230
命を宿す本物の自然
に眼前の景色はなった。空気、水、火の水を俺が用意し、翼さんがそこに火を加えたため、創造がなされたのである。という仕組が口を突く直前、母さんのテレパシーが届いた。「今は翼にピアノを弾かせてあげて。それと翼には、改変したことを伏せてね」 それに従い、改変の件を俺は翼さんに伝えていない。ただ納得できなかったので、理由を教えてくださいと食い下がったことがある。母さんは珍しく「あれは夫婦による創造だったと、翼には気づかせたくないの」と答えてくれた。その言葉が蘇るたび、寿命が縮みそうになる。俺はそれを、考えなしの俺が一人で引き受けるべき罰と考えている。
俺のことなどどうでもいいので話を戻そう。
ドビュッシーのアラベスク第1番は4分半ほどの曲だけど、今回は三部構成の第一部にあたる1分半だけを演奏した。それでも聴衆の衝撃は、凄まじかったらしい。口をポカンと開けて曲を聴いていた竜族と妖精族は曲が終わり、翼さんが立ち上がり腰を折っても、口をポカンと開け続けるのみだったのだ。聴衆のこの状態は、聴く耳を持っているが故のことと個人的には思う。前回のベートーベンの運命を「理知の極みの曲」とするなら、今回のドビュッシーのアラベスク1番は「感性の極みの曲」と、俺は考えているからね。
また聴衆のこの状態は、バカと天才は紙一重を言い換えた「両極端は表面上似ている」の好例とも言える。衝撃が強すぎ口をポカンと開けることしかできない状態と、何も感じず反応を一切しない状態は、表面上似ているからさ。
とはいえ、神がかった演奏をした翼さんを放っておいたら、冗談抜きで天罰が下る。「お天道様が見ている」に代表される価値観を失うどころか嘲笑するようになった大多数の日本人には意味不明だろうが非常に大切なことなので繰り返すが、冗談抜きで天罰が下ってしまう。白化組織の一員としてその仕組みを理解している音楽仲間達は、聴衆にお辞儀し上体を元に戻した翼さんへ、惜しみない拍手を捧げた。するとほんの一瞬遅れて、
パチパチパチ~~
鈴桃がピョンピョン飛び跳ねつつ拍手を始めた。実を言うと鈴桃は口をあんぐり開けるだけでなく、滂沱の涙を流していたのだ。オーラを見させてもらったところ、翼さんの演奏の神がかり性を最も理解していたのは、仲間達の予想どおり鈴桃だったのである。「キュルキュル!(お姉さん凄いお姉さん凄い!)」を繰り返す鈴桃にハッとした子竜達が、拍手とピョンピョンと「キュルキュル!」を一斉に始めた。それにハッとした成竜達と妖精族による雷鳴の如き拍手喝采に、翼さんは満面の笑みで再びお辞儀していたな。
その後しばし、子竜達と翼さんの対話の時間を設けた。成竜と妖精族を除外したのは、天罰を免れるための救済措置。法律の本質も「悪果相殺を目的とした救済措置」なのだが前世の・・・・気分最悪になるからもういいや。
話を戻すと子竜達は、無我夢中で翼さんと対話していた。皆が皆、ピアノにベタ惚れしたのである。「こりゃ予定を変更し、アップライトピアノを20台創るかな。みんな、どう思う?」と音楽仲間達にテレパシーで問いかけたところ、夏季休暇終了後の子竜達の様子を見ることになった。子竜達に今「ピアノの練習をするかい?」と訊いたら全員「「「「する!」」」」と即答するだろうが、1カ月半後は訊いてみなければ分からない。幸い無料かつ即座にアップライトピアノ20台を創れるから今は保留しよう、と決まったのだ。
翼さんと子竜達の3分ほどの対話を経て、次は本命のピアノ協奏曲ということになった。俺はその、簡単な説明をする。
「演奏時間は、約10分。ベートーベンの運命より、若干長いね。またこの曲は、前回の運命のように油断したら冒頭で腰を抜かすことはないけど、思い込み等の油断をしないよう注意して。俺達がこれから演奏するのは、ピアノ協奏曲。この協と奏は『協力して奏でる』を指している。それを念頭に、聴いてください」
前回も今回も、第一楽章のみの演奏になっている。器楽曲初心者の竜族には、長すぎると思われるからだ。5年後や10年後は、その時になったら考えるとしよう。
説明が終わり、俺は席につく。地球では演奏前にも拍手があるけど、何気にあれは指揮者がいないと難しい。指揮者が登場したら拍手し、指揮者が挨拶を終え回れ右したら拍手を止めるという分かりやすい区切りを、作れないからだ。そこら辺を将来どうするかは、竜族の感覚に任せるとしますか。
という訳でまったき静寂の中、冒頭のソロ部分を翼さんは弾き始めた。
セルゲイ・ヴァシリエヴィチ・ラフマニノフは1873年、ロシア帝国の貴族家に生まれた。ベートーベン同様、ラフマニノフも苦労の多い生涯だったと言える。本人の手記によると20代半ばの挫折により、脳卒中患者のような3年間を過ごしたそうだ。それを克服した28歳のときに作曲したのが、今演奏しているピアノ協奏曲2番。ドビュッシーが26歳でアラベスクを作曲したことに、共通点を感じずにいられない。
ラフマニノフは共産党革命により祖国を離れ、米国カリフォルニア州で69歳の生涯を終えた。身長が非常に高く、198センチもあったという。然るに巨大な手と力強い指を持ち、実を言うと「一音一音の輪郭がくっきりした音」を俺がピアノ曲に最も求めるようになったのは、ラフマニノフの演奏に惚れたからだ。1943年に亡くなった彼には、ピアノ演奏の録音が多数残っているんだね。ラフマニノフを「人類最高のピアニスト」とする評論家もいるほどなのである。う~む地球のアカシックレコードで、彼の生演奏を早く聴きたいものだ。幸い母さんに「翔が大聖者になったら、地球のアカシックレコードを自由に見ていいわよ」とのお墨付きをもらっている。でも大聖者は闇族と戦えないから、彼の生演奏を聴くまでまだ60年以上あるんだろうなあ。
ただ再度幸い、前世のコンサートで聴いたどのピアニストより輪郭のくっきりした音を奏でるピアニストが、俺のそばにいる。その人は、翼さんだね。突如閃いたけど、前世の翼さんがピアノを習い始めたのは1963年だったことを鑑みるに、前世の翼さんにピアノを叩きこんだ先生の技術の土台は、ラフマニノフの演奏技術だったのかもしれない。ヤバい、まだ演奏中だけど翼さんに訊きたくて堪らなくなってしまった。今はそれを忘れて演奏に集中しよう。その方が、時間はあっという間に経つしさ。
という訳で集中力にいっそう磨きを掛け、俺はピアノ協奏曲の弦五部を演奏した。それが実りあっという間に演奏を終えた俺達は、
「「「「ウオオオォォォ―――ッッッ!!!」」」」
火山噴火の如き歓声を、浴びることになったのだった。




