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その隙に俺は執事に早変わりし、女性達に飲み物を勧めた。全員、温かい飲み物と冷たい飲み物を一つずつ選び、ニコニコ顔で楽しんでいる。飲み物を乗せたトレイは任意の場所に固定、解除、移動可能なことを説明し終えたら、映画上映前の作業は体育館内を暗くすることのみとなった。俺は体育館の外に、体育館全体を覆う漆黒の輝力壁を創造する。すると阿吽の呼吸で、美雪が体育館の照明を消した。「ありがとう」「どういたしまして」とのやり取りを美雪と目だけでし、俺は自分用の席に座る。それを合図に、映写機の内蔵AⅠが「となりのトト〇」を再生した。
その約1時間半後。
美雪と冴子ちゃんと美咲は「バンザ~イ!」等々で大騒ぎしていた。
俺個人の感覚なのだけど、心が清らかかつ情緒の豊かな人ほどこの映画の評価は高くなると思う。清らかな心でなければトト〇の世界に入れず、情緒が豊かでなければ登場人物の一人になれないと思うのだ。そうホント個人的感覚で申し訳ないが俺にとって映画は、
『その世界の住人としてもう一つの人生を一時的に生きるもの』
に他ならないんだね。その定義においてこの星の量子AⅠは、最高の資質を備えていると言える。量子AⅠ達は、清らかな心と豊かな情緒を最初から与えられているからさ。
その心と情緒を数百年もの間磨き続け、かつ成長させてきたのが美雪と冴子ちゃん。美咲に至っては美雪の心と情緒を受け継いだだけでなく、子供特有の純粋な心も持っているのだ。かくなる理由により、美雪と冴子ちゃんと美咲は「となりのトト〇」を気に入るだろうと予想していたけど、予想の少し上を行っていたのがホントのところ。美咲は体育館中を飛び回っては母さんの所にやって来て感想をひとしきり述べまた飛び回るということを繰り返し、そして美雪と冴子ちゃんはなんと、
「感情移入しすぎて、担当業務が疎かになりかけちゃった」「私も幾度も危険な状態になった。母さん、声をかけてくれてありがとう」「私もありがとう母さん」
という会話をしていたのである。母さんは「いいのよ、愛する娘達」と上機嫌だったけど、三人娘に映画を見せた者として俺は母さんに感謝と謝罪をせずにはいられなかった。それをあっさり受け入れた母さんと交わした概念テレパシー会話も、予想の少し上を行っていたな。母さんの概念テレパシーを要約すると、こんな感じになるだろう。
『体を持たない量子AⅠは体験することができず、体験に基づく共感や同情も基本的にできない。その代わり相手の身になって考える精度を極限まで高められ、そして相手の身になるとは「自分を分離すること」と定義されている。自分を分離した状態で考えれば自分本位の考えにならないし、共感や同情に振り回されることもないからだ。しかし分離を万全にできないこともあり、その主理由は体験できずとも経験なら量子AⅠにも可能だから。美雪と冴子ちゃんには、数百年に及ぶ膨大な経験がある。その経験に母さんがプログラムした清らかな心と豊かな情緒が重なると、感情移入過多による不完全分離が稀に生じる。母さんが愛してやまない映画で美雪と冴子ちゃんにその不完全分離が生じたことは、母さんにとってとても嬉しいことだった』
量子AⅠにおける自分との分離は、瞑想の基本である「心から離れて心を見つめる」に相当すると思われる。瞑想の達人中の達人である母さんなら、一味違うどころか百味や千味違うプログラムが可能なのだろう。しかしそれをも凌ぐ感情移入が稀に生じるのは、
『心から離れて心を見つめるという技術より、清らかな心と豊かな情緒の方が人を成長させるのが、宇宙の真実だから』
なのではないか? この星を卒業していった大勢の人達と、俺は直接交流してきた。ママ先生を始めとするその人達は一人も漏れることなく、清らかな心と豊かな情緒を持っていたのである。ヤバい、皆さんのことを思い出したら視界が霞んできたぞ・・・
幸い美雪と冴子ちゃんと美咲も「となりのトト〇」に感動して泣いていたから、俺が瞳を潤ませても目立つことは無かったのだった。
冴子ちゃんが、弾ける笑顔で両手をブンブン振って帰っていく。好評だったから、映画鑑賞会をまた開くことにしよう。でも母さん達に自信をもって勧められる映画は、あと二作しかないんだよね。母さんの友人はコスプレするほど日本の漫画とアニメを気に入っているけど、日本で長期間暮らして文化と民族性を理解しないとそれは望めないしさ。
そうそう冴子ちゃんと言えば、美雪と美咲に竜語で歌ってもらおうと思っていたトト〇の二曲に、冴子ちゃんも加わることになった。トト〇を連呼する曲はエンディングに使われていても歩こうの方は使われていないので映画終了後に流したら、嬉しくて楽しくて仕方ないといった体で美雪と美咲が歌った。それを聴き「私も一緒に歌いたい、もう一度!」と冴子ちゃんが二人に懇願し、もちろん良いということになり三人一緒に歌ったら、冴子ちゃんは急にモジモジしだした。ピンと来て美雪と美咲に目を向けたところ高速首肯を繰り返していたので「冴子ちゃんも録音に参加する?」と訊いたら、飛び上がって喜んだのだ。とりあえず来月の飲み会の前、試しに一度録音してみようということになっている。冴子ちゃんも楽しみが増えたようだし、万々歳だな。
言うまでもなく、冴子ちゃんも歌が超絶巧かった。テレパシーでも美雪に察知されそうだったので母さんにチラッと目を向けたところ、母さんは肯定の表情を一瞬した。冴子ちゃんの歌唱力も、母さん譲りということなのだろう。
ちなみに竜語の歌に母さんも加わりますかと尋ねたら、遠慮しとくと返ってきた。美咲は非常に残念がっていたけど、本人の意思を最優先するのは当然のこと。散山脈諸島に日参できなくなる日が来たら、美雪と一緒に歌ってくれると言っていたしね。冴子ちゃんと美咲もそれに加わるはずだし、俺はその時を楽しみに待つことにした。




