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観客席の翼さんが立ち上がり、こちらに歩いてくる。演壇の俺達が拍手すると、竜族と妖精族もノリ良く拍手してくれた。観客席をびっしり取り囲む妖精達に葉月さんと花の妖精長がちゃっかり混ざっているがそれは置き、翼さんが観客席から離れても、美雪と美咲は二人だけにはならない。母さんがやって来て、一緒に座っているからだね。ただ母さんが隣にいても美咲がいなかったら、オケに加わらない美雪は寂しい思いをしたと思う。美咲を家族に加えてくれた巡り合わせに、俺は胸中手を合わせた。
翼さんが演壇に上って来た。俺は翼さんに、ピアノを出してもらうよう頼む。胸元から取り出したペンダントを両手に包み、翼さんは目を閉じる。すると演壇前方中央の空白に白銀の光の粒がキラキラ舞ったのち、ピアノがゆっくり出現した。これは仲間達と話し合って決めた、ピアノを出現させる演出。今夜の曲を竜達に印象付ける一環として、こんな演出を考えたのだ。諸事情により演出を避けるしかなかった半年前の藍には償いとして、いつか第4版のピアノを閃いたら改良を最初に施すことになっている。
改良と言えば翼さんのピアノは、第3版(以下3版)に改良済だ。最初に贈ったのが、1版。母さんが創ったピアノに打ちのめされ改良したのが、2版。そのピアノの音を聴いた勇に「俺のピアノより音が良くね?」とバレてしまったので勇のピアノも2版にし、奏と晴と藍にも2版のピアノを贈ったところ、ささやかな霊験を得た。その霊験を基に二度目の改良を施したのが、今出現した3版ということ。母さん製のピアノと1版が10歩離れているとするなら2版は9歩離れ、3版は8歩離れているといった具合かな。近づいていても音楽宮で母さん製のピアノの音を聴くたび、己のダメっぷりに肩を落とさずにはいられない俺だった。
話を戻そう。
キラキラ輝く白銀の光の粒をまとって出現したピアノに、竜と妖精は色めき立った。翼さんが進み出て観客席に一礼し、椅子に腰かける。背筋をピンと伸ばした翼さんは鍵盤に十指を優しく触れさせ、しばし瞑目。そしてニッコリ微笑んで頷き、左斜め後ろにいる俺へ振り返った。感嘆を兼ねる呼気が観客席を含む広い範囲から無数に聞こえてくる。テレパシーに長ける竜族と、人にはない感覚を有する妖精族は、本能的に理解したのだ。翼さんの今の所作はピアノへの挨拶であり、そしてそれにピアノは全幅の信頼で応えたのだと、竜族と妖精族は理屈抜きで知覚したのである。俺は翼さんにテレパシーで語りかける。「素晴らしい聴衆に、翼さんのピアノを聴かせてあげて」 翼さんは頷き、ピアノに正対。次いで両手を鍵盤に差し出し、
ドビュッシーのアラベスク第1番
を奏でてゆく。天国の草原をゆるやかに流れる小川と周囲の草花が音になったが如きその曲に、竜族と妖精族はもちろん島の全てが呼吸を忘れたかのようなひと時が、舞い降りたのだった。
19世紀後半から20世紀初頭にかけて最も影響力のあった音楽家の一人とされるクロード・アシル・ドビュッシーは1862年、フランスに生まれた。ピアニストを目指しパリ音楽院に10歳で入学するも、17歳で挫折。しかし私見だが世界最高峰のピアニストになる夢を断念したにすぎず、ピアニストとして活動しつつ作曲を精力的にこなすようになっていった。そして26歳のとき「2つのアラベスク」として、ドビュッシーはこの曲を創ったのである。
名前に用いられているアラベスクは、イスラム美術の装飾模様を指している。よって本来なら作曲者の意志を尊重すべきなのだけど、俺はこの曲に「視界を遮られる感覚」をどうしても抱けない。アラベスク模様は建物や陶器や布に描かれ、ということはその向こう側が見えなくなる。高度な芸術であることは間違いなくともこの曲を聴いたさい、遠くまで見渡せる景色が俺の頭の中に浮かぶ。アラベスク模様が壁として立ち塞がる光景では、決してないのだ。言及するまでもなくそれは、三流や四流の感覚なのだろうけどさ。
ただ音楽宮で翼さんのアラベスク1番を初めて聴いたさい、翼さんも俺と同じ感覚でこの曲を弾いていることを直感した。とはいえ一方的な決めつけの可能性も高いので直感を脇へ押しやり、ゆっくり弾いて約5分の曲を聴き終えた。ドビュッシーのピアノ曲で最も好きなのはこの曲だったりする俺は最高級かつ最大級の賞賛を捧げたのち、「翼さんはどんなイメージでこの曲を弾いているの?」と尋ねたところ、翼さんは困り顔になりこう答えたのだ。
「アイスランドで生まれ育った私が思い描く、天国の春の草原です」
暖流の北大西洋海流の恩恵を受けていようと、北海道より少し大きめのこの島の北端は、なんと北極圏に触れている。北海道の北に広がるオホーツク海の最北端より北に、アイスランドの最南端があるほどなのだ。そのような島で生まれ育った翼さんの心に、理想の春である天国の春を、この曲は呼び覚ますそうなのだ。我が意を得たりの権化に俺はなるも渾身の力でそれをねじ伏せ、翼さんが恥ずかしげに描写する天国の春に耳を傾けた。
「その草原には透きとおる小川が緩やかに流れていて、川辺には白や黄の花が慎ましく咲き、穏やかな春の風に揺れている。恥ずかしながら曲名とは程遠いこんな風景を心に思い描き、私はこの曲を弾いています」
渾身の力でねじ伏せていた俺は、いったいどこへ行ったのか? 俺は翼さんの手を取り上下にブンブン振り、まったく同じ景色が俺の心にも広がることを熱烈に説いた。説くうち百聞は一見に如かずとの言葉を思い出し、心の景色を輝力で創造した。その光景に、翼さんは息をのむ。二人で天国の春をしばし見入ったのち翼さんは瞑目し、アラベスク1番を再び奏で始める。その音に一時的かつ局地的な世界の改変が生じ、
命を宿す本物の自然
に眼前の景色はなった。




