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 去年は希が登場した途端、今生一の黒歴史が始まった。その破壊力は半端なく、恥ずかしさに何十時間のたうち回ったか知れない。亜神級の健康スキルに助けられ害はなかったけど、そうでなければ心の病の発症を避けられなかったはずだ。よって恥ずかしさにのたうち回った後は反省の時間を必ず設け、同じ過ちを繰り返さぬよう努めたのに、結局俺はどうしようもないバカという事なのだろう。


「麗しき姫君、一曲踊っていただけませんか?」


 などと宣い、俺は右手を指し出したのである。完全無欠の大人の女性といえど、これには意表を突かれたらしい。希は頬に手を添え、目を見開いている。しかし黒歴史真っ最中の俺は、黒歴史は過ぎ去って初めて効力を発揮するとの法則により、紳士の笑みを淑女へ捧げたのだ。反射的にそれに応え微笑み返した希は、なんて完成された淑女なのだろう。希は人の女性の身長になり、略式のカーテシーをして俺の手を取る。数秒前まで両手に隠されていた希の頬が、薔薇色に染まっている。俺を見つめる煌めく瞳に、抱き上げてクルクル回りたい衝動に駆られた。けどそれをねじ伏せ、俺と希はそれから暫く、軽快なステップを踏んで過ごしたのだった。

 二度と繰り返さぬと誓った黒歴史を、繰り返してしまった。

 そう考えていたのに、どうも違ったらしい。ダンスを終えた俺の胸に「翔、ありがとう!」と、希が飛び込んできたのだ。年に一回しか会えず今日が二回目だろうと、希の振舞に嘘がないことを確信できる。希にとってダンスは、幸せな時間だったんだね。ならばそのただ一つだけが、俺にとって宇宙の真実ということ。普段の俺に戻っても恥ずかしさにのたうち回ることなく、俺は希と気軽な会話を楽しんでいた。そして楽しみつつ、


「そろそろ行こうか」「ええ、行きましょう」


 至極自然に戦闘モードへ移行できるのだから、俺達の絆は本物なのだ。人工島でゴブリンと戦うべく、俺と希はカレンを呼んだ。

 以前は年に数回訪れていた人工島も、今は年に一回訪れるだけになっている。輝力による強化を一切せずともゴブリン戦に安定して勝てるようになったため、訓練的価値が消滅したんだね。しかし混合人格の希との協力関係を深めるためには、千金の価値がある。よって希が現れたら、今後もこうして人工島を訪れることになっていた。

 ゴブリン戦を終え、希と一緒に計測結果を精査する。今回は胸のペンダントを包む輝力分身の厚さ及び青色光濃度を変化させ、希の性能に影響が出るか否かを計ったのだ。それによると、厚さ0.1ミリ濃度0.1%を切ると微量のノイズが発生することが判明した。それを基に、俺が戦うことになる闇王戦を考察していく。


「厚さ1ミリ濃度100%の通常状態にしたら、ゴブリンの1万倍の闇力を有する敵との戦闘時に、ノイズが入り始めるということか。ちなみに俺の戦う闇王の闇力は、1万倍では到底足りないと直感が叫んでいるよ」「私の試算も翔の直感を支持しています。翔、青色光の濃度を上げられますか?」「輝力を纏い圧縮率を最大にすれば、300倍以上になると思う。現在の最高倍率の、1500圧にしてみるね」


 1500圧を発動したところ、約380倍になった。これでも心もとないが圧縮倍率は4900を目標にしているし、厚さも1センチまで増やせる。それだと7千倍つまり7千万になり、及第点という直感を得ることが出来た。希も同意したけど、


  1億


 という数字がさっきからチラチラ見え隠れしているんだよね。人工島のゴブリンが弱体化している可能性を考慮すると、俺の戦う闇王の闇力は人工島のゴブリンの1億倍と考えておくべきなのだろう。輝力圧縮以外で青色光濃度を上げる方法を見つけておかないと、俺は負けてしまうのかもしれないな。

 希に課せられている今日の仕事は、ゴブリン戦及びその後の考察に協力すること。その二つを終えた俺達は基地に戻り、お茶会を始めた。ケーキは去年と内容の異なる、9種類のケーキの詰め合わせ。飲み物はお茶だけでなく、夏らしい果実炭酸ジュースを複数用意した。それらを希が気に入ったことにより、二人だけでもお茶会はとても盛り上がった。しかし盛り上がって楽しければ楽しいほど、時間は早く過ぎるもの。俺は泣きそうになり、希も泣きそうになり、こりゃダメだと降参しかけるもその寸前、口が勝手に動いた。


「希、何か歌ってよ。俺はバイオリンを弾くから」「う、歌? ちょっと待って私、歌をまだ一度も歌ったことがないの」「ほほう、それは好都合。では、伴奏を始めるね」


 ええ~~っと驚愕する希を無視して俺はバイオリンを出し、バッハの無伴奏バイオリン・ソナタ第一番の冒頭部分を弾いた。そうそれは「耳をすませ〇」で天沢聖〇が、月〇雫にカントリーロー〇を歌わせるべく弾いた曲。希は美雪と美咲でもあるから、それをもちろん知っている。ということは、俺の意図に気づいたということ。おののき後ずさる希に俺はニヤリと笑って、映画とピッタリ同じ前奏曲を弾いた。本気なのか演技なのか希も月〇雫とピッタリ同じ「ヒエエ~」という仕草をしたのち、覚悟を決めた顔をする。そして踵の上げ下げでリズムを取ってから、カントリーロー〇を歌い始めた。

 予想どおり、希も歌が超絶巧かった。それでも初めてのことは、緊張して当たり前。よって最初の二小節は堅さのある声だったが無駄な力みはほどなく消え、以降は美声と才能を存分に使い希は元気よく歌っていた。ならば俺も、楽しまねば損というもの。お爺さんと眼鏡のオジサンと髭のオジサンが加わる場面で俺も分身俺を出して加わり、5人で1つの音楽を創った。こういう事もあろうかと縦笛とギターを練習していたし、ギターの腕はエレキギターで更に磨かれている。だから心底楽しくそれが希にも伝わり、希は声高らかに歌い終えた。すかさず俺は新たな分身俺を出しバイオリンを任せて、


「踊ろう!」


 希の手を取る。希は顔を輝かせ、花の笑みを振りまいて踊った。曲が終わると共にハグし、そんな俺達を楽器組が囃し立てる。俺と希は楽器組に体を向けフォーマルなお辞儀して、盛大な拍手を浴びた。俺達も乗っかって拍手したのち、互いに向き直る。そして、


「希、また今度」「翔、また今度」


 そう約束し、希は消えていったのだった。

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