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「葉月さん」「・・・・・はっ、はい!」「俺の本体によると、次の矢の衝撃波は前回までの比ではないそうです。葉月さんや妖精達も、衝撃波の影響を受けるでしょうか?」「私は大丈夫ですが、頭未満の妖精には影響が出るかもしれません」「ああ、危なかった。万が一のため、頭未満の妖精は矢の軌道から3キロ以上退避させてください。いきなりで悪いですが、できますか?」「了解です、3キロ以上退避させます」
葉月さんによると、頭未満は既に1キロ以上退避させていたらしい。葉月さんの配慮への感謝と、妖精族に迷惑をかけてしまったことの詫びを俺は伝えた。恐縮する葉月さんに、実験が終わったら退避に協力してくれた妖精達にお菓子とお茶を振る舞うことを、続いて約束した。喜ぶもモジモジする葉月さんにピンときて、「梅酒の炭酸割りを飲んでみる?」と尋ねてみる。万歳した葉月さんの瞳がいつもの瞳に戻っていたことに、俺も万歳したい気分だった。
そうこうするうち、妖精族の退避が完了したようだ。俺は弓に矢をつがえ、引き絞っていく。その途中、ある疑問が脳を駆けた。
「分割した意識を意識投射して矢に張り付かせておけば、矢に輝力を充填したまま遠くまで飛ばせるのではないかな?」
輝力工芸スキルは、自分から離れた場所に輝力製の構造体を創造できるスキルだ。しかしその構造体では、闇族を葬ることは不可能。足を引っかけて転ばせる等々が、せいぜいなんだね。その最大にして唯一の理由は、自分から離れている構造体に輝力を充填させられないことにある。闇族を葬れる輝力を白薙や水薙に充填できるのは、それを戦士が直に握っている時のみなのだ。
その制約を、分割した意識は撤廃できるのではないか? 矢に輝力を充填したら分割した意識を意識投射させ、矢に張り付かせる。そうすれば矢から手を放しても、輝力は目減りしないんじゃないかな。みたいなことを、俺は閃いたんだね。
という訳で早速試してみた。引いていた矢を元に戻し、矢の輝力壁を変更する。変更というか「模した」のは、白薙の刀身。輝力を充填するなら、これ以上の物質は無いからだ。白薙の刀身に使われているオリハルコンの分子構造を前に解析していたことが活き、模すだけなら容易く出来た。けどそれと、輝力を流し入れられるかは別問題。急く気持ちを抑え輝力を慎重に流し入れたところ、拍子抜けするほどスムーズに流し入れられた。だが再度それと、輝力を充填できるかは別問題。ハイゴブリンを葬れる輝力量になったところで流入を止め、手に持っただけにする。ありがたいことに、矢の輝力量に変化は見られなかった。よし、充填成功だ! 俺は左手でガッツポーズし、次の実験に移る。心を10分割し、それを意識投射して矢に張り付かせたんだね。分割俺の「マッハ50だぜヒャッハー!」という気の早すぎる雄叫びが、羨ましくてならなかった。
まあそれは置き、分割俺と確認作業をする。そして、矢からゆっくり手を離した。葉月さんもいるので平静を装っていたけど、心臓が破裂しそうなのが本音。闇族との戦争が始まり、約1950年。「体が触れていない場所に闇族を葬れる輝力を充填することは不可能」という定説が覆されるかもしれないのだから、心臓バクバクで当然なのである。俺は宙に浮かぶ矢を凝視する。1秒経ち、2秒経ち、3秒経ち・・・10秒経っても、矢の輝力量に変化は見られなかった。
「ヨッシャ―――ッッ!!!」
俺は両拳を握りしめ、今生一の雄叫びを上げたのだった。
その後、頭痛のする時間が少々続いた。葉月さんが、とち狂ってしまったんだね。「白銀の矢、白銀の矢、アポロン様が白銀の矢を、日輪の弓から放つ!」と、メンヘラ眼の葉月さんがしこたま繰り返したのである。そりゃ確かにアポロンは銀の矢を放つけど、俺は銀じゃなくて白銀じゃん! というかそもそも、俺とアポロンは無関係だし! と頭痛に苦しみつつ心の中で反論していたところ、遥か彼方の次元にいる母さんがクスッと小さく笑った気がした。冴子ちゃんを追い込んだのは自分と吐露してから母さんはずっと沈んでいたが、ほんの少しとはいえ心が軽くなったみたいなのである。いや「ずっと沈んでいた」というのもそんな気がしただけで、確証は何もないのだけどさ。
しかし重度のマザコンとしては、それで十分。母さんの心が少しでも軽くなったのなら、それだけで俺は十分なのだ。お陰で頭痛も奇麗さっぱり消えたしね。
という訳で気を取り直し、葉月さんに語りかけた。言いたいことは山ほどあれど「実験を再開するよ、手伝ってもらっていい?」との言葉だけに留めたのが良かったのか、「はい!」という気合の入った声を即座に聞くことが出来た。それだけでも大暴落した評価を上方修正したのに、何をどう考えたのか両腕をグルグル回し始めたものだから思わず吹き出してしまった。それを受け葉月さんは、「にぱっ」と天真爛漫に笑う。アポロン云々さえなければ異性の友達としては最高の一人なのになあと、残念に思わずにいられなかった。
という訳で再度気を取り直し、宙に浮いた輝力充填矢を右手で掴む。そして弦にあてがい、キリリと引き絞ってゆく。右手が右肩に来たところで、輝力圧縮1千倍を発動。続いてアカシックレコードを見て、放物線の向こう側を8.7キロ離れた的に合わせる作業に移る。右手が右肩に来ると同時に風を止めるよう頼んでいた葉月さんが、約束を果たしてくれた。マッハ1.6の矢では極々僅か影響したコリオリの力が無視できる範囲に収まり、放物線の向こう側が的中央の赤色部分に固定される。それを見定め指を離した瞬間、
ズッッバ―――ンンン・・・‥‥




