↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
1016/1025

369

 一人取り残され、数十秒間だけ全力で落ち込んだ。続いて頬を小気味よく叩き気合を入れ、体育館の生活スペースに向かう。ベッドの横に輝力椅子を創り、それに腰かける。去年同様、美雪はスヤスヤ寝ている。美雪は焼きもちを焼いたり、拗ねたりするだろうか? 希と踊ったこと、カントリーロー〇を歌ったこと、ハグしたこと等々を思い出すにつれ、土下座の未来しかないように思えてくる。その未来を、ほんの少しとはいえ楽しみにしている自分の変態性に、苦笑が自然と漏れた。その瞬間、


「翔、おはよう」


 美雪が目覚めるなんて、宇宙は俺を陥れようとしているのだろうか? 可能性は十分あるがそんなことより、今は美雪が最優先。「おはよう美雪」 俺は美雪に微笑みかけた。

 それから思いがけず、美雪と様々な話をした。それは意味不明なほど楽しく、いやホント意味不明だったので分割した意識で考察したところ、ベッドで横になる美雪とこんなふうに長話をするのはこれが初めてだったのである。美雪も初めてのこの状況をとても楽しんでいるし、今日は完全休日だから問題は何もない。会話内容に合わせて掛け布団から身を乗り出したり、反対に掛け布団に顔の下半分を隠したりする美雪にときめきつつ、俺と美雪は久しぶりの二人っきりの時間を過ごした。それに満足したのかは定かでないが、


「翔、ありがとう」


 美雪は半身を起こし俺を抱きしめた。俺も美雪を抱きしめ返す。その両腕にいつも以上の力が込められていたのは、自分の腕ながら意味不明だったな。

 俺達が自然に身を離す寸前、美咲がポンと現れ「私も~~」と抱き付いてきた。意表を突かれた俺と美雪はクスクス笑い、三人で輪になる。はしゃぐ美咲に、


「空色のドレス、すっっごく可愛かったよ!」


 と美雪が告げるや、二人は俺そっちのけでドレスの話を始めた。あれは母さんお手製のドレスなのだから、そうなって当然なのだろう。俺は諦め、意識を二分割する。そして空色のドレスにはしゃぐ二人に目尻を下げまくる役目を一方の意識に任せてから、美雪に将来プレゼントするかもしれないドレスを、俺は頭の中で真剣にデザインしたのだった。


  ――――――


 一週間ほど遡った、8月4日。

 戦士養成学校の1年生の、夏季休暇初日。

 かねてから予想されていた事態が、俺の眼前に展開していた。俺が今いるのは、天風半島の屋外訓練場。予想されていた事態は、天風一族ではない大人達が後方に集められていることだ。その集団の中に、俺を仇(かたき)のように睨む男性達がいるのも予想されていたとはいえ、心臓に悪いのは否めない。俺は落ち着くべく、後方の大人達について整理した。

 ことの発端は去年12月、教導官代理として戦士養成学校を訪れたことだった。その時点では代理を3日間限定で務める予定だったが、司令長官に頼まれ翌年1月、1年生の序列10万位までのいる250校すべてを訪問することになった。それは毎年の行事となり、今年入学した10万位までの250校は5月下旬から訪問を開始した。開始を5月下旬にしたのは理由があり、それはカップルになった男子生徒と女子生徒の仲が深まるのを待つためだった。戦士養成学校は入学した年の5月1日、男子生徒と女子生徒が一堂に会し、初挨拶をする。内緒だがそれには母さんが関与しており、初挨拶で未来の伴侶に出会う生徒は、なんと98%に上る。残り2%のうち半数以上は伴侶と既に出会っている生徒なのだがそれは置き、5月下旬になれば13歳ということもあり、ラブラブ期間が既に始まっているだろう。そのラブラブは、俺の教導の主目的である「輝力工芸は楽しい」を生徒達に体感しやすくしてくれるので、5月下旬以降に開始したって訳だね。

