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皆と一緒に食べる家庭的な雰囲気もあり、前翼さんはギンナンが大好きになったという。でも寮では調理できず落ち込んでいたところ、食堂のおばちゃんが電子レンジレシピを教えてくれたらしい。80年代前半にギンナンの電子レンジレシピがあったことに俺が驚いていると、「男子寮生が考案したそうです」とのこと。それなら納得できる、男子大学生は手抜き飯が大好きだからね。おばちゃんの好意により食堂備え付けの食卓塩を使う許可をもらった前翼さんは留学中、秋になるとギンナンを堪能したそうだ。けどそれは、留学中に限ったこと。デンマークで殻付きの生のギンナンを入手するのは、不可能だったと翼さんは肩を落としていたな。
よって前翼さんがギンナンを再び食べたのは、薙刀の範士が危篤になった時だった。知らせを受け矢も楯もたまらず日本へ向かった前翼さんは、臨終間際の範士との会話を叶えることが出来た。葬儀に出席した前翼さんは姉弟子達の好意により、日本にしばらく滞在した。季節は11月初頭。道場に集まり姉弟子達お手製の塩煎りギンナンを食べた前翼さんは、範士が作ってくれた塩煎りギンナンを思い出し、涙が止まらなかったという。
「翔さんのお陰で、前世の私が宝物として大切にしていた記憶を思い出し、そしてギンナンの味を堪能することが出来ました。深く、お礼申し上げます」
ひょっとすると数分前に見た駄々っ子の翼さんは、前世の翼さんだったのかもしれないな。なんてことを考えるや、翼さんは油断しました的に顔を赤くして俯いてしまった。無意識に口から零れそうになった「前世の翼さんとも気が合ったと思うよ」との言葉を、俺は咄嗟に飲み込む。無意識領域で翼さんが好きだった俺は、翼さんを俺の好きな人として無意識に振る舞うことが多かった。音楽仲間達をこのコロニーに初めて招待したときも、その一つ。あのときは12人の音楽仲間を夫婦単位で招待し、夫婦そろって扉を潜ってもらった。あれは俺の素直な気持ちだったと断言できるが、しかしそれをしたら、俺と翼さんだけが残ることになる。翼さんを一人でコロニーに向かわせることができなかった俺は皆の出迎え役を翼さんに頼み、一足早く二人で待ち合わせ、二人一緒に扉を潜った。そうなのだ、見ず知らずの人が音楽仲間14人の行動を俯瞰したら、俺と翼さんは6組の夫婦と何ら変わらなかったのである。しかもそれを無意識領域で明瞭に理解していたのに「なぜ翼さんは上機嫌なのかな?」と首を傾げていたとくれば、俺以上の卑怯者がアトランティス星にいるだろうか? 冗談抜きでいない気のする俺だった。
けどそれは後回しにして今は予定どおり、翼さんを全力でもてなすことにしよう。
ギンナンを10個ずつ食べた俺達はテーブルを後にし、散策を再開した。話題はもちろん、次回の塩煎りギンナンについて。次はガスコンロとフライパンを用意し、ギンナンを煎ることにしたのだ。ちなみに炒るは油を用いる調理法、煎るは油を用いない調理法だね。いや、前世の記憶は年々怪しくなっているから、間違っているかもしれないな。
話を戻そう。
次回の塩煎りギンナンで盛り上がっているうち、銀杏並木が終わる。次に広がるのは、
「そうこれ! この色とりどりの紅葉が、日本の紅葉ですよね!!」
赤や黄や緑等々の複雑に混ざり合う、紅葉の森だったのである。日本人にとってはこれが当たり前でも、世界的には少数派。林や森全体が単一の色に染められた紅葉が、世界的には多数派なのだ。日本的な紅葉も、もちろんあるけどさ。
俺の個人的意見だが欧州では、紅ではなく黄を用いる黄葉の多い印象だった(葉が黄に色づく樹木ばかりだと、黄葉と呼ぶんだね)。翼さんもそれに同意し、真っ赤に染まるモミジを華道の家元の庭で初めて見たときの感動は今でも忘れられないと興奮して話していた。「華道の家元の庭なら、そりゃ凄まじかったでしょ!」「はい、凄まじかったです!!」 なんてワイワイしつつもあっちこっちへ目を向けながら、色とりどりの紅葉の森を俺達はゆっくり歩いて行った。
そうこうするうち、道の脇にテーブルと椅子を設けた場所にやって来た。翼さんが「次は何を食べさせてくれるんですか!」と鼻息荒く訊いてくる。「クルミをフライパンで煎ってみようか」「やった~~」 欧米人はナッツ好きとの言葉に漏れず、翼さんは万歳した。その姿に、天風半島でしこたま食べさせてもらっている絶品海鮮料理の恩返しを億分の一ほどできるかもしれないと、俺は頬をほころばせながら思ったものだった。
このテーブルでは、クルミと葡萄と林檎を食べてもらった。俺がクルミを割り中身を取り出しフライパンで煎っている間、葡萄と林檎を食べながら待ってもらったんだね。幸い三つとも絶賛され、俺達は散策を再開した。
ちなみにクルミは、親指と人差し指の握力で簡単に割れた。試してみたところ、容易に出来てしまったのである。前世で憧れていたことだったから嬉しかったけど、翼さんも試したいと言うのでクルミを渡したら、あっさり割っていたな。ハハハ・・・
テーブルを離れるにつれ、紅葉の色が変わってきた。赤紫っぽい葉が増えてきたのだ。足元にドングリが目立つようになり「次はドングリを食べさせてくれるんですか?」と翼さんは弾む声で訊いてきたけど、それは無い。アク抜きを丁寧にすれば苦味が大好物の人ならドングリを楽しめても、翼さんはそうじゃないしさ。
「あれ私、苦味好きではないって言いましたっけ?」「聞いたことはないけど、苦い食べ物や料理を好んで食べているのを見たことは一度もないからさ。それとも、俺が知らないだけとか?」「いえ、当たっています。ふふふ、嬉しいですね」
翼さんは輪をかけて上機嫌になり、足元のドングリを拾い「食べないから安心してね」と優しく語りかけ始めた。う~むそういうのを自然にする女性を俺は好むって、話したことあったかな? と胸中冷や汗を掻いていたところ、翼さんが質問してきた。
「翔さん、よく見るとドングリが二種類あるんです。知っていたら教えてください」




