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「お待たせ翼さん」「ひゃっ、ひゃい翔さん」
おそらく紅葉に見とれていたのだろう、意表を突かれ噛んでしまった翼さんの隣に腰を下ろす。普通なら噛んだことを気に留めていない振りをせねばならぬが、その必要はないらしい。俺が腰を下ろすや、翼さんは赤や黄に染まる木々の美しさをまくし立てたのである。これほど気に入ってもらえたなら、創造者冥利に尽きるというもの。次々紡がれる称賛の言葉に、俺はニコニコ顔で耳を傾けていた。
頃合いを計り、七大名所の一つに翼さんを誘う。喜びようを見るにまだ訪れていないと思うけど、どうなのだろう? 俺は尋ねてみた。
「七大名所の一つの『紅葉の森』には、まだ行ってない?」「はい、まだ行っていません。翔さんに連れて行ってもらえる気が、何となくしていたのです」
女は強しなのか、俺が弱しなのか、それとも強弱ではないのか? 正解を知るべく、俺は空飛ぶ絨毯を取り出す。そして二人でそれに乗り、空へ飛び立った。
七大名所の一つの紅葉の森だけは、期間限定で現れる。年に一度の楽しみの名所も、創っておきたかったのだ。年に一度のみ出現する絶景スポットはもちろん他にもあり、というか200以上あり、その5%も音楽仲間達は発見していない。広大なこのコロニーのどこにあるかを教えていないのだから、まあ当然だね。発見された絶景スポットが一目で分かる管理システムを、創造者権限として俺は密かに造っていたのでした。フハハハハ!
そうこうするうち紅葉の森の入り口に着いた。黄色に染まる銀杏の巨木が両側に聳える並木道に、翼さんは到着してからずっとキャーキャー言いっぱなしだ。東京だと銀杏が色づくのは11月下旬だけど、ここは標高1千メートルなので最盛期は11月上旬。そうまさに、今なんだね。よってキャーキャーしてもらえなかったら、落胆必至だったと言えよう。俺は翼さんを促し、入り口を兼ねる並木道に足を踏み入れた。
実を言うと、俺は銀杏並木にこだわりがある。それは「地面が黄色い絨毯になっていること」だ。土の地面なら尚よく、東京10選に取り上げられるような銀杏の名所にそれを満たす場所はあまりない。土はあっても並木道ではない、といった感じなんだよね。幸い近所の公園がドンピシャだったため、好天に恵まれた11月下旬から12月上旬の休日は必ず足を運んでいた。散策しつつ下手すぎる短歌を捻っていたのは日記にも書いていないため、露見していない極少数の前世の秘密になっている。
まあそれは置き、この並木道の銀杏の樹高は40メートルを誇る。この高さで揃っているのは本来あり得ないけど、趣味全開にさせてもらった。趣味全開ゆえ、もちろん地面は一面の黄色い絨毯。土の道の上に敷き詰められたまだ柔らかい銀杏の葉を踏みしめつつ、俺と翼さんはあっちこっちに目をやりながら、ゆっくりゆっくり歩いていった。
銀杏並木の丁度中間に着いた。森に少し入った場所にある、椅子とテーブルに翼さんを誘う。テーブルの端には蓋があり、それを開けて現れた金属板をポンと叩くと、電子レンジがせり上がってきた。この星の電化製品ではないまるっきり地球の電子レンジに、
「ひょっとしてギンナンを食べるんですか?」「よく知ってるね、正解!」「やった~!」
翼さんは万歳した。それにしても欧州の銀杏は氷河期に絶滅しているのに、電子レンジでギンナンを手軽に食べられることを翼さんはよく知っていたな。手軽すぎて10個以上食べぬよう、俺が注意しないとな。
胸中そう自分に言い聞かせつつ、テーブルのもう一方の端にある蓋を開け、ギンナンの入った箱と二枚の皿と食卓塩の瓶を取り出した。そして各々の皿の上に、ギンナンを10個ずつ乗せていく。すると珍しいことに翼さんが「1人10個ですか? 少なすぎ~」と文句を垂れ始めた。毒があるからダメと、駄々っ子を諫める口調で俺は言った。
「ギンナンにはビタミンB6にとても似ている成分が入っていて体内でビタミンB6として振る舞い、中枢神経を極度に刺激し痙攣を引き起こしたりする。食べ過ぎると、死んじゃうよ!」「それはそうですけど、私達は体が大きいので15個まで平気ですよ。痺れを感じたら、ビタミンB6をすぐさま摂ればいいんですし」
ビタミンB6がギンナン中毒の特効薬なのは事実だけど、翼さんらしからぬ駄々っ子ぶりに、特別な理由を勘繰る必要性を覚えた。俺は「さあとりあえず食べよう」と、紙の封筒を優しく手渡す。案の定翼さんは「わ~懐かしい~」と紙の封筒をためつすがめつしたのち、慣れた手つきでギンナン5個を封筒に入れた。続いて食卓塩の瓶を手に取り、
「まさかコレを、また手に取れるとは思っていませんでした」
赤色の漢字で「食卓塩」と書かれた透明なガラス瓶を両手で包み、翼さんは目を閉じる。前世の翼さんが日本に留学したのは、1980年代の前半。昭和時代にお馴染みだったガラス製の塩の小瓶を用意したのは、二重の意味で正解だったようだ。目を開けた翼さんは俺に感謝を述べ、瓶を三振りして塩を封筒に入れる。次いで封筒の口をきつく三回折り、そしてそれを愛おしげに見つめながら、ギンナンの思い出を教えてくれた。
20歳で日本に留学した前世の翼さん(略して前翼さん)は、薙刀の範士と華道の家元にたいそう可愛がられた。薙刀を習っていた道場脇には見事な銀杏の木があり、秋になると稽古後、範士や姉弟子達が絶品のギンナンの塩煎りを食べさせてくれたという。運動後は、体が塩を欲しがるもの。範士や姉弟子お手製の塩煎りギンナンは熟練の技が光り、さぞ美味しかったのだろうな。




