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続く休憩時間、母さんと大風と慈雨が老竜達のもとを訪れた。母さんに絶賛された老竜達のはしゃぎようと言ったらなく、思い残すことは何もない系の空気が場を一瞬覆うも、老竜達はそれを次の瞬間には吹き飛ばしていた。自分達にはすべきことがまだ山ほどある、最期まで全力で生きるぞと、老竜達は気炎を上げたのである。とはいえ、
「私も楽しみにしています。あなた達を、いつも見守っていますからね」
と母さんに言われた途端、感極まって全員大泣きしていたけどさ。
老竜達の大泣きは予想以上に長びくも、有益なばかりで害は無かった。子竜達のやる気を増進させ、それでいて演劇の準備時間が伸びたため、準備を完璧に終わらせた後に劇の最終確認をすることが出来たのである。心行くまで泣いた老竜達も子竜達の演劇を清々しい表情で鑑賞していたし、そもそも今夜は時間的余裕があるから、大泣きのせいで夕食会が延長しても終了時刻は普段よりむしろ早かった。それら全てを見越して母さんは老竜達のもとを訪ねたのではないかと、俺には思えてならなかったな。
そして遂に、最終演目の子竜達の演劇が始まった。正直、度肝を抜かれた。お金を取れるプロの仕事を、子竜達はしていたのである。その最大の功労者は、器楽曲だったように思う。子竜達は劇の節目に、短い器楽曲を演奏した。その音が演壇に届くや役者達は演技を何倍も活き活きするようになり、それが場面に生命力を吹き込んでいた。陽気な曲に合わせて陽気な場面を創り、悲しい曲に合わせて悲しい場面を創るということを初めてした子竜達は楽しくて仕方なくなり、それが場面に瑞々しい生命力を吹き込んだんだね。俺はこの演劇を見ていたとき以上に、
子供の可能性は無限
との言葉を実感したことはない。子供達は、楽しいと感じたことを夢中でする。その夢中が創造力を生み、未来を創り変えていく。夢中になれば新しい未来を創造できる子供達は、まさに無限の可能性を有する存在だったのである。
子竜達が怒涛の拍手と歓声を浴び、演壇を降りてくる。そして真っ先に、俺達のいる方に駆けてきた。嬉しいやら親御さんたちに申し訳ないやらなのだけど、喜びを爆発させて駆けて来る子竜達を目にした俺達に、デレデレ顔になる以外の選択肢はない。一人も漏れずデレデレ顔になった俺達の前に整列した子竜達が、半年間の感謝を声を揃えて述べてくれた。嬉しくて堪らないのにその上感謝してもらえるなんて、恵まれすぎてて罰が当たるんじゃないかな? 冗談ではなく本気でそう心配した、俺なのだった。
親竜達の翌日の見学は、書道から始まった。老竜達の奮闘により、竜語のすべてを文字で表せるようになり数カ月が経過している。習字の上達も目覚ましく前世の俺の感覚では、小学6年生のクラスで最も習字の巧い生徒と同等になっていた。もちろん例外はあり園長の奥様に至っては、高校の書道部の中堅部員相当だろう。そんな竜達に自分の名前を眼前で書いてもらったのだから、親竜達の感動は半端なかった。しかも文字を習えるのは原則100歳以上なことと、
文字は成長を助けも妨げもする
ことも学んだとくれば、親竜達の目の色も変わるというもの。この幼稚園に我が子を入園させている親竜達は全員、優れた心の持ち主だからね。半年後には、習字を始められる輝力腕の習得者が、親竜達の中に複数出現していると俺は感じた。
親竜達は続いて、楮畑と椿畑の見学へ出かけた。二つの畑は幼稚園から近いこともあり、反重力ペンダントを装備し走ってもらった。体重95%減を初体験した昨日は坂道だったが今日は傾斜がないことと、子竜がおらず成竜のみなことにより、親竜達は子供の瞳で道を駆け抜けていたな。
楮は和紙の原料になり、椿は墨汁を作るために使い、そして畑は果樹園の練習になる。事前にそう教えられていた親竜達は、二つの畑を熱心に見学していた。畑見学を終えたら反重力板でやって来た子竜達と合流し、親子そろって昼食。昼食後は環状道路の上空を飛び、竜の親子は島を一周して幼稚園に帰って来た。その後、親子水入らずの時間を暫し設けたのち、子竜達はお昼寝。その時間を利用し親竜達全員が輝力腕関連の練習を始めたため、声を掛けてみる。ナンマイダ~を始める勢いだったので「その時間を練習に充てましょう!」と呼びかけ、俺は強引に輝力工芸スキルの授業を始めた。
授業中、親竜達は熱意と集中力を最後まで途切れさせなかった。授業後に尋ねたところ、文字を書けるようになることと本を読めるようになることが動機のようだ。嫌な予感がするも対話をここで止めたら、都合の悪いことから逃げる俺を親竜達に見せることになる。大切な子竜達を預かる身として、それは絶対避けねばならぬことだ。俺は覚悟を決めて対話を続け、決定的な言葉を耳にしてしまった。
「園長先生夫妻と元頭竜夫妻が中心になり、翔先生の本を執筆していると聞きました」「その本を読み、翔先生の教えを私達も学びたいのです」
嫌な予感がしていたお陰で冷静に対処できたけど、何気にこれは厄介事。いや解決済だから、厄介と感じるのは俺がヘタレ者のせいなのだ。取り繕った冷静さから取り繕いを除くことを兼ね、分割した意識を高速化してこの件を整理してみよう。
母さんによると老竜達が書いている俺に関する本は、大聖者会議で取り上げられたことが二度あるらしい。一度目は「文字にしてはならない教えを文字にする可不可」で、二度目は「翔神教誕生を阻止すべく音楽仲間達が施したことは有効か否か」だったという。




