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「葉月さん」「・・・はっ、はい!」「断言しますが、この弓の名前の『輪』は日輪の輪ではありませんからね」「知ってます、知ってますけど、心の中だけで『日輪の輪』と思うことをお許しください」「んん~~」「お願いします!」「はあ、了解です」


 葉月さんといい翼さんといい、なぜ俺をアポロンと関連付けたがるのか。溜息が出るけど、今は失速5%未満の矢を創る目標を優先しよう。そう気持ちを切り替え、俺は試作した10本ちょいの矢を次々放っていった。

 結果を述べると、先端の鏃を排除し針形状にして、羽を格段に小さくした矢が、失速3%を達成した。まったくもって、素晴らしい強弓である。俺は輪を手放しで褒め、ついでに葉月さんにも協力のお礼を述べて、最も興味のある試射に移った。それは想像するだけで中二病をくすぐる、超高速矢による超長距離からの超精密射撃。具体的には、輝力圧縮1千倍で8.7キロ先の直径2センチの的を射る実験へ移行したのだ。単純計算すると、矢の初速はマッハ50になる。秒速だと17,400メートル、つまり1秒間に17キロと400メートル進む速さだね。これはこの星の重力を振り切れる第二宇宙速度を超える速度だけど、輝力壁は時間経過で消えるし問題ないんじゃないかな。それにしても、美雪がいないことが返す返すも悔やまれる。正確さを司る女神の美雪なら、問題の有無を瞬時に答えてくれるのになあ。

 と心の中で美雪を称賛するとともに本体に詫びて、俺は螺旋溝針矢略して針旋矢しんせんやを手に取った。ちなみになぜ本体に詫びたかというと、現在の気象条件における正確な音速等々は本体に訊けば教えてくれたはずなのに、一度も訊いていないからだ。「美雪がいなくても苦労しなかった」なんて状況に、俺はしたくなかったということ。本体もそれを重々承知しているから協力してくれているけど、さっきはどうしても我慢できず「あたぼうよ」と、べらんめい調になったのだろう。本体、マジありがとな!

 という訳で針旋矢を弦につがえる。狙うは8.7キロ先にある的。単純計算ではあの的を、0.5秒で貫くはず。放物線や失速を考慮していない、小学三年生並みの暗算で恥ずかしいんだけどさ。

 それは置き、まずは輝力圧縮をせず今までどおり、マッハ1.6の矢の放物線の向こう側を8.7キロ先の的に合わせてみた。すると、十数回目だったこともあり極々微か知覚できたのである。星の自転によって矢が右に逸れる、コリオリの力を。

 前世の俺は甥っ子や姪っ子にコリオリの力を説明するさい、A君の乗る電車がB君の乗る電車を追い抜こうとしている状況を頭に思い描かせた。電車は左から右へ進んでいるとし、速度の速いA君の電車が手前にいるような感じだ。そのA君が、B君にボールを投げた。A君の正面にB君が来たとき、絶妙なコントロールでまっすぐ投げたんだね。普通のキャッチボールならボールはB君にちゃんと届いたのに、二人は速度の異なる電車に乗っていて、A君の電車の方が速い。よってB君はみるみる左へずれていき、ボールがB君に届くことは無かった。ボールはA君から見て、B君の少し右側の場所に届いたのだ。そしてこれが矢を右へ逸らす、コリオリの力なのである。

 この星は自転しているので自転速度は赤道が最も速く、北極点に近づくほど速度は遅くなっていく。よって赤道にいるA君が、赤道から北へ5千キロ移動した場所にいるB君にボールを投げると、電車と同じ現象が起こる。ボールはA君から見て、B君の右側に落ちるのだ。が、俺は心の中で呟いた。


「星は大きすぎて、自転を感じられないんだよなあ」


 自転を感じないため、A君とB君は「不動の大地」に立っていると錯覚している(地球が球なのは無視してください)。それは錯覚でしかなく、本当は電車と同じ状況に二人はいるのだけど、それを感じられないのである。よって「ボールが未知の力によって不自然に右へ逸れた」ように、見えてしまうということ。衛星軌道から俯瞰すれば、ボールは不自然に曲がったりせず、ちゃんとまっすぐ飛んでいるんだけどさ。

 もちろんそれは、二人が5千キロ離れているから起こる現象。キャッチボール程度では、少なすぎて知覚不可能といえる。だが俺とまとのように8.7キロ離れていたら、緯度が比較的高いこともあり十数ミリ右に逸れる。それでも普通は風の影響の方が遥かに大きくコリオリの力は無いも同然になるのだけど、妖精族のおさが完全無風状態を直々に作ってくれるんだよね。ホント贅沢、いやチートだよなあ。

 ちなみに右へ逸れるのは、北半球に限った現象。南半球では、左へ逸れるのだ。北半球と南半球で台風が逆向きに回転するのもコリオリの力なのだけど、まあいいか。

 そのコリオリの力を、8.7キロ離れた的をマッハ1.6の矢で狙ったところ、極々僅か感じることが出来た。星の自転を実感し、想像以上に心が躍っている。その踊る心で、本命の輝力圧縮1千倍を発動。と同時に放物線の向こう側が目視できないほど遠くへ移動し、心が更に踊った。第二宇宙速度を超えるマッハ50、マジ半端ないな!

 なんて感じに中二病を再発しかけた俺に、本体が話しかけてきた。それによるとマッハ50の衝撃波は1千圧中の俺にも少なからず影響を及ぼすらしく、特に聴覚と視覚を保護する必要があるとのことだった。輝力製の耳栓と対閃光ゴーグルを装着し、本体に問うてみる。合格をもらえた俺はふと閃き、圧縮を解いて葉月さんへ体を向けた。といっても目の焦点は、葉月さんの眉間に合わせた。1千圧中は体が白銀に発光するから、さっき以上に病んだ瞳をしている予感がしきりとしたのである。焦点を眉間に合わせたため、正誤は判らなかったけどさ。


「葉月さん」

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