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「家に帰りたくない。幼稚園で翼先生にピアノを教わりたい~」
と鈴桃が泣いたことだ。園長によると最終学年近くの12歳や13歳になり、将来を誓い合った相手ができると「離れたくない~帰りたくない~」と駄々をこねる子竜が100年に数頭いるそうだが、鈴桃は6歳。しかも「先生にもっと教わりたい」という理由は、記録がないから明言できないだけでほぼ間違いなく前代未聞とのことだったのである。宇宙のありとあらゆる事象に共通しているのは、最初は難しいということ。恋愛がらみで帰省したくないと駄々をこねる子竜への対応は確立していても、鈴桃の例は未だかつて無い。また園長は決して口にしないはずだが、翼さんなら鈴桃の願いを、形を少し変えれば叶えられるのである。それ以外にもこの件の難しさは多々あるため整理すると、こんな感じになるだろう。
[1] 駄々をこねようと、鈴桃の帰省は覆らない
[2] だが鈴桃の叱り方を誤れば、翼さんは鈴桃の味方になるかもしれない。
[3] 味方になった翼さんは、「意識分割による輝力分身をテレポートさせ帰省中の鈴桃にピアノを教える」という選択をするかもしれない。
[4] 駄々をこねたことが実りそうなるのは、園児を預かる園長として絶対に避けねばならない。しかしそれ以上に避けねばならぬのは、「鈴桃の叱り方が下手だったせいで翼さんがその選択をすること」だ。したがって園長は鈴桃を上手に叱らねばならぬが今回の件は前例がなく、しかも園長は「翼さんの人となりを知らない」のである。更に加えて「それら一切合切を理解していても鈴桃は、帰りたくないと駄々をこねずにいられない心理状態にいる」ということ。そこまで追い詰められている鈴桃を決して傷つけてはならぬという責任も、園長は背負っているのだ。
ヤバいこれ、難しすぎるんですけど!
と頭を抱えた俺は、凡人のダメ先生なのだとつくづく思い知らされた。
それに引き換え翼さんは正真正銘の超人、かつ超絶優れた保育士だった。翼さんは駄々をこねる鈴桃を抱きしめ、愛するピアノを鈴桃も愛してくれて嬉しいことと、鈴桃に慕われて嬉しいことの二つを伝えた。すると、鈴桃の泣き方が変わった。我儘を言ってごめんなさいと、大泣きしたのだ。翼さんは叱ることも諭すこともせず、気持ちを素直に伝えただけなのに、鈴桃は自らの我儘を認めて謝罪したのである。
もちろんこれは、相手が鈴桃だからこその結末といえる。翼さんが超人なように、鈴桃も超竜だからさ。昨夜が初対面だろうと、鈴桃は既に理解しているのだろう。翼さんは、人族における自分なのだと。
う~むそうなると、輝力分身によるピアノの授業を帰省中にさせてあげたいとも俺は思ってしまう。超人を凡人の常識で縛るのは、間違いだからだ。それに約40年前、俺は3歳の奏の夢を訪れ、奏を教えたことがある。なのに「俺は良いけど翼さんはダメ」なんて、とてもじゃないが言えない。逆はアリだけどさ。
唯一の救いは、今すぐ決めなくていいという事。鈴桃が駄々をこね続けていたら「性格形成に悪影響ゆえ長期休暇中のいかなる授業も禁じる」と直ちに決めねばならなかったが、それを免れた。鈴桃が率先して反省し、謝罪したからだ。という訳でこの件は、翼さんに任せるのが最善と俺は結論した。例えば帰省中の鈴桃を翼さんが定期的に見に行き、保育士の経験から授業は有用と判断したら、俺もそれを支持するといった具合だね。もちろん相談されたら、協力を惜しまないけどさ。
などとウジウジ考えているうちに、子竜達との別れの挨拶が済んだ。浜に残る俺らに子竜達が振り返り、手を振り振り泳ぎ去っていく。振り返って手を振るその頻度が、いつもより多いと気づいただけで視界が霞んでしまう、涙もろいダメ先生な俺だった。
その日の夜、鈴桃やその他について話し合うべく翼さんの夢を訪れた。翼さんが用意してくれたのは、俺の大好きな日本の里山。それへの感謝も加えた挨拶をして縁側に並んで座り、さあ話し合いを始めようとしたところ、
「私は人族の鈴桃なのですね」
翼さんに先手を取られてしまった。人類最高の戦闘センスを誇る翼さんに不意打ちで先手を取られたら、降参するしかない。俺は贖罪を兼ね全面降伏し、鈴桃及び竜族について可能な限り明かしていった。贖罪は、竜族について明かすのは翼さんが最後だから。他の音楽仲間は、子竜達の先生になった時点で縁が生まれたと判断し、話を済ませていたのである。みんな組織のメンバーだからそれを翼さんに伏せ、翼さんも組織のメンバーだから皆に訊かず、半年以上の月日が経過していた。その贖罪を、俺はしたのだ。
竜族にまつわるどの逸話にも、翼さんは多大な関心を示した。特に「竜族は創造主が用意した人類絶滅後の人類」には瞠目していた。また個人的推測として、この星の先行人類が竜族に飛行能力を再獲得させていたらこの星を去らなかったのではないかと話したところ、思いがけずあっさり同意された。少なからず驚いた俺に「自己評価の低さが欠点になってしまっていますよ」と、翼さんはお叱りモードになった。
「翔さんは竜族に『飛行能力だけ』を再獲得させようとしていますか?」「いや、そんなことない。輝力工芸スキルとか音楽とか、あと組織で習った真理とかも竜族に教えている。そのせいで飛行能力再獲得が、遅れているほどだよ」「輝力工芸スキルに関しては、創造主から直々に頼まれたんですよね。組織の真理も創造主に託された生徒として竜族を捉え、今はそれが妖精族にも広がっているんですよね」「えっと、はい。まったくそのとおりです」「竜族が飛行能力を失ったのは、不幸でした。しかし再獲得の過程で偉大な技術と知識を得たため、長い目で見たら幸福でした。それは、竜族全体へのポジティブな働きかけです。その報いを、人族全体が受けても不思議はありません。先行人類全体が受けた報いとして『この星を去ることを回避した』というのは、十分あり得ると私は思います」




