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くすぐったくとも、ここまであからさまに打ち明けられたら俺もあからさまに打ち明ける覚悟をせねばならない。といってもそれに基づき送ったテレパシーは「多少くすぐったいですが嬉しいです。それと母さんが俺の母親で、俺は幸せです」のみだったけどさ。
俺の送ったテレパシーに、母さんは意外なほど照れた。だがそれでも俺の照れと比べたら半分の半分ほどでしかなく、あまりの照れくささに俺は悶えていたのだけど、それを救ってくれる質問を幸運にも思いつくことが出来た。溺れる者が浮き輪に飛びつくが如く、その質問をテレパシーで送った。
「二曲目の歌は、ママ先生の来世の幸せを助けられると母さんは言いましたよね。なんとなくですけど、かつて好きだった人やその頃の自分をあの曲の歌詞のように穏やかに振り返ることが、ママ先生には必要なのでしょうか? つまりママ先生は過去の失恋が未だつらく、封印して心の奥底にしまい込んでいる。その対応では因果の中和を望めませんから、来世でも同種の出来事に再び見舞われてしまう・・・・って、あ!!」
あることに気づいた俺は質問を中断し、息せき切って尋ねた。「俺を育ててくれたママ先生は次の星に転生しても、失恋に再び苦しんだのですか!?」 母さんはその問いに答えず、星母の顔で忠告した。「翔、自ら考えることを放棄してはなりません」 俺は詫び、時間の存在しない次元へ飛んだ。超高速概念テレパシー会話をもってしても、間に合わないと判断したのである。なぜなら肉体の俺は旭さんの「二曲目は松任谷由〇の春よ・・・」を耳にしてから、既に2秒経っているからさ。
時間が存在しない次元と言っても創造主の創造主の時間は存在するため、考察は可能。その次元で心に浮かんだのは、前世の舞ちゃんだった。前世の舞ちゃんは事実無根の噂を広められても控えめな性格が災いし、それと戦わなかった。アカシックレコードで確認したが噂に負けず毅然と戦っていれば、前世の舞ちゃんは星を卒業できたのである。しかし戦わなかったため控えめな性格を今生も引きずることになり、それが原因で俺と夫婦にならなかった。だが夫婦にならずとも、今生の舞ちゃんは前世の舞ちゃんの何倍も幸せな人生をすごし、かつ控えめな性格を手放すことにも成功している。その主理由を「控えめな性格が今生は弱まった」とすると、様々なことが見えてくる。その一つは、「控えめな性格と直接向き合わずとも、控えめな性格を弱める方法はある」だ。そしてまさしくその「直接向き合わずとも弱める方法」を、俺を育ててくれたママ先生も生涯続けていたのではないか? この星を卒業するほど成長したのだから、知らず知らずの内にそれをしていたと考えて間違いないだろう。ということは・・・・
「ということはママ先生は、次の星でも失恋に苦しんだけど、この星ほどではなかった。ということですか?」「正解。さあ、その先を考察しなさい」「了解です・・・どわっ!」
どわっと驚いたのは、こうしちゃおられんという凄まじい衝動を覚えたからだ。俺は今、ママ先生の来世の幸せを助けられる立場にいる。にもかかわらずウジウジ考えるだけで、何一つ行動していないのだ。これでは「こうしちゃおられん!」という凄まじい衝動を覚えて当然。その旨を概念テレパシーで母さんに大急ぎで伝え「頑張れ~」と応援してもらえた俺は、ママ先生を命がけで助けるべく肉体へ戻った。
超高速考察や概念テレパシー等々が功を奏し、旭さんの「伴奏をまたお願いできますか」との問いに、意識分割していない100%の心で遅延なく答えることが出来た。ただ100%ゆえに胸にたぎる想いが少々漏れ出たらしく、旭さんに引かれてしまったけどね。だがそんなものは、大事の前の小事どころか富士山の前の砂粒でしかない。俺は比喩ではなく、己が命を懸けて伴奏した。
伴奏は脇役であり、主役の引き立て役にすぎない。それを遵守したうえで命がけになるには、どうすれば良いのか? 幸い俺にはヒントがあった。それは、意志のアカシックレコード。記憶を消して意志のアカシックレコードを使うと、現実と区別不可能の経験をそこでする。アカシックレコード内の俺は、俺が主役の人生を生きていると心底信じているのだ。しかしその様子を外から眺めている人にとっても、俺は主役だろうか? アカシックレコードの機能のお陰で俺は一時的にその経験をさせてもらっているだけなのに、「俺が主」で「アカシックレコードは従」なのだろうか? そうなのだ、外部から眺めている人にとっては、「アカシックレコードが主」で「俺は従」になるのである。
というアカシックレコードの性質を、極々微小ながら再現することに俺は命を懸けた。極々微小に再現したのは、旭さんの歌声がママ先生の心に響きやすい世界を、「俺が主」になって創ること。外部からその様子を眺めた人は、世界を創ったのは俺なのだから「俺を主」と感じる。しかしその世界の中で歌を歌っている旭さんと、旭さんの歌声を聴いているママ先生は、「自分が主」の人生を生きていると心底信じている。そんな世界を、俺は創ったんだね。正確には創る試みをしたところ、バイオリンの音を道具として用いることでそれを成すことが出来た。音は振動つまり波長ゆえ、
『物質世界の波長に干渉し、俺が創ろうとする世界の波長に、物質世界を一時的にした』
のである。非常に興味深いのは、よくもまあこんな大それたことをしてのけたものだと、俺は微塵も考えなかったこと。そこから推測できるのは、コレだ。
『それを真にしてのけたのは、俺ではなく本体。よって本体にとっては、「本体が主」で「俺は従」だった。したがって法則が発動し、俺は「俺が主」と錯覚した』
ま、こんなところだろう。なんとなく母さんが良くできました系の拍手を遠くでしている気がするから、俺は正解を引いたのだろうな。
でもそんなことは、ママ先生の来世の幸せを助けられることと比べたら、太陽の前の線香花火でしかない。俺は満足してバイオリンを弾いた。




