かに予想していた。
それもあり、ピアノの希望者全員にピアノを割り振れるよう、合計40台のピアノを用意した。40台すべてがフルコンサートグランドピアノという、地球なら世界屈指の音楽学校でも難しい充実度にした理由の一つは、ピアノ以外は消えるかもしれないからに他ならない。という理由があるにせよ無料、調律不要、経年劣化もしないとくれば、音楽学校の運営者さんに「チートにも程がある!」と怒られそうだけどさ。
それは脇に置き、男組に称えられ女組に苦笑された勇の先生振りはどうなっているかというと、「女組が正しかった」の一言に尽きるのが正直なところだ。勇は人柄と演奏技術の両方に優れているのだから、まさしく「心配なんてしなくていいのに回りくどいな」だったのである。えっとあの、男はアホですみませんでした!
かくして勇を案じる必要はなくなった。人柄と演奏技術の両方に優れているのは他の4人も同様ゆえ、みんな素晴らしい授業をしている。今日ここに来ない予定の音楽仲間達にその旨をメールで伝えてから、お手玉とあやとりと粘土細工に全身全霊で挑む成竜達の方へ、俺は足を向けたのだった。




