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子竜達が長期休暇に入ると、竜族の幼稚園に俺は日参しなくなる。
というのがいつもの事だったのに、今回は違った。和紙作りと農業を学びに来ている18頭の成竜達を対象とする輝力工芸スキルの集中訓練を、幼稚園で開いたのだ。当初それは計画していなかったが、18頭の竜が長期休暇中も帰省せず自主練すると耳にしたため、急遽執り行うことにしたのである。いわゆる「求めよさらば与えられん」ってヤツだね。もちろん俺は神ではなく、ただのヘタレだけどさ。
18頭の竜達のスキル習得意欲は凄まじく、とても好感を持てた。俺は毎日欠かさず幼稚園に通い、またそれは俺にとって好都合なことでもあった。幼稚園の日参を続けるもう一つの理由である、元頭竜夫妻達を助けたいという願いを覆い隠してくれるからだ。元頭竜夫妻達の寿命は全員1年を切っていて、最も早い者は来年の年始すぐに寿命を迎える。にもかかわらず夫妻達は精力的に日々を過ごしそしてそれは、
同胞の役に立ちたい
という想いによって成されている。今の自分達は同胞の役に立つ力を持っているのだから、残りの寿命の全てをそのために使おう。ああなんて、自分達は幸せなのか。夫妻達はそのような想いのもと、一瞬一瞬を精力的に生きているのだ。その想いを助けずして、どの想いを助けるというのか。俺は18頭の竜達の集中訓練をするという名目のもと幼稚園を連日訪問し、元頭竜夫妻達を助けたのである。
助けたといっても俺にできたのは、夫妻達の1日の疲れを取り、心地よい眠りにいざなう事のみだったけどね。一般的にお年寄りは寿命が近づくにつれ長く眠るようになり、そして長く眠るほど寿命は延びる傾向にある。寿命の近づいた犬や猫が、1日の大半を寝て過ごすのを見たことのある人は大勢いるはず。その眠りを妨げようとする者はまずおらず、そしてそれはある直感のもとに行われている。家族の一員の老犬や老猫は眠れば眠るほど、傍らにいてくれる時間が伸びる。人はそれを、直感で知っているのだ。
それに基づくなら、夫妻達は1日の大半を寝てすごすべきなのだろう。しかし「同胞の役に立ちたい」と夫妻達は心底願い、それを成すために一瞬一瞬を生きているなら、俺にできるのはただ一つだけ。それは夕飯を終えた夫妻達の1日の疲れを取り、心地よい眠りにいざなうことだね。翌朝目覚めたとき「今日も頑張るぞ!」と夫妻達が自然に思えるよう、助けることだけなのである。
ありがたいことに、それは夫妻達にとても好評だった。夫妻達は朝食を取ったら仕事に励み昼食前に昼寝し、昼食を取ったら仕事に励み夕食前に昼寝するというように、1日に2回昼寝をしている。すると夜あまり眠れなくなるものなのだけど俺がちょちょいとすることで、夕食後から翌朝まで11時間の熟睡を毎日快適にしているのだ。よって、
「目覚めるたび『今日も頑張るぞ!』と自然に思えて、そのとおりに過ごせています」
と夫妻達に言ってもらえているということ。う~むなんというか、誰かの役に立てるというのは嬉しいものだな!
ちなみに夫妻には、園長夫妻も含まれている。園長夫妻にはまだ昼寝が不要なため、「お陰でバリバリ働けています!」とまことご満悦だ。元頭竜達はそれが悔しいらしく「癪にさわる」「調子に乗るな」「明日は我が身を忘れおって」と文句を垂れていたな。でもそれが起爆剤となり元頭竜達と園長のやり取りを活発にし、かつ元頭竜達の集中力を増進しているのだからこの世は面白い。そんな園長と元頭竜達の様子に「喧嘩するほど仲が良い」という言葉の奥深さを、俺は感じずにいられなかった。白化組織と戦士の二足の草鞋を履く、俺は特にね。
そうこうしているうち竜族の夏季休暇が終わり、子竜達が戻って来た。夏季休暇は冬期休暇と異なり、竜族と人族の休暇が重ならない。すると子竜達に会えない寂しさを名家の子供達で補えないのでいつもは重ならないことに不満を覚えるのだけど、今年は逆だった。名家巡りがないからこそ1日も欠かさず幼稚園に来て、アレコレできたからだ。またアレコレのお陰で寂しさが幾分和らぎ、すると子竜達に会えない期間を心理的に短く感じることも出来たのである。このように俺としては良いこと尽くしの夏季休暇だったのだけど、全てのモノに二面性があるのはやはり真実のようだ。
「「「「先生!」」」」「やあみんなお久しぶり、会えて嬉しいよ」「・・・先生、本当にそう思っていますか?」「え? 嘘なんてあり得ない本気でそう思っているよ」「う~ん、それにしては・・・」「うん同意。皆はどう?」「私達との再会の喜びが、いつもより少ないように感じる」「やっぱり!」「だよね!」「絶対少ない!」「先生酷い!」「信じてたのに!」「「「「先生の、浮気者!」」」」「ヒエエッ、ごめんなさい~~!!」
俺が気づかなかっただけで、寂しさの募る一方の夏季休暇は、子竜達との再会の喜びを増やしてくれていたみたいなのである。まこと全てのモノには二面性があるのだと、つくづく学んだ俺なのだった。
そういえばあの出来事も、二面性の一種なのだと思う。喜ばしい出来事が予想外の出来事を生じさせ、それに某音楽仲間達が頭を抱えたことがあったのだ。その仲間達は、昇と鷲と橙。昇と鷲と橙といえばテレパシー送受信機であり、その開発に成功したのはテレパシー能力習得の助けになることも含み、喜ばしい出来事で間違いないと言える。しかし全てのモノに二面性があるようにテレパシー送受信機の開発成功も、昇と鷲と橙に頭を抱えさせたのだ。どういうことかと言うと昇と鷲と橙の三人の頭文字が、
テレパシーの単位
になったということ。