 ちなみに俺が楽器を弾き男組と女組に分かれて歌を歌うのは、たいそうな人気行事になっている。その後の輝力工芸の実践では、男組は弓を選び女組はアクセサリーを選ぶのが恒例だ。男組は弓の創り方を彼女に教え、女組はペアアクセサリーを創って彼氏と楽しむという寸法だね。楽しむ以上に、同スキルの等級を効率的に上げる方法はない。どうかあの子たちが輝力工芸に親しみ、様々なものを自由に創って、人生を豊かにしますように。

 話を戻そう。

 戦士養成学校の男女の寮は、広場を挟んで建っている。その広場で自由時間を過ごしカップルは愛を深めていくのだけど、そんな二人を引き裂く行事が8月にやって来る。それは、夏季休暇。1年生は夏季休暇中、伴侶を故郷に招待することを禁止されているからだ。これは女子の父親への配慮とされ、13歳では納得しかねる決まりでも、年齢を重ねるにつれ解るようになるとされていた。俺もそれに同意だね。

 そう俺は、その決まりに同意している。にもかかわらず、


  決まり破壊者


 と認定されているから、成人男性達に仇を見る目で睨まれているのだ。つまり彼らは、女子の父親ということ。夏季休暇で帰省した娘と親子水入らずで過ごせると信じていたのに、憎い彼氏の故郷に来なければならなくなった元凶の俺を、父親達は睨んでいるのである。お父様方、ホント申し訳ございませんでした!

 唯一の救いは、この事態が予想されていたことかな。鷹さんによると、最初にその予想を口にしたのは綾乃さんだったらしい。お二人は自宅で寛いでいる最中、こんな会話をしたという。


「翔君が1年生を教導するのは賛成だし頭が下がる思いだけど、非名家の子たちは翔君の名家巡りを、夏季休暇中の逢引きの口実にするのではないかしら?」


 たとえば彼氏は名家出身でも、彼女は名家出身ではないカップルがいるとする。その彼女が5月下旬、俺の弟子になったことを両親に伝えた。生徒達は教導中、俺を師匠と呼ぶため、教導したら全員俺の弟子になるということにいつの間にかなったんだね。ありがたいことに両親はそれをとても喜び、周囲の人達に娘が弟子になったことを話して回った。のだけど、夏季休暇前に娘からこんなお願いをされるのだ。


「彼氏の実家で行われる名家巡りに参加して、師匠にまた教えてもらいたい。お父さんお母さん、師匠の名家巡りにどうか参加させてください」


 娘が俺の弟子になったことを吹聴したてまえ、名家巡りに参加したいという娘の願いを無下にする訳にはいかない。しかしそれを許したら、親子水入らずで過ごす最後の夏季休暇が無しになってしまう。よって許可できないというのが父親の本音でも、だからといって・・・というジレンマに父親は陥るのだ。そしてそれを、カップルは既にお見通しなんだよね。然るに彼氏は両親に、こう頼むのである。


「彼女を師匠の名家巡りに参加させてあげたいです。彼女が両親と一緒に故郷を訪れることを、どうか許可してください」


 よほどのバカ親でない限り、息子のこの頼みへの対応は一つしかない。それは彼女の父親の胸中を慮りつつ「いらっしゃるなら歓迎します」と、先方の両親に伝えることだ。5月1日の初挨拶で成立したカップルが夫婦にならないことは、限りなく0(ゼロ)に近い。ならば息子の未来の幸せのために先方の両親と良好な関係を築くべきであり、そのためには「父親の胸中を慮ること」と「来たら歓迎する」の二つが必須なのである。

 では彼女の両親はどうかと言うと、こちらもよほどのバカ親でない限り対応は一つしかない。娘の未来の義両親と良好な関係を築くためには「慮ってもらえたことの感謝」と「歓迎されることの感謝」を彼氏の両親に伝えることの、一つしかないのだ。娘の親には「名家でない自分達の娘が名家に嫁ぐ」という負い目がある。なのに非名家の自分の胸中を慮ってくれて、かつ歓迎すると言ってくれているのに、


「行くわけねぇだろタコ」


 なんて絶対言えない。たとえそれが本音だろうと、愛する娘の幸せのためには決して口にしてはならぬのである。親とは、そういうものなんだね。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。