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その祈りを、そうそうに叶えてもらえたのだろうか? 準備万端整えた鈴桃に語りかけるべき言葉を、俺は無意識に語りかけていた。
「鈴桃、翼さんから聞いているよ。ピアノがなくても出来るピアノの練習を、休暇中にしていたんだよね」「はい、私なりに頑張りました」「うん、努力を続ける鈴桃が目に浮かぶようだよ。さあ鈴桃、目を閉じて指先を鍵盤に触れさせてごらん」
鈴桃は言われたとおりにした。するとその後の様子が、俺の脳裏に映し出された。よし、鈴桃が喜ぶ未来しかない。俺は鈴桃に目を開けさせ、故郷でした事をそのまましてみるよう促す。「はい!」と元気よく答え、鈴桃は左右の腕と十指を滑らかに動かした。
歌を愛し、歌の歌詞で社会を学び継承していく竜族は、いったい何曲の歌を暗記しているのか? 園長夫妻によると、100歳で500曲に上るという。鈴桃はまだ6歳だが幼少期の方が暗記しやすいため、既に100曲近くを覚えているそうだ。その中から一曲選び、高音パートと低音パートを楽譜にし、それに沿って右手と左手を動かしていく。ということを、ピアノがなくても出来るピアノの練習として翼さんは鈴桃にさせた。鈴桃はそれを熱心に行い、その姿に翼さんは「これ以上させたら過剰になる」と判断したほどだったのだ。実際に指を動かすため、最初に選んだ曲は右手と左手が重なってしまい途中で断念したらしい。よって次は重ならない曲を選び、それは故郷の成竜達が男女に分かれ、子竜達は女組に混ざって、お祭りの日に全員で歌う歌だった。その歌を鈴桃は今、ピアノで弾いたのである。それは技法も何もない、音階とリズムの二つのみを正確になぞっていくだけの演奏だった。しかしそれでも、演奏は竜達の心を鷲掴みにした。夏季休暇の丁度真ん中、夏至のお祭りで老いも若きも一緒になって歌う、国歌のような曲だからね。そのピアノ演奏を聴いた竜達は例外なく涙を流し、そして歌の一番の終了間際、俺は鈴桃に「二番も弾ける?」とテレパシーで尋ねてみた。鈴桃の肯定のテレパシーが元気よく届いた。鈴桃のピアノを聴くすべての竜達へ、俺は概念テレパシーを送る。
「みなさん、鈴桃は二番も弾けるそうです。皆で二番を歌いましょう!」
竜達の喜びようといったらなかった。みんな体全体を使って歌い、特に元頭夫妻達の歌は群を抜いていた。元頭夫妻達はいつも陽気におどけているけど、高齢のため故郷に二度と帰らぬ覚悟をしてこの島に来ている。伴侶と仲間達と愛らしい子竜達に囲まれ楽しそうにしていても、故郷のお祭りに参加することは、もう二度と無いのだ。
なのに今日、思いがけずお祭りの歌を歌った。しかも、竜族のピアノ奏者が伴奏するという竜族史上初めての出来事の、一員として歌えた。そう元頭夫妻達は、竜族の歴史に名を刻んだのである。それを喜び合う様子はまこと涙を誘い、そこまでは良いこと尽くしだったのだけど、そこからがいけなかった。「思い残すことは何もない」系の、お年寄り特有の空気になってしまったんだね。ちょっと待ってください、子竜達が飛行能力を再獲得する場面に立ち会うべくここにいるんですよね! なんて感じに元頭夫妻達に発破をかける役を俺が引き受けざるを得なくなるまさにその直前、
シュワ~~ン
光り輝く白光を縦に割り、母さんが皆の前に現れた。一斉にひれ伏そうとする竜達に、「そのままでいてください」と母さんは優しく告げる。その途端その言葉を最優先することに竜達は全力を注いだのだから、まったくもって母さんは無二の存在なのだ。などと胸中呟くマザコン息子を無視し、母さんは元頭夫妻達に語りかけた。
「お手玉やあやとりという、新しいことに挑戦するあなた達の姿を、私は微笑ましく見守っていました。さあでは母を信じ、目を閉じ心に思い描いてみてください。お手玉やあやとりを故郷の子竜達に披露し、故郷のお祭りの歌にピアノで伴奏する、自分の姿を」
瞑目した元頭夫妻達の顔が、パッと輝いた。母さんは頷き、目を開けるよう呼びかける。そして鈴桃の傍らに立ち、元頭夫妻達に約束した。
「飛行能力を再獲得した鈴桃達を見届け、ピアノの伴奏を務められるようになったら、希望者を私が故郷に連れて行きます。心に思い描いた光景を現実にするよう、元頭夫妻達が一日一日を大切に生きることを望みます」
母さんは皆に微笑み、鈴桃の頭を「たいへん良くできました」と撫でて、元の次元に戻って行った。元頭夫妻達は地に伏して母さんにお礼を述べたのち、お手玉やあやとりの練習を目の色を変えてし始める。つい数十秒前の「思い残すことは何もない」とは真逆になった元頭夫妻達に、俺は無限の感謝と敬意を母さんに捧げたのだった。
元頭夫妻達はお手玉等の練習を始めちゃったけど、まあいいかという事になり、防風防音小屋に空気穴を設ける方法を俺は鈴桃に説明した。さすがと言おうか、鈴桃はそれを一発で具現化してみせた。鈴桃を猫かわいがりしたい自分を、俺は多大な労力を割いて思い留まらせねばならなかった。
山風と鈴桃が指輪とペンダントを楽器保管庫に戻すのを見届け、俺と美雪と美咲は一時的に幼稚園を離れた。音楽仲間達がやって来る時間まで、基地に帰ったんだね。竜達は残念がったけど、指輪とペンダントを入れている窪みの配分や、ピアノの練習時間の捻出や、防風防音小屋の設置場所等々、竜達自身で決めねばならぬことが複数ある。俺がいたら自主性を損なう迷惑者になってしまうので、俺は泣く泣く幼稚園を後にした。




