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肉体の指と異なり、輝力製の指は太さを自在に変えられる。よって俺に遠慮し指の太さを変えてしまう竜が出ぬよう、今一度俺は念押しした。その点、山風が成竜の代表になったのは幸運だった。友情を育んできた山風なら、俺の真意を正確に汲んでくれるからさ。
山風は俺に頷き、次いで成竜達に体を向け「暫定的に左下の窪みを使います」と断り、楽器保管庫に足を踏み入れた。竜社会の序列に俺は不案内だから上手くやってね、と心の中で山風に頼んでいるうち山風が出てきた。「薬指にピッタリでした」とまず俺に告げ、続いて皆に右の掌をゆっくり見せていく。瞳を輝かせる竜達の姿に、どうかこれが装飾品文化の始まりになりませんようにと、俺は冷や汗を流していた。
次いで鈴桃が楽器保管庫に入り、親指に指輪をして出てきた。今後を見据え、子竜達の指輪は少し大きめに創っていたんだね。山風に倣い、鈴桃も自分の右掌を見せていく。双眸を蘭々と輝かせる子竜達に、装飾品文化云々を胸中伏して頼んだ俺だった。
気を取り直し、説明を続ける。
「ペンダントを嵌める前のピアノに、重さはありません。よって強風の日にピアノを取り出したら、風に吹かれて飛んで行ってしまうでしょう。ですから防音も兼ね、輝力製の小屋を創造し、その中でピアノを取り出してください。小屋は、こんな感じです」
小屋といっても、山風の体高は6メートルもある。竜族が独自にピアノを造るようになったら巨大なピアノになるのだろうなとワクワクしつつ、山風用の小屋を輝力で創った。日本なら幼稚園の体育館として運用できる輝力製のその小屋は、風下の壁が取り払われている。このサイズの建物を瞬時に創造し維持できる竜は、今のところ鈴桃しかいない。しばらくは俺の分身を幼稚園に常駐させ、小屋を毎日創ることになっていた。
山風が俺に礼を言い、小屋に入る。「見えやすいよう変更」と告げ、風上以外の壁を一時的に排除した。今は西風ゆえ、北側と南側に竜達が素早く移動する。みんな、ピアノを早く見たくて仕方ないのだろう。俺は説明を再開した。
「土の上にピアノを置くと、ピアノは土に沈んでしまいます。幅2メートル、奥行き3メートルの輝力板を地面に設置してください。山風さん、頼んでいいですか?」
もちろんですと答え、山風が輝力板を設置する。これはすべての竜に可能だからだろう、南北に群がる竜達に安堵の気配が生じた。
「では、ピアノを取り出しましょう。指輪に左手をかざし、『ピアノよ』と語り掛けてください。ピアノには意識がありますから、愛情と感謝を忘れないでくださいね。そうすればピアノは最も適切な場所に、自ら出現してくれるでしょう」
土地神の筆頭代理を務める竜族にとって、万物に愛情と感謝を抱くのは至極普通のこと。よってそれは慣れていても、山風は緊張を隠せないようだった。だが、さすがは次期長。深呼吸して緊張を払い、落ち着いた声で「ピアノよ」と語り掛けた。煌めく白光を纏い、フルコンサートグランドピアノが出現する。ちょっとした演出のこの光は、竜族用の40台のピアノ達に限りいとも容易く付与できたんだよね。なんか運命を感じるな!
竜族用のピアノが出現するや、大きな拍手と歓声が上がった。翼さんの神業の演奏を聴いた竜達は、どうやらピアノに恋をしたらしい。良きかな良きかなと首肯しつつ、反重力ペンダントを嵌める穴を俺は指さす。山風がペンダントを鎖から外し、譜面台を置く場所の中央に設けられた穴にセットした。ペンダントを鎖から外すには、相応の器用さが必要になる。子竜は問題ないが、成竜で出来るのは半数未満だろう。みんな、頑張ってね。
ペンダントを穴にセットし、そして指輪を触れさせ「起動」と語り掛ければ、ペンダントはピアノを自動的に500キロの重さにする。起動中は小さなライトが点灯するけど、油断は禁物。鍵盤蓋を慎重に持ち上げて重さを感じれば、起動しているということだ。ライトの点灯の確認と鍵盤蓋の重さの確認を徹底するよう、俺は皆に頼んだ。
かくして山風は二つの確認を終えた。ならば、準備は完了したということ。「山風さん、鍵盤を弾いてみてください」 そう促したところ、山風は身を硬くした。そりゃそうだ、との同意を顔に出さず俺は静かに待つ。竜達が固唾をのみ山風を見つめている。山風は事前に、そう決めていたのだろう。ピアノに両手を合わせ「よろしく」とフレンドリーに告げ、山風は440ヘルツの「ラ」の鍵盤に右手の中指の先端を添える。次いでそこから離し、鍵盤を軽快に弾いた。
ラ~~
胸のすく音が幼稚園の敷地に広がってゆく。竜族史上初めて竜によって奏でられたピアノの音に、盛大な拍手と歓声が上ったのだった。
その後、ピアノの収納作業を山風にしてもらった。名残惜しそうな、それでいて安堵したような顔を山風はしている。ピアノの先生を務める翼さんにまだ教えてもらっていないのだから、先生に筋を通すなら安堵の表情になるのが大人というもの。と同時に名残惜しくもあるのが見え見えの山風に、俺は好感を抱かずにいられなかった。
ちなみに今回は省いたが、本当はピアノの準備が整ったら、風下にも壁を設けることにしていた。輝力製の小屋は防風のみならず、防音のための小屋でもあるからだ。とはいえ空気穴は不可欠なため、それについては鈴桃の時に説明することにしていた。
という訳で次は鈴桃に、ピアノの準備方法を説明していった。手順を完璧に覚えている鈴桃には不要な時間なのだけど、手順を二度見て説明を二度聴かねば覚えられない者達のため、印象に残りやすい所作で鈴桃は準備を進めていった。そうなんと鈴桃は阿吽の呼吸で、俺の助手を務めてくれたのである。賢さも優しさも抜きん出ている鈴桃がどうか報われますようにと、俺は心の中でそればかりを祈っていた。




